302 レカンとの死闘
『サキ!乗れ!』
「ラジャー!」
僕は変身したシンハに飛び乗って馬車を追う。
シンハは僕を乗せても速度が落ちない。
馬車に追いつこうとした時だった。
前に居た護衛の一人だけが魔馬に乗っており、その馬首を返し、僕達の前に立ちはだかった。
馬車と他の護衛たちはそのまま走り去る。
留まった男は、馬上で抜剣している。
覆面をしている。だが、このシルエットには見覚えがあった。
僕が何かを言う前に、シンハが唸った。
『奴だ。レカンといったか。Aランクの。』
「あー。やっぱり?」
やばいなあ。凄い殺気だ。
絶対僕達を殺すつもりだ。
「レカン、だな。」
「ふ。正体を見破られちゃあ、ますます生きて帰す訳にはいかねえなあ。」
「どうしてこんなことを。Aランクなのに。」
「ふん。実入りのいい仕事を受けたまでよ。なにかと面白そうだったしよ。」
「エルフをどうするつもりだ!」
「さあな。俺たちは、雇われただけだ。エルフがどうなろうと、知らねえなあ。」
「ゲスめ。」
「行くぞ!」
レカンが魔馬に拍車を掛けた。
ガオオオオン!!
シンハが魔馬に威圧したが、すでに止まれないのだろう。
口から泡を吹き、パニックになりながらも走ってくる。
するとレカンが剣で攻撃するとみせかけ、左手でクナイを放ってきた!
カキン!
僕は咄嗟に取りだした魔剣で打ち落とす。
とその間に、レカンは宙を舞い、シンハに乗っている僕に、上から襲いかかってきた!
ガキン!
咄嗟に魔剣で防御する。
!左利き!?
空中で剣を左手に持ち替えて襲ってきたのだ。
奴の右手にも何かが光った。
キィン!
咄嗟に左手でジャンビーヤを抜き、防いだ。
またクナイ。
今度は右手で握った大きなクナイだった。
心臓を狙っていた。
ぱっと飛び離れたレカン。
「ほう。見えてんのか。ぼうや。なかなかやるな。それに、いい剣だ。魔剣ってやつか?そっちの湾刀もいいなあ。」
「…」
奴は左手に剣、右手に大きめのクナイを持っていた。
普通、右利きが相手の場合が多いため、どうしても左手から繰り出される攻撃は、経験値が少ない。
これは強敵だ。
だが、僕の剣の師匠「シンハ」と、遠い昔の剣聖「リヒテーデルノベルト・フォン・ハインツェッタ」つまりジオのデュラハンは、ちゃんと左利きからの攻撃についても、僕に伝授してくれていた。さすが師匠たち!
ふと、左腕にいつも付けている、デュラハン師匠からもらった腕輪を思い出す。
己の信念に従え、と師匠は言外に伝えてくれた。そして、剣を振るう時はいつも、師匠は僕とともにあると。
「おもしれえ。俺の攻撃を無傷で防いだ奴はそうそういねえ。楽しもうぜ。殺し合いをな!!」
レカンの目に狂気が宿る。
こいつ。根っからのバーサーカー(狂戦士)だ。
戦い大好き、殺し合い大好きという奴だ。
あいつは一騎打ちを望んでいる。
僕はシンハから降りた。
ジャンビーヤを鞘に収め、魔剣だけを構え、気持ちを整える。
「(シンハは手を出さないで。)」
『しかし!』
「…」
『…わかった。』
「来いよ。先手を譲ってやる。」
「…」
「どうした?来ねえのか。ならこっちから行くぜ!」
僕は結界を10枚に増やす。それから肉体強化、クロックアップ、並列思考、絶対防御などを無言でかけた。
血走った目をして、野獣のような男が襲いかかってきた。
「無駄無駄!結界なんか、俺には無意味だぜ!」
結界を張ったのは見えたのだろう。そう言いながら大上段から大剣を振り下ろしてきた!
ガシャン!!
魔剣で受けたが、同時に結界が一挙に5枚、持っていかれた。
5枚も!?
普通、魔剣で受ければ、結界が割れることはない。
おそらく、剣を振り下ろすと同時に、なにか殺気のようなものを放ったのだろう。
それが結界を破壊したのだ。
重ねがけするいとまもなく、剣を縦横無尽に、秒速で振ってくる!
大上段!横薙ぎ!串刺し!袈裟懸け!逆袈裟!
「どうしたどうした!あっはっは!!!」
楽しくて仕方がないのだろう。狂気に笑ってやがる。
すべてを受け流したりはじき返したり結界で防いだりしつつ、僕は隙をうかがうがそんなもの、あるはずもない。
「無駄無駄無駄ぁぁ!!」
ますます剣速があがる。
僕も剣速をあげた。
そして、
ピシュ!
と一発、魔力を弾丸にして、放った。
奴の動きが止まる。
僕は咄嗟に距離を大きく取った。
魔力の弾丸は、頬をかすっただけ。奴の頬から血が垂れた。
「…てめえ。魔法だと?反則じゃねえか。」
「反則はそっちだろ。先に飛び道具使ったのは誰だよ。それに、僕は魔術師だ。」
「まじか!あんなすげえ剣捌きでよう。あっはっは!ますます気に入ったぜ!
魔術師ならなおさら負けられねえなあ。絶対此処で血祭りにしてやる!
首を飛ばすか。腹を抉るか。何がいい?ああ、その綺麗な目ン玉、ふたつとも貰おうか。その魔剣と湾刀と一緒によ!楽しみだぜ!!」
うわ。ますますやる気になっちゃった。
襲いかかってくる。速度は3倍に増していた!
結界は10枚に復元!クロックアップ!並列思考!体力強化!
奴が走り来る間に、それだけの魔法を準備し、そして奴を迎えうつべく剣を構え、僕も奴に向かって走った!
再び、2度3度、5度、10度と剣を交える。
僕はすべてを防ぎ、しのぎ、そして攻めたが、奴にも決定的な一打を与えることができない。
僕の結界もとうに消えた。
お互い、細かい傷が増えていく…。と。
刹那
奴の右で何かが光った。
クナイ!?ちがう!魔法だ!
青いバーナーのような炎が一瞬見えた。
僕は飛び上がる!奴も飛んだ!
大上段!なにか、必殺が来る!
少し空中で奴は動いた。上からじゃない!横薙ぎだ!
間に合わない!
「氷剣!」
僕は奴の魔剣が到達する前に、延ばした氷剣で奴の胸を貫いていた。
しかも咄嗟にクロスさせた左手で、氷の盾を出し、横薙ぎを防いでいた。
右の魔法はフェイクだったか。
ドォォ!
二人一緒に地面に落ちる。
ハアハア…どちらともわからぬあえぎ音が聞こえる。
僕の氷の盾は、奴の「延びた魔剣」を受け止め、そのまま凍らせていた。
そして、僕の延びた魔剣は、ぐっさりと、やつの胸を貫いていた。
だが、急所はやや外れている。
「ハアハア…やるな。ぼうや。…名前は…。」
「サキ。」
「そう、か…ああ。痛え。見事だったぜ。」
「急所は外れている。生きて罪を償え。」
「はっ!嫌だね。」
「蘇生させる。」
「やれるもんなら…やってみな!」
というが早いか、僕を下からとんでもない力で蹴っ飛ばす。
たぶん魔力を乗せた蹴りだ!
ドォ!!
パリィン!
慌てて張った結界も破られた。握りしめた魔剣は必然と奴の胸から抜け、僕の体が魔剣を握りしめたまま宙を飛ぶ。
しまった!
『サキ!』
ボフン!
シンハが僕のクッションになってくれた。
はっとして身を起こし、あわてて奴を見る。と,
奴は片膝を立てて半身を起こし、僕をニタニタ笑いながら見据えたままで、
青い炎を纏った大きなクナイを、自分の首に当てた!
「最高に楽しかったぜ。あばよ。」
え!?まさか!?
「よせっ!!」
首は、なんとレーザーのような青い炎で断ち切られ、ごつんと音を立てて頭が地に落ちた。
「!?……」
地に落ちた顔はまだ、にやりと笑ったままの表情だった。
遅れてどぉぉっと首のない胴体が、血しぶきをあげて崩れるように倒れた…。
ありえない…。自分で自分の首を斬り「落とす」なんて。
おそらく最期に肉体強化魔法を使ったのだろう。
自らの命が絶えても、慣性で腕の筋肉が真横に動くように。
ああなっては、もうエリクサーでも蘇生しない。
僕のエクストラヒールでも、不可。
頭と胴がすっかり離れた場合は、なぜか3分以内でもほぼだめなのだ。
さらにもう一つ、エリクサーや蘇生魔法が効かない場合がある。それは本人が蘇生を望まない場合だ。これはおそらく、世界樹の理に属する事なのだろう。
だから今回は、二重の意味で蘇生は不可能だった。
アカシックに確認したが、やはり蘇生不可と言われた。
レカンの頭と体から、黒い靄が立ち昇る。
僕はもう、奴の魂を地脈に送るしかなかった。
「…イ・ハロヌ・セクエトー…魂よ。浄化を受け入れよ。安らかに、地脈へとたどりつけ…。」
黒い靄をまだ纏いつつも、レカンの魂は逝った。




