301 真夜中の大火事
出かける支度をして玄関ホールに降りると、ユーリたち一家がいた。
ユーリが不安そうに、お母さんにくっついている。
シルルはすでに玄関でランタンを持っている。
ユーリの頭を撫でて、僕はなるべく笑顔で言った。
「だいじょうぶだよ。シルルの言うことを聞いて、お留守番しててね。」
こくん、と頷く。
「行ってらっしゃいましぇ!」
「うん。あとよろしくね。」
「了解でしゅ。」
僕は玄関を出るとすぐに、大きくなったシンハに飛び乗り、そのまま門を飛び越え、現場と思われる中央区へ急いだ。
火が見える。
「ギルドじゃないね。教会通り?」
『うむ。教会ではないがな。もっと東だ。』
どうやら他の冒険者達も集まってきたようだ。ギルド前から東に向かって走る人たちがいる。
「避難所だ!避難所が燃えてる!」
「早く火を消せ!」
「襲撃か!?ただの事故か!?」
「わからねえ!」
「とにかく、火を消せ!」
「すげえ火だ!こりゃただの火事じゃねえな。」
「魔法で燃やしやがったな!」
魔法で?
ゴォォォォ!!!
現場は確かに避難所だった。その火の勢いたるや、凄まじい。
『たしかにこれは、ただの火事ではないな。』
「うん。(メーリア!聞こえる!?)」
「(んんー。なによう。むにゃ。眠い。)」
「(寝てたとこ起こして悪いんだけど、手伝ってくれるかな?今、ヴィルドが火事なんだ。それも凄い勢いで。)」
「(はっ!火事!?サキとシンハはだいじょうぶなの!?)」
「(うん。僕達はだいじょうぶ。でも手伝って欲しい。)」
「(わかったわ!)」
「よし。メーリア、召喚!」
メーリアはすぐに来てくれた。
火事を見て
「うわっ!ナニコレ!?」
と叫ぶ。
「メーリア、手伝って!」
「消せば良いのね!」
「そう!」
「雨よ、降れ!いっぱい!降れ!」
ザァァァ!…
土砂降りが避難所に降る。
だが、なかなか火は消えない。というか、ちっとも衰えない。
「サラマンダ、居る?」
とメーリア。
「たぶん!」
「召喚して!私だけじゃ、荷が重いわ!火の勢いを弱めてもらいたいの!」
「わかった!」
と言っていると
クエェェェ!と啼きつつ、サラマンダが僕の前に現れた。
なに!?ワニくらいあるんですけど!?
「サラマンダ!あんた火の王でしょ!あれ、なんとかしなさいよ!」
「キュウ…」
そんなこと言われても、という感じか。
だが
ギュオォォォン!
と一鳴きすると、サラマンダがワニとは思えない素早さで火の中へと飛び込むと、煙ごと、火を吸い込み始めた!
うほ。すげえ。
さらにサラマンダが火元らしいところへ入っていくと、突然、火が小さくなった。
「うん?何をした?」
メーリアはずっと雨を降らせている。
サラマンダが念話で映像を送ってきた。
中庭の中央に、赤黒い魔石が見えた。それをサラマンダがぱくりと食べたのだ。
それで火が途端に弱まった。
僕のところに戻ってきたサラマンダ。
「(それ、火元の魔石?食べてだいじょうぶ?)」
と訊ねると、
グウゥゥゥ…と啼いて、魔石をまた口から出した。
火が消えていたが、黒っぽく点滅している。
瘴気だ。
グゥゥゥ…とサラマンダが、気分悪そうに唸ったかと思うと、ぱっと消え…いや、小さくなった。いつもより小さいくらいだ。
「どした?」
『(キモチワルイ)』
初めて聞いたサラマンダの念話がこれですか。
いつも綺麗な赤なのに、今日は赤黒い。そして黒い靄を出している。
僕は杖をサラマンダに向け、
「浄化。」
と唱えた。
サラマンダは良くなったようで、黒い靄も消えた。そして今度こそぱっと消えた。
僕の魔力の中で眠るようだ。
「ご苦労さん。ありがとね。」
それから、赤黒い魔石に向き合う。
「これが原因だね。浄化!」
魔石から出ていた黒い靄がほぼ消え、赤黒い不気味な点滅も消えた。そして、パキン!と音がして、魔石は割れた。
「ふう。」
「サキ!」
「サキ!だいじょうぶか!?」
「ケネス隊長。それに…ノワイエ近衛副団長?」
ああ、そういえば、避難所のことは領主がらみだったな。
「お前、どうしてこんな所に居る?」
「ひどいなあ。火を消しにきたんですよ。凄い火事だったから。…原因はこれです。もう割れたけど。」
と言って、まだ地面でくすぶっている魔石を杖で指し示す。
ケネス隊長が魔石をのぞき込む。
「あ、触らないで!それ、まだ呪われてますから。」
「な、んだと!?」
「ああ。サキ君!君のおかげで「また」助かった。礼を言う。火事のことだけじゃないんだ。君に貰ったお守りのおかげで、僕は今まだ生きている。」
とノワイエ副団長はそう言って、割れた水晶を僕に見せた。
「!」
「帝国の隠密に、呪い付きのクナイを投げられてね。でもこれが僕を結界で守ってくれたんだ。」
「良かった!お役に立ててなによりです!」
「と、ところで…こほん。こちらの美しいご婦人は?」
と副団長がメーリアを見て言った。
あ、見えてるんだっけ。
「あらん。メーリアよ。色男さん。」
「キ、キリアス・フォン・ノワイエです。近衛師団副団長を拝命しております。」
「自己紹介ありがとう。でも、ごめんなさい。私、サキの「許嫁の一人」なの。うふ。」
と言って、腕を絡めてくる。お胸が…。
「え、ちょ、ちょっと。メーリア。」
「おうふ。サキ。やるな。」
「ケネス隊長まで。」
などと茶番をしていると
「賊だ!捕まえろ!」
という声。
反射的に走り出すケネス隊長。
「おっと。仕事だ。失礼!素敵なお嬢さん。」
と言いながら副団長もマントを翻して走り去る。
「あら。かっこいい。」
とメーリア。うん。たしかにかっこいい。
「僕も行かないと。メーリアありがとう。お礼はまた今度!湖に送るよ!」
僕は軽くハグする。
「あん。もうサキったら!」
そう不満を述べるメーリアを、なんとか湖に送り返す。
だって、火事はまだ続いているし賊は追わなきゃだし。
いくら妖精の女王でも、危ないからね。
僕も魔石を収納し、走り出す。
「賊だ!」
「捕まえろ!」
と騒ぐ声。
同時に、馬が数頭、もの凄い速度で、裏道を走って行くのが見えた。後ろから、馬車も走っていく。護送馬車のような箱型だ。
「エルフたちが攫われた!」
「追え!」