03 遠雷
ゴロゴロゴロ…。
遠くで雷の音がした。
少年は眠りながらもそれを聞き、その音がきっかけで目をあけた。
同時に、シンハと名付けられたフェンリルも、むっくり起き上がり、ファーアと大きくあくびと伸びをした。
そしておすわりポーズで腰を落とし、座って前方をみつめている。
遠雷は彼が見つめた遠くの先で、起きているようだった。
「雷、だね。」
風が湿っぽい空気を運んできた。
さっきまであんなに晴れていたのに、今はもう空一面が雲で覆われていて、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない状態だ。
「降るかな。」
と少年がつぶやくと、シンハは腰をあげ、少年が撫でていた手をおきざりにして数歩歩いた。
そして振り返る。
「ついてこいってこと?行っていいの?」
ふっさふっさとまた尻尾が揺れた。
「お前、本当は人間の言葉、判るンだろ。」
それには何も答えずに、シンハはタタタと駆け足をする。
「あ、待って。シンハ。」
すると、呼ばれたのが判ったかのように、シンハはまた歩みを止めて振り返った。
「どこへ?」
だが何も言わず、ついてこい、とでも言うように、シンハは歩きはじめた。
大きなフェンリルのあとを、一生懸命少年は急ぎ足でついていく。
ぽつりぽつりと、大粒の雨が降り出した。
「やばい。雨だ。」
ぽつぽつと木々の葉っぱを叩く音が聞こえ始めた。
まだまばらだが。
数分後にはそれもパラパラパラ…という音になり、やがてサーという本格的な雨に変わってきた。
少年はあわててマントについたフードをかぶる。
自然に、シンハの足どりも早くなり、少年も走り始めた。
少年が走り始めたのを見て、シンハはさらに速度をあげた。
「ま、待って。シンハ!」
森は枯れ葉の堆積は多少あるものの、下草は短く走りやすかった。藪もところどころあるが、シンハは藪を避けて獣道のようなところを迷わず走って行く。やがて。
トン、と大岩の上に飛び上がるシンハ。
そこで少年を振り返る。
少年はやっと大岩の脇から草や根っこをつかんでよじ登った。
そこにあったのは、青い小さな花が咲くお花畑。突き当たりの崖のようなところにはぽっかりあいた穴。
洞窟だった。
シンハはタタッとその中に迷わず入っていく。
少年も雨に濡れまいと急いで洞窟に入った。
そこはドームのようになった場所だった。
意外に明るいのは、上の亀裂から漏れてくる光か。
いや、それだけではないようだ。
壁にちょこちょこ生えている短い草?が光っているようだ。ヒカリゴケではなく、ヒカリ芝、みたいなものか。
洞窟というよりも「うろ」と言ったほうがいいようなところで、開口部は3メートル程度、中は幅25メートルくらいもあるだろうか。奥もずっと続いている訳ではなく、25メートルくらいで壁になっているようだ。
天井は高く、10メートルくらいはありそうだ。
天井の亀裂は大きくはなく、雨漏りはさほどでもない。
「ふう。やれやれ。あまり濡れなくて済んだ。シンハ。ありがとう。」
そう言いながら、少年は雨粒を払う。
シンハもブルブルッと雨粒を払った。
「此処、お前の棲家なの?」
奥は少し高くなった平らな場所もあって、寝床に丁度いい感じだ。
少しも獣臭くない。
シンハは此処に慣れているようで、なんの迷いもなく、その平たい岩の上にポンと乗ると、くるくるっとまわってストンと腰を降ろし、毛繕いをはじめた。
少年もシンハのいる岩場によいしょっと上がる。
シンハは少年が傍に来ても、特に嫌がることもなく、毛繕いを続けている。
「此処、居心地いいね。傍にいても、いい?」
シンハは何も言わず、撫ではじめた少年の手も、べろりと舐めた。
「ふふ。可愛い。」
少年はシンハを撫でた。
「変だね。はじめて会ったのに。こんなに僕に慣れちゃってるなんて。
シンハ。お前はひとりなの?
家族は?
…僕もひとりなんだ。
僕は…何者なんだろう。
名前、さっきから考えてるんだけど…思い出せないんだ。
変だよね。
それに、すっごく眠くて。
…眠くて…。
ねえ、シンハ。
僕が何者か自分で判るまで、
傍にいてもいい?
傍にいてくれる?
シンハ。
ねえ。
シンハ…。」
少年は、遠くで鳴る雷と、サー、ピションピション、という雨音を聞きながら、また眠りへと落ちていった…。