299 レジさんからの聞き取り
「ところでレジさん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが。」
と僕は声を潜めた。
「なになに、どうしたのん?」
僕は防音結界をした。
「レジさんから見て、フーパーさんって、どんな人です?」
「ジャック・ド・フーパー?ギルド長の?」
と言いながら、眉をひそめた。
「あまり仲良くはなりたくない人物ねえ。黒いウワサもたえないし。」
「黒いウワサ?」
「こほん。もともと獣人とかエルフに対する差別があきらかな人なのよ。使用人に対する態度も良くないし。だけど、大きな商会の長だから、あの人抜きで王都での商売が難しいのも現実なのよ。…最近は戦争が近いもんだから、いろいろ戦争特需を狙って買いあさっているらしいの。食糧とか、武器の材料になる鉱物とか。」
「ふむふむ。」
「それに、…本当にここだけの話よ。なにか企んでる気がするの。」
「戦争にあわせて、ということですか?」
「そうそう。これは商人のカンね。戦争かもっていうのに、るんるんしてるっていうか…。変でしょ。みんな戦争なんか起きないといいのにっていう時に、うきうきるんるんだなんて。」
「そうですね。」
「冬の初めには、私が上質の毛皮ばかり取り扱うものだから、八つ当たりとか小さな妨害とかまであったのよ。ところが、いざ戦争になりそうって事になってきた途端に、『ライムくん、調子はどうかね』、なんて。これまで私にかけたことないような言葉まで掛けて来ちゃって。ぶるぶる。思い出しただけで、鳥肌が立っちゃったわ。」
僕は質問を変えた。
「…ヴィルドから帝国に何かを輸出する場合って、普通はどうやるんですか?直接行けるルートは、まったく無いんですか?」
「以前はひとつだけあったのよ。検問のあるノーツ砦に橋が一本架かっているところ。でも十年以上前から完全閉鎖になったわ。人身売買に使われたから。そうでなくとも、直接のルートはもともと「細い」のよ。帝国領に入っても、かなり険しい山道で大量輸送は無理だったからね。
だから、ここ十数年の正規ルートはユーゲント辺境伯領経由だけね。
実は、今はもう潰されちゃってるけど、ヴィルディアスには、昔はよく密入国とか密輸に使われた、トンネルがあったのよ。渓谷に出てしまえば、あとは舟ね。そうやって向こう側に渡れば、もう帝国領だから。」
「なるほど。」
「でもそのトンネルは、ネリちゃ…こほん、先代の辺境伯様が、徹底的に潰したはずよ。人身売買に使われていたから。」
「そんな道があったんですね。」
「ええ。元坑道なのよ。昔は金とか貴金属が採れたらしくて。」
なるほど。僕が持っている、渓谷の採掘権というやつ関連だな。今はほぼ空手形らしいけど。
「それに、今ではネリちゃんが領地の境界に、感度のいい結界石を埋め込んでいるから。長時間誰かが渓谷をうろつくと、すぐにわかるらしいわ。だからトンネルがない今は、越境は不可能、ということね。」
「なるほど。」
そうだよね。そうでなければ、帝国も、いつもユーゲント辺境伯領からばかり攻め続けたりはしない。ヴィルディアス側から侵入できるなら、もうとっくにそうしていたハズだ。
兵隊はともかく、難民の一人もヴィルディアス側から超えてこれないということは、密入国はマジで不可能な状態ということだろう。
ただ、なぜかトンネルの存在が気になる…。徹底的に潰したそうだけれど…。
「人身売買といえば、先代の時から、フーパー家が関わっているんじゃないかっていうウワサはあったの。でも、誰もシッポをつかめなかった。それに…あいつの後ろには大物貴族がついているし…。」
「なんとかいう侯爵さまですか?国務大臣の。」
「そう!よく知っているわね。ダーラム侯爵よ。帝国との交渉に強いというか…中立と言いながら、帝国よりなのよね。ちょっと不気味。」
「…」
それからレジさんと別れて、シンハとともに、家のある貴族街のほうへと向かう。
ヴィルディアス辺境伯領の国境、特に帝国との境は、深い渓谷で、普通はそこを渡ろうとは思わない。渓谷にもそれなりに、そこそこ強い魔獣が出ることもあるからだ。唯一のノーツ砦の「一本橋」が交易ルート。魔獣被害も、そこだけ守ればなんとかなったからだろう。
辺境伯は、ほかの場所にもいくつか砦を設置して、常に越境者がいないか監視させている。
それなりに強力な結界石は設置しているようだが、ではもし少し長距離のテレポートができる者がいたらどうだろう。
そこのところをアカシックさんに聞くと、
「現在のところ、長距離テレポートが可能なのは、サキ・ユグディリアのみ。」
え、僕だけ!?
「ただし、所在不明のヴィルディアス辺境伯の実父なら可能。」
ほう。急に出てきたな。コーネリア様のお父上。
謎の人物だ。
じゃあ短距離テレポートは?
「短距離テレポートができる者は、ユーゲント辺境伯、ヴィルディアス辺境伯のほか、数名だけである。それらの者が、ヴィルディアス辺境伯領内の渓谷付近から、帝国側へテレポートを行なおうとするなら、「理論的には」可能である。だが、渓谷には常に防御の結界がお互いに張られており、だれにも気づかれずに自分もしくは他者をテレポートさせるのは、かなりの魔力を要するため、実質的に不可能である。ただし、サキ・ユグディリアは例外である。」
うぐ。またしても。最後の一文がすんごく気になるんでしゅが。
つまり、僕のように、ほいほいテレポートできる奴は、今のところほぼおらぬと。
アカシックさんにまで人外扱いされちまったよ。
それはともかく、テレポートで人を運ぶという方法は、とられないだろうということはわかった。
そうなると、あとは「普通に」魔法を使わずに出て行く方法となる。
大人数が結界を一度に通れば、それはそれでヴィルディアス辺境伯に通報が行くだろう。だが、数人が「普通に」「短時間で」通る時にはほぼ反応しないはず。
レジさんの話だと、辺境伯は、強力な結界を設置したということだが、おそらく完全封鎖の結界は、国境には使用していないはずだ。
なぜなら、維持する魔力が膨大すぎて、国境のような長い距離を防御することはほぼ不可能だからだ。これは、結界魔法を使える魔術師でないとわからないことだろう。
ある一定時間うろつけば、結界に引っかかる、とはそういうことだ。
そう予想はできるが、一度国境を見ておきたいな。
そうすれば、テレポートで国境までいつでも行けるというオマケもつく。
僕は家に向かわず、そのまままっすぐ西門へと向かう。
『家に戻るのでは無いのか?』
「ちょっと国境が気になると思わない?」
『今から行くのか?普通は2日かかるぞ。』
「僕なら半日で行って帰れると思わない?」
『…まあそうだが。』
「高速で飛ぶよ。まずは西門を出て、草原から飛ぼう!」
僕たちは西門を出ると、門番から見えないところまでさりげなく歩き、それからシンハを僕の魔力に入れてフライをかけた。