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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第四章 大寒波の冬編
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296 新たな候補地

今日の治癒院は空いていた。患者さんが一人。その人が終わるのを待って、看護師兼事務員のナヴァさんに了解をもらって診察室へ。


「こんにちは。」

「おお、サキか。たしか、遠出していたようだが。」

とサリエル先生。

「はい。昨日帰ってきまして。これ、お土産です。」

と干物。麻袋入りで、においがしないよう、ちゃんと結界石付きでお渡しする。

「おや。ありがとう。海に行っていたのか。」

「ええ。…ところで、ちょっとお聞きしたいことがありまして。」

「うん?」


「実はヴィルドで、主に、僕みたいに従魔をつれた冒険者をターゲットにした宿屋をやりたがっている人がいるんですが。どこかいい場所、ないですかね。あ、できれば空き地が欲しいんですが。」

「ふむ。このあたりでいいのかね?」

「そうですね。あまり高い土地でも、冒険者相手だからやりにくいでしょうし。このあたりは冒険者が通るから、いいかなと。」

「大通りでなくとも?」

「もちろん。」

「ないこともないが。」

「え!?そうなんですか!?」

「この治癒院の3軒先だ。」

なんと!

灯台もと暗しだ。


サリエル先生と、外に出る。

シンハをさりげなく魔力から出して一緒に歩く。

空き地なんか、あったっけ?

「此処だ。」

空き地ではなかった。すっごいぼろ屋が1軒。ぽつんとある。奥は裏庭だったのだろうか。かなり広い。

今は雪がこんもりだ。

ふむ。なかなかいいな。これなら、あの建物を移築しても、前の方にゆったりした馬車止めをつくるとか、裏庭にちょっとした畑をつくるとかもできそうだ。


「…。誰か住んでいるんですか?」

「いや。半年前まで、産婆をしていたばあさんが、一人で住んでいたんだがな。亡くなってそのままだ。この土地の所有者は俺だ。」

「へ?」

「ばあさんには息子が一人居たんだが、先に亡くなって、他に身寄りがなかった。亡くなっても御遺骸の引き取り手がいなかったくらいだ。だから生前から、いざという時は、俺がとり仕切って埋葬してくれと言われていた。残ったものは全部俺にやると言われてな。正しく遺言書もある。で、仕方なくこの土地は俺の名義になってる。」

「仕方なくって。」


「長いこと寝たり起きたりでな。薬代だのなんだので、ばあさんが残していたわずかなコガネも皆なくなってしまって、足らない分は俺が出していたんだ。そうなるのは解っていたから、ばあさんは俺を相続人にして、遺言を書き残していたんだ。

家はこんな状態だから、潰すしかないなと思っているうちに、冬になってしまった。だから、此処の始末は春になったらと考えていたところだ。」

「なるほど。」


「で、その宿屋が、この土地を買ってくれるのか?」

「あー、たぶん、僕ですね。土地は。」

「ほう!?本当にお前が買うのか?」

「たぶん、そうなると思います。だから、お安くしていただけるなら、超ありがたいです。なるべく一括でお支払いしますので。…でも、本当にいらないんですか?この土地。治癒院にも近いですが。」

「いや、家は別にあるからな。治癒院の続きの土地なら増築なりなんなり考えるが、飛び地では。せいぜい更地にして、馬車止め場にするくらいしか思いつかん。」


つまり駐車場か。だが治癒院の脇に、2頭立て馬車1台程度は停められるスペースはある。自宅はたしか、此処からちょっと離れた閑静な住宅街にある。もちろん、サーシャさんと暮らしている。

「なるほど。これからお子さんも生まれるし、お金も掛かりますもんねえ。」

と僕はにやにや。

「ほう。わかっているじゃないか。なら、安くしてやらんでいいな。」

「い、いやいや、それはそれ、これはこれですよう。」

「ふふふ。わかった。相場がいくらか調べて、多少は勉強してやる。」

「よろしくお願いしまーす!」

ヒョウタンから駒、何処で誰に助けて貰えるかわからないものだ。


「でも、本当にいいんですか?」

「なにが。」

「土地を手放して。先生が大家で、宿屋に店子になってもらい、土地を貸して収入を永続的に得る、ということも可能ですよ。」

「そうだな。それもちらっと考えた。」

「ちらっと、ですか。」

「ああ。ちらっと考えて、即、却下した。」

「どして?」

「面倒だから。」

「…。」


「お前だから言うが、今回のばあさんのようなケースは、長年医者をやっていると、結構やってくる話なんだ。金はないが土地はある。死んだらお前にやるから、死ぬまで面倒をみろ、ってやつだ。」

「そうなんですか。」

「ああ。そういうのを元手に、治癒院を大きくした奴を何人も知っている。

だが、俺は不器用だし面倒くさがりだ。あの空き家をなんとか整理して、更地にして、何かを建てて…。そんなことを考えただけで、面倒で仕方がない。

しかも、家賃収入を得るまでに、結構金もかかる。そんなことに使う金があったら、次々やってくる患者用の薬を買いたい。

じゃあ、治癒院を大きく建て直すか?入院施設をつくるとか?そうなると、俺一人では手が回らない。

何人も医者を使って、経営できる器用なやつならそれもいい。だが俺はできない。だからこれも却下。

そうすると、あの土地は活用しきれない死んだ土地になる。

ばあさんは、長いこと俺に薬代を借金していたから、焦げ付き額は相当だ。」

「なるほど。」


「…それに、貧乏人からタダ同然でもらった土地を元手に、経営者面するのもなんだかな、と思ってしまうんだよ。」

「…。タダじゃないでしょう?お薬代、前貸ししたんだから。」

「まあそうだが…。ばあさんからの贈与は、彼女が残した『産婆ノート』だけでいいと思ってるくらいだ。かといって、あの土地を教会にやるのも、本人がやらなかった訳だし、なんか違うと思ってしまう。」

「先生が有効活用すれば、故人の遺志は継いだことになるんじゃないですかね。」

「そうだ。その通り。で、俺は、俺よりも有効活用できそうで、信頼できる奴になら、薬を仕入れるためにも、売ろうという結論だ。」

「…」


「とにかく。今の俺は、宿屋の大家をやるつもりはないってことだ。治癒院は金がかかる。特に俺は、貧乏人にはつい甘くしちまうから。小銭はいくらあっても足りないんだ。お前さんが買いたいなら、俺は喜んで土地を売るよ。」

サリエル先生の本音が聞けた。

貧乏人には、つい無償か、無償に近い額で治療してしまう。

でも、子供も生まれるし、愛する人にお金で苦労はさせたくない。そして今後の治癒院のことも考えると…今は現金が一番欲しいということだろう。


サリエル先生と別れて、屋敷に向かう帰り道。

「結構ささっと決まったねえ。いや、まだノッティアさん夫妻に見せてないから、決まってはいないけどさ。」

『ああ。だが、このあたりであれ以上の物件はないと思うぞ。』

「シンハもそう思う?」

『ああ。結構妖精の子も飛んでいたしな。』

「そうなんだよ!その亡くなったおばあさんって、妖精に好かれてたんだねえ。裏庭にも飛んでた。」

『おそらく、元気なときにはそれなりに、薬草を植えたり花を植えたりしていたのだろう。』

「うん。そう思う。」


ちょっと寂しいな。誰も身寄りがいなかっただなんて。でも、優しいサリエル先生が、きっと息子代わりだったんだろう。先生はつっけんどんだけど、本質、優しいから。

まだあの家の中をよく見ていないと言っていた。整理するのは面倒で、なんて言っていたけれど、本音は、遺品に触れるのが悲しかったのかもしれない。


「どうしようかなあ。先生が遺品片付けるの待っていたら、その分宿屋の開店が遅れるね。」

『お前がすればいいだけだろう。』

「え、うーん。そうだけど…。」

『身内には辛いこともあるだろう。ひとまずお前の亜空間収納に家ごとまるっと入れて、遺品を分類してあいつに見せ、処分しないものを選んでもらえば良い。何も知らない第三者のほうが、潔く整理できるものだ。』

「なるほどね…。」

たしかに、普通なら手伝いそうな先生の奥さんは身重なわけだし、そんなことやらせられないだろう。

「わかった。解体は僕がやるってことにする。で、遺品以外で、使えそうな建材とかは、僕が貰うということで、どうだろう。」

『それでいいのではないか。あやつもそれでいいと言うだろう。』



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