295 シンハの過去とドワーフ
ゲンさんは、酒を一杯ひっかけると、話し始めた。
「昔、俺の村は、黒龍に襲われた。俺が生まれる前のことだ。家屋は焼かれ、村人は食われた。そんな時、現れたのがフェンリル様だ。」
「!」
「おそらく、シンハ様の親御様だろう。小さな子供のフェンリルを連れていたそうだ。
そして黒龍を追い払ってくださった。村ではそれを記念して、銅像を建てた。親子のフェンリル像だ。」
「…」
シンハを見ると、知らぬ振りをしている。
「(そうなの?シンハ。)」
『知らん。忘れた。』
とそっぽを向いている。
『俺は外にいる。』
「(あ、待ってよ。行っちゃだめ。)」
僕はシンハのシッポをつかんで引き留める。
『こ、こら。離せ!』
「(やだ。)」
僕はシンハを逃げないようにしっかり抱きしめた。
ゲンさんの話は続く。
「それから今度は俺が生まれたあとの話だ。またぞろ黒龍が来やがった。そして、またフェンリル様が…今度は1頭だけで現れて、黒龍を瀕死の状態まで追い詰め、村から追い払ってくれた。村ではそれも記念して、また銅像を建てた。今度は1頭だけの像だ。俺のオヤジが作った。…あのフェンリルは、シンハ様なのだろ?」
『し、知らん!もう忘れた!』
僕からのがれようと暴れる。
「シンハ。照れなくていいから。」
と僕はシッポを離さず、にやにや笑う。
「でも、どうしてドワーフさんたちみんな、シンハを見るとフェンリルってわかるの?まさか全員が同じ村出身じゃないよね。」
「そりゃ、その銅像…1頭だけの銅像の出来がよくってよ、ドワーフのどの村にも設置されているからさ。2度も奇跡的にフェンリル様に助けられたんだ。童話にもなってる。それだけドワーフは、フェンリル様にみんなが感謝してるってことだな。」
「だってよ!シンハ!」
『う、うるさい!俺は知らん!もう忘れた!』
「あはは。シンハったら照れちゃってー。」
だからシンハに聞いても、今まで教えてくれなかったんだな。
ゲンさんはカウンターから出てきて、シンハの傍に片膝をついた。
「シンハ様。あの時は子供だった俺も殺されかけた…。俺たちドワーフを救ってくださって、ありがとうございやした。ずっとお礼が言いたかった。でも知らぬ振りをしておられるようだから。嫌がるかと黙っておりやした。すみません。」
と深くお辞儀した。
『…知らん。もう、忘れろ。』
念話は通じない。
「恥ずかしいから、もう忘れてくれって。」
と僕が言うと、
「ふふ。わかりやした。でも、ドワーフはみんな、貴方様の味方でさあ。」
とゲンさんは言った。
ゲンさんは立ち上がると今度は僕を見た。
「だが、問題は、今はそのことじゃねえ。」
「!…」
「サキ。『あの魔剣』を出して見ろ。」
「…えっと…はい。」
僕は魔剣をゲンさんに渡した。
彼は鞘からすらりと魔剣を抜くと、まじまじと見た。
「なるほどな。これであいつを斬ったんだな。」
「…。」
「なるほど。なるほどな。この剣なら、あいつの鱗も通るか…。おめえの魔力ならな。」
そういうと、魔剣を鞘に収め、僕に返し…そして、泣きだした。
え、泣きだした!?泣き上戸!?
「本当によう。サキ。おめえは、なんてあぶねえ事をしやがる…。」
そう言って、僕をがくがくと揺さぶった。
「俺は今日、一生分、驚いてるぜ。」
乱暴に涙を拭いながら、ゲンさんは僕をがしっと抱きしめた。
がしっと。く、クルシイ…。
「!?」
「サキ。ありがとうな。俺の村の連中だけじゃねえ。あいつは冒険者だった俺のダチまで殺しやがったんだ。そんな黒龍を倒してくれて。ありがとう、な。」
ぐすぐす泣かれた。
「ゲンさん…」
「おめえ、とんでもねえことしやがって。いくらシンハ様と一緒に倒したとしてもだ、なんてあぶねえまねをしやがる!あの黒龍だぞ!
あまりにとんでもねえ事すぎて、確かに誰にも言えねえよなあ。だから、俺がみんなの分、言ってやる!サキ。シンハ様。ありがとうな。ありがとう!!」
と言って、ゲンさんはおいおい泣いた。
「ゲンさん…。ありがとう。そう言ってもらえて。うれしいよ。」
僕は今、ようやく実感した。黒龍がいかに多くの人々を悲しませてきたかを。
そして、僕とシンハが成したことが、いかにとんでもない大きな事だったのかを。
ゲンさんはようやく泣き止んで、僕の身につけているものを見た。
「ぐすっ。なるほどなあ。そうやって見ると、この服の裏も奴の鱗だろ?靴はあいつの革か。」
「え、うん。…僕が使うことで、黒龍の禊ぎにもなるって聞いたから。」
「そうだな。ちゃんと活用してやれ。冒険者なんだから。な。」
「うん。」
「もう隠さなくていい。奴の素材の加工は、俺もやってやるから。」
「うん!その時は、よろしくお願いします。」
「ところでよ。」
「?」
「やつのウロコ、たんまり持ってるんだろ?ちっちゃいところでいいから、口止め料に、俺に進呈しねえか?」
ゲンさん…感動が台無しだよう。
小さめとはいえ、黒龍のデカイ鱗を1枚せしめられた上、まだ全部見てねえ!と言われてジャンビーヤの柄の豪華さをカモフラージュしていたのが黒龍革だと見抜かれ。
「こんな無造作に黒龍革使いやがって。」
と言いながら、その革を剥かれてしまった。豪華な柄が現れる。
さらに、ワイバーン製の鞘カバーまで外され、柄とおそろいの、サファイア粒を飾った透かし彫り金具の豪華さにまたぞろ呆れられた。
「まったく、おめえはよう!この透かし、材料はミスリルだろ!金まで使って、さらにサファイアだあ?自重ってもんを知らねえのか!ったくよう!俺っちの心臓は、もう今日一日でズタボロだぜ。…いい仕事してやがる。こんちくしょうめ!」
と嘆かれつつ褒められた。
ようやくゲンさんの店を出た時は、とっくに昼を回っていた。だが食べる気にもなれない…。
「やれやれ。大変な目にあった。」
僕は竹の水筒に入れた魔素水をグビグビ飲んだ。
シンハにもあげる。
『ふん。俺のほうが大変だった。昔のことはばらされるわ、お前にシッポはつかまれるわ。』
「あはは。ごめんね。でもシンハだって悪いんだぞ。僕に今まで隠してたんだから。」
『ふん。』
「ずーーっと不思議だったんだよね。どこに行っても、ドワーフさんが、すぐにシンハをフェンリルだって見破るから。シンハに聞いてもはぐらかされるし…。そうかあ。銅像ねえ。きっと本当にシンハそっくりなんだろうねえ。」
『う、うるさい。もうその話題から離れろ!』
「ふふ。わかった。もう言わない。なるべくね。」
『うう。』
僕は笑いながら、シンハをぐりぐりと撫でた。
『ところで、次は何処へ行くんだ?』
「サリエル先生のとこ。近いし。お土産もあげたいし。」
『では俺は魔力に入ろう。』
「ん。わかった。」
路地でさりげなくシンハを魔力に入れ、何食わぬ顔でまた歩き出す。
ほどなくサリエル先生の治癒院に着いた。
シンハとドワーフにそんな因縁が。
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