292 ジャック・ド・フーパーの評判
翌日、朝からギルドへ。今朝はギルド長と話がしたいのだ。
ユリアは、昨日あげた真珠のピアスをしてくれていた。
「おはよう。」
「おはよう、サキ。(ピアス、ありがとう。)」
「うん。(よく、似合ってるよ。)」
などと、念話も交えてやりとり。
そう。ユリアとは契約していないけれど念話ができるのだ。
ふたりでつい、顔を見合わせて、ふふっと笑ってしまう。
すると隣の受付にいたエリカさんが
「あらあ、まったく。朝からごちそうさまねえ。もう。」
とにやにやからかってきた。
ちなみにエリカさんは既婚者である。
ユリアを救出して此処に連れてきた時、ユリアの入浴とか、いろいろお世話してくれたのも彼女だ。
最近、よく僕やユリアをからかってくる。でも、ユリアのことを応援してくれるらしく、イジメではない。他の受付嬢は独身が多いが、彼女たちも、ユリアと仲は悪くない。ユリアが一番年下なので、いろいろ面倒を見てくれているらしい。
ただ、僕がユリアと仲が良いので、最近はそれをネタにからかわれるようだけれど。
「こほん。えと、今朝はギルド長に用事なんですが。」
と僕が言うと、
「わかりました。少しお待ちください。」
と事務的に言って、受付をクローズすると、奥の階段を上がっていった。
「ねえ、サキくん。」
エリカさんが声を掛けてきた。
「はい?」
「ユリアにプロポーズはしたの?」
「は?」
「もう。駄目なコねえ。はやくしないと。結構ユリア、モテるのよ。若い冒険者とか、20代の連中に。」
うぐ。
「うう。僕もユリアも、まだ未成年なんですけど。」
「此処では通用しないわ。年齢は関係ないの。貴方Bランクでしょ。悪い虫が付く前に、はやくしないと。Aランクのグループメンバーも狙い始めたようだから。」
「!…具体的に、誰です?」
「さあ、誰かしら。」
「エリカお姉様、肩でもお揉みしましょうか。」
と両手を組み合わせて言うと
「うふふ。まったく。サキくん、面白すぎ。誰とは私からは言えないけど。早くしないと。横からかっさらわれたって知らないわよ。」
「う。ぜ、善処シマス…。」
とかやっていると、ユリアが降りてきた。
「部屋にどうぞって。」
「ありがとう。こほん。では失礼します。」
「はあーい。」
エリカさんは笑顔でひらひらと手を振った。
まったく。誰だ?Aランクのグルメンって。
気を取り直し、ギルド長の部屋へ。
コンコン。
「入れ。」
「失礼します。…おはようございます。」
「おう。お帰り。久しぶり。昨日の報告は聞いてるぜ。案の定、いろいろ派手にやらかしてきたらしいな。」
「はあ。まあ。」
酷い言われよう。
「で、今日はどした?とにかく座れや。」
「はい。…実はノッティアさん一家のことで。」
「ふむ。宿屋の土地のことか?」
「そうなんです。彼らが気に入った土地があったそうですが。」
「そうなんだ。だがなあ。相手が悪かった。」
と髪の薄い頭をかく。
「商業ギルド長さんだそうで。」
「そうなんだ。あいつはなあ…。くせ者でよう。」
「ジャック・ド・フーパーさん、でしたね。」
「ああ。」
「どんな方なんです?くせ者、とは?」
「…。」
なぜか言うのを渋っている。この街の有力者の悪口を、未成年の僕に聞かせたくないのかな?
「実は、いい土地があれば、僕が購入してノッティアさんに賃貸借するか、少しずつ買ってもらうかしてもいいと思っていたんですけど。」
と言ってみた。
「!お前がか!…ああ、お前さんなら、楽勝で買えるんだったな。」
僕がコガネ持ちであることは、ギルド長も知っている。ギルド経由で仕留めた獲物をオークションに掛けているし、最近はエリクサーを納品しているからね。
「で、どういう方なんです?」
「ふむ。そうなると、説明しておかねえといかんな。…フーパー家は男爵だ。奴の父親も、ヴィルドの商業ギルド長をしていた。親子揃って野心家だ。
南門近くの大通り沿い東側は、一区画まるごと奴の所有地でな。西側も欲しがったらしいが、ほかの区画は、ライム商館が持っているところも多い。昔、奴と父親が、商業地をまるごと買い占めようとしたことがあってな。それを阻止したのが、レジのおやじさんよ。コーネリ…いや、先代のヴィルディアス辺境伯が、フーパー家が買い占めるのを良しとせず、辺境伯直の所有か、さもなくばほかの商人たちに積極的に売ったのだ。」
この国の土地は、すべて国王のもの。そして、統治を預かる領主のものだ。だが、土地は普通に売買されている。ただし、もとは領主の所有だから、売買するたびに領主に手続き料としてそれなりの額を納めているはずだ。いってみれば「みかじめ料」みたいに、ピンハネされるわけだ。そのかわり、固定資産税はなく、かわりに毎年人頭税がある。それから、商売をすれば年貢と同じく、売り上げの上前を持っていかれる。これはどの世界でも同じだろう。
「ここだけの話だが、フーパー家は国務大臣をしているレニエ・ド・ダーラム侯爵の子飼いの貴族という噂だ。そしてダーラム侯爵家は中立を装いながら、実は王妃派というか、親帝国派らしいという黒い噂がある。だから、フーパー家やダーラム侯爵家は、ユーゲント辺境伯やヴィルディアス辺境伯、そしてライム商館の敵と言っていい。」
「そんな人が、ヴィルドの商業を牛耳っているんですか!?大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではない。だが対抗馬となると居なくてな。レジくらいしか。」
「ふむ。」
なんだか、僕のアラクネ布戦略は、この流れに乗っかっている感じがする。
「いずれはレジが、ここの商業ギルド長になるはずだ。それが遅くなるかどうかは、レジの手腕にかかっているのだが…。あいつはどうもふわふわしていて、そういう権力にはあまり固執しないから。逆にこれまではダーラム侯爵一派の標的にされずにきたという訳だ。」
「なるほど。」
「ジャック・ド・フーパーはもうすぐ50才。レジナルドはまだ30才くらいだろう。それだけの年の差があったから、仕方なくジャックを筆頭にすえてきたが、さすがにもうそろそろレジの時代になってもらわんとな。」
「よおくわかりました。…でも、今回のノッティア家の件は、さすがに侯爵家とは関係ないでしょう?土地代は800万と聞きましたが、どうしてそんな高額な額を示してきたのでしょう。あの辺りは、いわゆる「下町」ですよね。生産者も多いし。」
「ああ。相場なら、せいぜい80万、いや、もっと低いだろう。…あの土地は、売るつもりはないようだな。」
「だから法外な値段を提示したんですね。」
「そうらしい。だがそれだけではないと思う。どうやら、宿屋夫婦がユーゲント辺境伯領から来たということも、気に入らなかったらしい。」
「へ?なぜです?」
「辺境伯に追い出されてとかならまだわかるが、そういう訳でもない。話の端々から、ユーゲント卿を尊敬し慕っていることもわかったのだろう。」
「ああ、なるほど。」
ユーゲント卿は当然、反帝国派。敵対勢力を褒める相手には、売りたくないわけだ。
「このあたりは、先に彼らに言い含めておくべきだった。すまん。」
今更僕に謝られても…。
「ほかの候補地はないんですか?」
「今調べているが…。コーネリア様もあのあたりをいくつか所有しているはずだ。だが今、例のアラクネ布と、戦争準備の件で、レジとともに王都に行っておられてな。情報待ちというところだ。」
「そうですか。…わかりました。何か動きがあれば、お知らせください。当分ノッティアさん一家も僕の家におりますので。」
「わかった。」




