287 ユーゲント辺境伯の提案
翌日。
3人を北にテレポートで連れて行き、また作業をお願いする。
グラントは壁直し。そして、グリューネとトゥーリは元気に帝国側へ飛んでいった。
昨日成果がでたものだから、グリューネははしゃぎがち。だから、あまり張り切りすぎないよう、そして油断しないよう、しっかり二人に言い聞かせておいた。
僕は南に戻り、また黙々と壁直しをしたり、妖精の様子を見にテレポートしたり。
昼過ぎ。
トゥーリから、サラが来た!と連絡があったので行ってみると、サラはすでにトゥーリときゃぴきゃぴやっていた。
「そうなの!?壁も凄いけど、そんな面白いことをやっていたのね!」
「ほら、また人が来るわ。「なんみん」ていう人たちなんだって。かわいそうな人たちね。みんなとってもお腹を空かせてくるの。だから、グリューネと協力して、食べられる木の実を実らせてやったりもしてるわ。そして此処に誘導してくるのよ。」
へえ。なるほど。でも、季節に合わない実を成らせるのは魔力が必要だ。トゥーリも少し木をあたたかくするとかして、二人で実らせているのだろう。あとで魔力団子を二人にまたあげよう。
「なんみん、来たぜ!おう!サラ。ちゃす!」
「こんにちは。相変わらず「軽い」わね。グリューネは。」
「俺、重たいのと痛いのは嫌いだから。」
「ふふ。楽しいわね。素敵なことをしているんですって?」
「ああ。トゥーリ、今回は「すぱい」は居ないぜ。」
「了解。」
「すぱい?」
「悪人のことよ。黒い靄を纏っていて、なんみんの振りをしてやってくる嘘つきが紛れ込んでいることがあるのよ。」
「ああ、間諜のことね。」
「そうそう。」
「それを捕まえているの?すごいわね。」
「まあねー。」
そろそろ隠微をとくかな。
「やあ。みんな。順調そうだね。」
「「もうばっちり!」」
「サラ、いらっしゃい。」
「サキ!会いたかったわ!」
と言って、サラは飛んでくると僕のほほにキスをくれた。
なんか、ハッピーになる。かわいい。
「ふふ。ありがとう。辺境伯様は?領都でお留守番かな?」
「ううん。砦までは一緒に来たのよ。テレポートで。でも、きれいになった砦とか壁を見て、すぐに南に行ったわ。」
「南?」
「たぶん、貴方に会いによ。サキ。」
「え。」
僕は挨拶もそこそこに、あわてて南にテレポートで戻った。
馬車と馬たち、シンハは、僕がテレポートする前と同じ場所にいた。
『サキ。今連絡しようと思っていたところだ。客人だ。』
とシンハが言う。振り返ると、壁のてっぺんに登り、ユーゲント辺境伯が、壁を検分したり、帝国側を眺めたりしている。
危なくないのかなあ。まあ、このあたりは向こう側にも近くに人の気配はないけど。
僕が壁に向かって歩き始めると、ユーゲント卿が気づいて、短距離テレポートで僕の近くに降りて来た。
「ご無沙汰しております。」
「サキ。まったく君は…。なんていたずらっ子なんだ!」
と言って、両手を広げ、僕を抱きしめて挨拶してくれた。
「ふふ。お聞きになったんですね。僕が来てからの、あれやこれやを。」
「ああ。さっき、サラと砦に着いて、度肝を抜かれた。状況をドミニク副団長から聞かされて、幽霊のことも聞かされ、壁も案内されてこの目で見て…まったく。君はとんでもない大魔術師だったんだな。」
「ふふ。そんなことないです。基礎魔法を応用したり、ひたすら立て続けに使ってみたりしただけですよ。」
「いやいや。それが大魔術師たる者の証拠だ。君以外の誰も、この壁をこれだけの早さ、精緻さで、修理できるとは思えん。」
「気に入っていただけたなら光栄です。」
「まったく。とにかく、驚いた。私は結構長くこの世にいるが、こんなに驚き、感動したのは、初めてだよ。」
「恐れ入ります。」
それから、壁のことを少し説明しながら、辺境伯と歩いた。
このあたりは人の気配もなく、安全だった。
シンハも、それがわかるからだろう。僕から離れ、馬車近くでうずくまってこちらを眺めているだけだ。
「どうせやるなら、向こう側をツルツルにしようと思って。そうしたら、親方も気に入って、全部これで行こうと。空堀もディグで掘っただけなんですけど、気に入られちゃって。」
「だれでも驚くよ。あれでは敵兵は相当長いハシゴか、上手く縄を上の岩に引っかけでもしない限り登れない。堀に落ちたら、這い上がるのも一苦労だろう。」
「ええ。」
真冬の晴天の下、僕たちはそんな話をしながら、壁を見あげつつ歩く。
「本当に…。凄いな。」
「お褒めにあずかり、光栄です。」
ふと、辺境伯が立ち止まり、僕をじっと見て言った。
「…。サキ。君に提案がある。」
「?」
「私の息子にならないか。」
「…は?」
「君を、養子にしたい。」
「!?」
辺境伯の緑色の目は、どこまでも深く、慈愛に満ち、そして真剣だった。
僕は、わが耳を疑い、ずいぶんと長く、きょとんと辺境伯を見つめていた。
目をぱちくり。という表現がぴったりの状況だった。
「養子、ですか?」
「うむ。」
辺境伯は、後ろ手に手を組んで、思案げに少し歩いた。
「これは、急に思いついたことではない。君に会ってから、私はずっと考えていた。なぜ、君のことがこんなに気になるのか。そして今日、君の成したことを知り、さらに確信した。」
「…」
辺境伯は、また僕の所まで戻ると、僕の顎先に手を添えた。
「?」
「君には、私と同じ、ハイエルフの血が流れている。」
「!」
あれ、ハーフエルフじゃなくて、ハイエルフ!?
「いや、正確では無いな。君は、「ハイエルフに、限りなく近しい者」、と言うべきか。」
と言いながら、また後ろ手にしながら少し僕から離れた。
「…」
僕は世界樹の息子だと、シンハは言う。
確かに、世界樹様はハイエルフの姿で描かれたり彫刻に表されたりすることが多い。
「でも耳は…尖っていませんけど。」
僕は耳を触りながら言った。
「そうだな。だがそれはたいしたことではない。」
そうなのかなあ。
たしかに、彫像の世界樹様の耳は、丸いこともある。人間族に似せたからと思っていたが…。
それから、夢の中の世界樹様も、耳が丸かった、かも…。
「君は、天涯孤独だと聞いた。この世界に、「親」と呼べる人が居ないのなら、私を「父」と、呼んではくれないだろうか。」
「!…」
「もちろん、養子となっても、君を束縛するつもりはない。冒険者を続けたいなら、それもいいだろう。私には実の息子も娘もいる。だから、家を継ぐのは予定通り長子か、もしくは他の実子になる。けれど君に、貴族の持つ特権を、いろいろと与えることはできる。」
「…」
「私は一応辺境伯だから、子爵くらいの爵位なら、すぐにでも君に与えられる権利も持っているよ。ユーゲントの名を名乗るのは、そう悪くないと思うのだがね。」
「…」
「貴族になるのは、嫌かね?」
「…僕には、よくわかりません。…貴族の方は、僕とは遠い存在、と思ってきたので。」
それが実感だ。
「…それに…閣下の養子となるなら、僕はこの国の王様に仕える、ということになりますよね。」
「まあ、そうだな。」
「ご無礼をお許しいただけると信じて、正直に申し上げますが…お会いしたこともない方に、忠誠を誓うというのは…僕としてはちょっと。」
「ふむ。ならば、すぐにも陛下に謁見を申し出よう。これだけの功績を示したのだ。陛下のほうが会いたがるだろう。そうすれば、この国の国王陛下が、君が忠誠を誓うのに「そう悪くないお方」だとわかって貰えるだろう。陛下も、養子の件をすぐにご許可くださるだろう。」
「…」
僕はたぶん、困った顔をしていたのだろう。
「ああ、すまない。焦りすぎたな。…サキ。私は純粋に、君が欲しいのだ。」
そう言って、辺境伯は僕を抱き寄せた。
「!?」
さすがに動けなかった。なんだか愛のコクハクみたいじゃんか!いやいや、僕はストレートですよ。た、たしかに、とても魅力的なオジサマいや、お兄様くらいに見えるお方ですが…。
「君を手元におきたい。本当は、君を屋敷に閉じ込めて、君の才能も秘密にして。私のためだけに魔法を使って欲しいくらいだ。」
と耳元で囁かれた。
ちょ、ナニコレ、やばくない!?
え!?コレ、BLだったの!?