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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第四章 大寒波の冬編
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284 サキ不在のヴィルド2 カーク副長のひとりごと

Bランク冒険者パーティー「雷鳴の剣」の剣士、ギデオン・ドーメルが、ダンジョンで大けがをしたという一報が入ってきた。

俺は非番だったが、たまたま若手職員の代わりにシフトに入っていた光の日のことだった。


今日はサキがいない。

治癒術師としてはまだ新人のレイネル・アシュレ神父がきてくれてはいるが。

彼はたしかエリアハイヒールがせいぜいらしい。

それでも若手の治癒術師としては、前途有望で真面目な青年だ。

サキがあまりにもぶっとんだ能力だから、比較するのは酷なことだ。


サキはこのところずっと不在だ。彼はコーネリア様の依頼で、ユーゲント辺境伯領に壁直しに行っているのだ。

国境の壁の直しに、たったひとりだけの派遣とは。

彼が出発する頃、俺はちょうど近隣の街に、治癒術師の実態把握のために出かけていて留守だった。

何故一人で行かせたのかとギルド長に食ってかかったが、本人の希望とのこと。

いろいろ秘密が多いので、護衛はいらないと断られたそうだ。

そして、彼以上もしくは彼に匹敵する働きができそうな者もそうそういないだろうということで、結局サキたちだけで出発したのだった。

あれほどの魔力量の魔術師は、他にはいないだろうからな。

長旅になるからと、シルキーのシルルも一緒だそうだ。妖精にフェンリル…。確かに機密事項が多いな。


それにしても、ユーゲント辺境伯領に行くなら、俺の叔父がギルド長なのだから、いろいろとことづけやら手土産やらを持たせてやれたのに。

まあいい。たまたま自分は留守だったということや、サキはちょっと非常識なくらい凄い子だが、まだ未成年だからくれぐれもよろしく、ということは、ギルド同士を繋ぐ「特別回線」で伝えたからな。

ああ、シンハがフェンリルだとは伝えていない。だが、叔父貴なら見てすぐにわかるだろう。ただ、シルルが妖精ということは、いくら叔父貴がエルフでも、気づかないかもしれない。シルルの人化技術は結構高度だからな。


それより、今日のことだ。

サキがいれば、エクストラヒールでもしてもらうのだが。

まあいい。彼が作った新作のエリクサーを試す絶好の機会だ。


今回の「雷鳴の剣」は、大けがの一報と共に、エリクサーの使用を希望とはっきり伝えてきた。

中堅、いや上級と言っていいパーティーだから、蓄えもそれなりにあるはず。よほど仲が悪くないかぎり、エリクサーを使うと仲間が判断するのは普通の事だ。


俺は苦い経験を思い出す。

あれは数年前のこと。

孤児院出身の若いDランクパーティー「シャイニングバード」の魔術師パル・エデルの件だ。


あの日。俺は冒険者ギルドの本部に重要な会議に行っていて留守だった。

そしてギルド長も、貴族の依頼のために明日までは出張という、なんとも間の悪い時だった。


パル・エデルは前途有望な魔術師だった。

だが、いかんせん「シャイニングバード」は金がなかった。

そして仲間が重傷を負うのも初めてだった。


パルがゴブリン・メイジの変異種から、黒魔術系の呪いを含んだ攻撃を、仲間の身代わりになってもろにくらってしまった。


ギルドかサリエル先生のところに運ばれてくればまだ良かったが、北門脇の、彼らの拠点である安宿に運んだ。そして、なけなしの上級ポーションを使ったらしい。


意識を取り戻したパルは、じきに治るからと、エリクサーの使用をかたくなに拒否したらしい。

パーティー戦で重傷を負った場合、個人で治療費を払えない場合は、パーティーで払うことになっている。特にエリクサーの場合は、そういう条件書にサインの上、使用することになる。

パルはおそらく、仲間に借金を残したくなかったのだろう。

そして、自分の怪我は呪いが複雑に絡んでいて、エリクサーでも治らないかもしれないと、優秀すぎる魔術師ゆえに悟ったのだろう。あるいは冒険者の直感でわかったのかもしれない。


とにかく、パルはエリクサーを拒否し、仲間は、大丈夫だからというパルの言葉を鵜呑みにした。

そして数日後、パル・エデルは高熱に苦しんだのち、息を引き取った…。


実はパルの判断は間違っていたわけではない。

黒魔術系の呪いは強力で、エリクサーでさえ効きにくいか効かない場合すらあるのだ。

複雑難解な呪いのために、呪いであることすら解らずに、なぜかエリクサーが効かない、ということになる。


このことは、ヴィルドの冒険者間では常識化していると思っているのだが、誰かが箝口令を敷いているのかと思うほど、余所の医者や治癒術師たちは、今でもあまり知らないことだ。中央ほどこのことを知らなかったりする。黒魔術の複雑な呪いに関して、経験が少ないのだろう。


そういうわけだから、もし無理に高額なエリクサーを使っても、パルが必ず治るとは言えなかったのも事実なのだ。


ただ、孤児院出身の彼らが頑張っている姿を、俺もエストギルド長も、うれしく思って見ていたから、突然、パルが亡くなったと聞かされて驚いた。

彼の死は、悔しく、痛ましく、そして無念なことだった。


もし、俺かギルド長がヴィルドにいたなら。

もし、ギルドかサリエル先生のところにパルが運ばれていたなら…。

いや、その前に、「森の調査」依頼を、Dランクではなく、もっとランクが上のパーティーにやらせていたなら…。

いろいろな「もしも」を考えると、非常に無念だった。

誰のことも責められない。

責められるべきは、俺とギルド長。それだけでいいのだ。


それ以降、俺とエストギルド長は、どんなに本部の要請があっても、貴族の要請であっても、どちらかが必ずギルドまたは最低限、ヴィルド領都内にいること、という不文律を貫いてきた。

俺たちのどちらかがいれば、若い者たちが判断に迷ったり、それで後悔したりせずにすむからだ。


当然ながら、パルの弔い合戦として、ゴブリンの群れは直ちにレイドを組み、殲滅した。



後悔の多い過去を瞬時に思い出しながら準備をしていると、ほどなくギデオンが担ぎ込まれた。

ヌーボーフィッシュの変異種の群れにやられたという。

ヌーボーフィッシュはぬるっとしていて4つ足で這う、頭のでかい化け物だ。海や川、沼にもいるし、陸でも活動するやっかいな魔獣だ。

ギデオンはそいつに陸でやられたらしい。右腕は肘から下はなく、足先も欠損。出血多量の大けがだ。意識もない。


すぐにサキ特製のエリクサーを使う。

さすがサキのエリクサーだ。普段の半分の時間で、欠損部が蘇生し、かつ全身の打撲や傷もすべて治癒した。

エリクサーの材料は教えて貰っていないが、どうやらサキが作る魔力水と、万能薬草のメルティアを基本としているらしい。香りからそれがわかるし、美味しそうだ。


水分を補うとともに、すみやかに血液を作ってくれる魔力水も飲ませた。

これもサキ特製のもので、メルティアの香りがほのかにする美味しい魔素水だ。

エリクサー納品の際、オマケでつけてくれた。これを飲むと、比較的早く血液ができるはずだからと。賞味期限も常温で少なくとも10年という、とんでもなく優れた魔素水だ。


とにかく、ギデオンは命拾いした。


今、サキはどうしているだろう。

国境の壁直しは順調だろうか…。

無事になるべく早く帰ってきてくれることを祈っている。

シンハが一緒だから、心配はないとは思うが。

むしろ、貴族相手になにかやらかしていないかが心配だ。

粗相をするという意味ではなく、妙に気に入られて、ヴィルドから離れてしまうのが心配である。

何事も無く穏やかに帰ってきて貰いたいと思うのは、おそらく俺だけではあるまい。

それにしても、今度は何をやらかしてくるのやら。

報告が楽しみでもあるが、少しこわい気もする今日この頃である。



ヌーボーフィッシュは両生類で、ナマズに手足があるような感じです。


サキは不在でも、いろいろな人に何かしらの影響を与えているようです。

さて、次からは本編に戻ります。

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