281 引き続き壁修理
「トレース!チェンジ!ヒール!グラインド!エト・ディグ!」
エトはアンドの意味。フランス語なら「エ」と発音するが。
時折、古代語が地球語と似ていることがあるんだよね、なんて別のことを考えながら、作業を進めた。
500メルずつになったので、すぐにさっきの仮小屋に着いた。
でも、それを通り越し、さらに500メル。また500メル、次は600メル…としていくと、左の壁は、1時間も掛からずに5キロ分が終わった。
「さて。そろそろお昼だよね。砦に戻ろう。」
『ああ。』
僕たちはぱかぱかと馬で戻り、砦で昼食をとることにした。
だが兵士たちに昼食はない。ポムロル1個、干し肉、乾パン、水。それらを夕食までに適宜とる程度。だから食堂も閉まっていると聞いていた。
僕たちは馬たちを厩に入れ、かいばや水などをおやつ程度に与えてから、自分たちの部屋で、サンドイッチと串焼きをとった。それが豪華に思えるほど、兵士の食事は粗食なのだ。
「兵隊さんたち、大変だね。」
『夜はさすがにマトモらしいがな。酒も出るらしい。』
「ふうん。僕はお酒はいらないな。ポムロルジュースのほうがいい。でも、僕が兵士だったら、3日で音を上げるな。」
『俺は1日だって嫌だ。』
「セシルさんの時は、結構粗食だったようだけど?」
『その分魔素を取り込んで補っていたからな。』
「なるほどー。」
『…。肉は必須だからな。』
「ふふ。僕、何も言ってないよ。」
『言わずともわかる。お前はすぐに俺を魔素だけで生きられるだろうと虐待する。』
「あ、ひどーい。僕がいつ虐待したのさ。ちゃんと料理、同じもの以上に出してるよね。」
『まだ今はな。だが、あわよくばそうしようと虎視眈々と狙っているではないか。』
「ふふ。考えすぎだよ。くくく。」
つい笑ってしまった。
やっぱりシンハは食い意地が張っていて、可愛いなあ。
「シンハったら。あはは。」
僕はやたらとシンハを撫でまくった。
『やめろ、馬鹿。食えんだろ。撫でるのは、俺がちゃんと食い終わってからにしろ。』
「あはは。撫でるなとは言わないんだ。あはは。」
なんだか、昨夜からなんとなく喧嘩していた感じだったが、ここに来て完全にシンハと縒りが戻った感じだった。
午後。厩に寄って、馬たちを出してくると、なんだか砦まわりの壁ぞいに人が多い。
壁の屋上には、危ないはずなのに職人たちも上がっているし、兵士たちもいる。
副団長さんと親方が下に居たので、
「どうしたんですか?」
と聞いてみた。まさか敵が大勢近づいてきたとか!?
すると、二人とも僕をなんとも言えない目で見ている。
ああ、こういう時は…覚えがある。僕の魔法のことだろう。
「こほん。いや、なんでもない…とは言えんな。すごい事をまたぞろお前さんがやらかしたので、皆で見学していたところだ。」
僕は壁を振り返った。
そういえば、屋上にいる人たちは、皆危険を顧みず、帝国側の下のほうをのぞき込んでいる。
「ああ、グラインドですか?ツルツルにしたから。」
仕上げにはこだわりましたからねえ。
「それもある。」
と副団長さん。
「?ほかになにか?」
あとなにかやったっけ?
きょとんとしていると
「空堀が、以前にも増して深くなっている。」
ああ、ついでにやった、アレか。
「ああ。ディグというやつです。初歩魔法ですよ?」
なんでそんなに珍しいのかな。
と思っていると。
「お前さんには初歩魔法でも、その規模がな。もはや大魔法の部類なんだよ。」
「さっき、領都から魔塔の幹部が来たんだ。どうやら領主様から、君の様子を見てこいといわれたらしい。
ところが、君が今日だけでこのあたりをやったとか、砦を昨日だけで終えたとか、幽霊の大軍も祓ってくれたとか言っても、信じなくて大変だったんだ。それで実際仕事の成果を見せたら、本当に気絶してしまってね。
今、彼は医務室で寝ているよ。」
「はあ。」
そんなこと言ったって。
僕のせいじゃないもん。
なんだかむっとした。
「気絶するヒマがあったら、少しでもいいから手伝って欲しいのになあ。国境の壁に派遣された魔術師は、今のところ僕一人ですよ。僕よりずっとお給料がいい魔塔の人たちが数人でも来てくれれば、職人さん達だって効率よく作業できるのに。」
とついグチる。
「こんなことで驚いているなら、魔力量の多い領主さまが一人来たほうが、魔塔の魔術師よりずっと効率よく修理できそうですよね。まったく。あと何キロメル残っていると思ってるのかなあ。」
僕はそう言いながら、その場を離れた。
今日中に、左20キロメルは終わらせたい。
優雅な魔塔の方々とは違うんだい。
僕は半ば腹を立てながら、馬を急がせた。
16時には此処は夕暮れになる。
それまでに、できる限り仕事を進めたかった。
「…。どうやら天災坊やは鬱憤がたまっているようだな。」
と副騎士団長。
「ふむ。此処はいつ戦場になるかわからないからな。慣れない職場で緊張して、大魔法もぶっ放して。疲れもたまっているのだろう。」
「そういえば、まだ歓迎会もしていなかったな。幽霊を祓ったお礼の宴もしてないし。」
「今夜あたり、やりますか。ぱあっと!」
「はは。やりたいのは親方のほうでは?」
「そりゃドワーフは宴会と酒が好物ですからね。」
僕は黙々と、左20キロメルを終えた。
終えた時間は16時ジャスト。
ここから馬を走らせても、道は凍り始めているし、危ないので、テレポートで厩に戻った。
「やれやれ。お疲れさん。ロムルスもレムスも、寒くなかった?」
「ゴシュジンが結界で守ってくれたから、大丈夫ー。」
「明日はもっと遠いから、馬車で行こうか。昼も戻らないで、そのまま馬車で野宿もいいかもね。」
『うむ。次第に砦から遠くなる。そろそろそうすべきかもしれんな。』
「僕、シンハや馬たちといるほうが、気が楽だ。」
『まあ、言いたいことはなんとなくわかるが。』
とシンハは後ろ足で耳をかく。
『だが遠くなると、今度は敵がいても、兵士たちに守ってはもらえんからな。自分たちでなんとかしないと。』
「それは今までだってそうでしょ。むしろ僕たちが捕り物のお手伝いしていたくらいだし。」
『そうだが。油断はするなよ。』
「うん。」
ここは前線だ。それはその通りだ。