280 砦付近の壁修理
兵士達に礼を言われ、ミスリルの鎖は返してもらい、僕たちはまた壁チェックに戻る。
今度はロムルスに乗り、かっぽかっぽとゆっくり移動しながら、職人達のいる仮小屋に到着。
職人達は、兵士に守られながら、仮小屋の近くの壁を、修理していた。
「おい!もっと右だ。左じゃねえ。…そう、その石だ!」
とカペラス親方が指示していた。
「どうも。」
「おう。サキか。なんだか向こうの方が騒がしかったな。」
「はい。間諜が潜り込もうとして。でも無事に拘束しました。」
「そうかい。物騒だな。」
「そうですね。…ところで、今後の仕事分担なんですが。」
「おう。ちょっと中で話そうか。」
あとの指示をサブリーダー的な人に任せて、親方は僕たちを仮小屋に案内した。
小屋ではあるが、ちゃんと丸太を組んだログハウスで、兵士達のテントとは違っていた。さすが職人達だ。
「わあ。凄いな。此処なら普通に暮らせますね。」
「まあな。職人の意地ってやつよ。それでいて簡単に解体もできるスグレモノよ。」
「そうなんですね。木の香りがして、いいですね。」
僕もこういうのって、好きだなあと思い、つい細部を見たくなる。
「…で、明日からの分担だったな。」
暖炉に火を入れてくれていた親方が、言った。
「あ、はい。」
いかんいかん。仕事仕事。
「昨日のお前さんのワザを見ると、こちとら気が抜けちまうけどよ。おそらく、お前さんは誰かと組むより、一人で、魔法でやったほうが早えだろう。」
「まあ、そうですね。」
一緒にやるのも楽しいけど、今は非常時。早く壁修理をしなくてはならない。
「ところで、向こう側の修理は、どうやっているんですか?」
「ほぼできねえな。危なくてよ。」
「あー、やはり。」
「今回の修理は、すべてこっち側でしかできねえ。俺たちだって、向こう側もやりてえよ。だがな、結構あっち側には敵兵が来てるんだ。上の修理だけでも命がけ。向こう側は諦めて、こっち側を分厚くするしかねえのが現状だあな。」
「なるほど。」
「まさかお前さん、あっち側をやるとか言い出すなよ。頼むから。」
「どうしてです?」
あちゃー、いらんこと言ったというように、親方は右の掌で自分の額を叩き、それからため息をついた。
「おめえさんが優秀な魔術師だっつう事は、昨日やおとついの夜のことでよおくわかった。だがな。そんなあぶねえ事、坊主に頼めるわけがねえ。そうだろ?」
「危なくなければいいんですよね。」
「どういうことだ?」
僕は親方に考えていることを説明した。
「僕は透視ができます。昨日でおわかりだと思いますが、砦は見えないところもちゃんと修復しました。それは透視して、クラックとか岩ブロックの交換が必要かとかをチェックして、行なっています。壁はもっと簡単です。距離は長いけど、造りは砦よりはるかに単純ですから。」
「まあ…それはそうだが。」
「じゃあ、僕は向こう側中心に修理するということで、よろしいでしょうか。もちろん、向こう側には絶対に行きませんよ。すべてこちら側からします。あ、あと、内部のクラックも修理しますね。」
と言うと、はあーっと大きくため息をついた。
「なるほどなあ。ゲン爺がおめえさんを弟子にした訳が、少しわかった。」
とぶつぶつ言っている。
「じゃあ、まず向こう側と内部をやって、余力があったら、僕もこちら側をやるということで、いいですかね。」
「こっち側もやるってか!おいおい、それはさすがにオーバーワークだ。良しとは言えねえな。」
「とにかく、一通り、やってみますね。始めに砦周辺をと、辺境伯様にも言われてきていますので、右つまり北に5キロメル、左つまり南に5キロメル、こちら側の表面以外をやってみます。」
と自分で範囲を決めた。
「それでどれくらいの時間でできるかで、全部の壁がどれくらいかかるか、わかりますので。」
と言ってみた。
「あ、向こう側の壁は、砦同様、ツルツルにしてもいいんですよね。」
「ツルツル…か、そりゃあ、敵兵が登りにくいのが一番だ。だが、無理はするなよ。」
「わかりました。」
親方は首を横に振りながら
「…まあ、ヤメロと言ってもやりそうだな。せいぜいぶっ倒れないようにしてくれよ。俺はそれだけが心配だ。」
「休みながらぼちぼちやっていきますよ。」
と笑顔で言った。
シンハはもう何も言わない。
どうせ言っても、僕はきかないだろうとわかっているからだろう。
「なにかアドバイスはないの?シンハ。」
『…。倒れるなよ。それだけだ。』
「わかった。その代わり、周辺の警備は、お願いね。馬たちもいるからさ。」
『承知した。』
さて、まずは材料の調達だ。
岩ブロックは砦脇とか職人の仮小屋近くに、小山のように積んである。
それだけでなく、あちこちに小さな防壁を築いたようで、半ば地面に埋もれた岩ブロックもあるから、総数はかなりだろう。
合計10キロメルなら、これだけあれば一応足りるだろう。だが、もちろん壁全部を修理するには全然足りない。
このあたりのことを親方に聞いたら、一応5キロごとに岩ブロックは運ばれて山になっているそうだ。長年修理を続けてきたので、常に修理用の岩ブロックが不足しないように、平時でも運ばれてきているらしい。時にはその岩の小山が、入り込んだ敵から味方を守る障害物になってくれることもあって、常に置いてあるらしい。場所によっては、小さな低い壁に組み上げられていて、仮設の防衛拠点になっていたりもするらしい。なるほどね。
それなら材料の心配はひとまずしなくていいだろう。
「じゃあ、まずは砦に繋がる部分だな。」
このあたりは分厚く作ってあるし、左右の壁に登られて、壁の上から砦が攻められても防衛できるよう、壁は一方向だけでなく、立体的な台形のようになっていた。
「じゃ、まずは左半分ね。行くよ。イ・ハロヌ・セクエトー。トレース。岩ブロックチェンジ!そしてヒール!」
ここは壁が翼のように飛び出ているから、裏面をツルツルにする必要はない。
次に、この翼に接している壁だ。ここは向こう側が帝国側になる。
「トレース!ブロックチェンジ!ヒール!」
それから敵側つまり壁の向こう側をツルツルにするため
「グラインド!」
岩壁を研磨して仕上げた。
透視で確認する。
「うん。よし!ああ、ついでに空堀も整備しておくか。ディグ!」
僕は空堀も簡単に深く掘っておいた。
「ふむ。こんな感じでいくと…そうだなあ。グラインドしても、消費した魔力量は…、たいしたことはないな。しんどくなったら、グラントに手伝ってもらってもいいな。」
と独り言。
同じく右側も、翼と壁を同様に施工する。
これも問題なくできた。むしろ、慣れたせいか、左より簡単にできた感じだ。
「じゃあ、こんな感じで、まずは200メル…いや、300メルくらいずつ区切って、このまま右をやってみるかな。」
さっきの翼部分だけで片方100メル以上はある。それを4ヶ所終了した感じだ。
まだポーションで補充しなくとも、あと数回は楽勝で出来そうだ。
「トレース、チェンジ!ヒール!グラインド!ついでにディグ!」
慣れれば、立て続けに唱えても出来そうだ。
そうやって、右の壁1キロメルを、15分もかからずに終わらせた。
むしろ、移動時間のほうがかかる感じさえする。
3度もやれば、いちいち馬から降りるのも面倒になり、あとは馬上から魔法を使っていた。
そして、魔法を使えば使うほど、効率よくできるようになり、かつ精度は上がっていった。最初は300メルでと思ったが、数度やれば、400メルごと、いや、500メルごとでもいいか、と思う。
「ふう。これで5キロかな。」
時間を見ると、約1時間。
「なんだ。結構楽勝じゃん。」
そう言いながら、馬上で栄養ドリンク・エリクサーを飲んだ。疲れたからというより、喉が渇いたからだ。
夢中でやっていたからか、寒さも感じない。
「じゃ、次、左に行くか。」
ぱかぱかと馬で戻り、今度は左へ。