28 風呂を堪能する
今日は朝から扉を作った。
本当は洋風にドアノブ付きの扉にしたかったのだが、なにしろ鍛冶仕事が出来ておらず、蝶番は土魔法で作るしかない。出来なくはないが、結構繊細な仕事になるし、扉の重さに耐えられるか不安もある。
そこで、扉は悩んだ末に和風に引き戸にすることにした。
昔、田舎のおじいちゃんの家に泊まると、古い日本家屋だったので、朝夕は雨戸を開け閉めするのが僕の役目だった。
下の溝を走らせる戸車を作るのが難しいが、土魔法でどうにか上手くできた。戸車は2つ作る。
トイレとお風呂だからカギなんかもいらない。
昨夜のような嵐に耐えてくれればそれでいい。
ということで、扉は普通トレントを、亜空間収納くんに板とか角材とかに加工してもらい、さくっと作った。
クギは自分で打ち付けたけれど、エルダートレント製の木釘。金槌はないから石で叩いた。戸車も小さなクギで止めてっと。
溝ありの角材をレンガの枠にはめ込んで。蝋の代わりに獣脂を塗って滑りをよくする。扉をはめて、動きを確かめて…と。ひとまず、完成!!
わーい!ぱちぱちぱち!
洞窟とこの建物を繋ぐ渡り廊下は、梅雨前までに作れたらいいな。
それまでは、雨の日には結界魔法で防げばいい。
トイレは昨日のうちにさっそく試したが、実に快適。クリーン処理するから臭いもない。
魔力でほんのりあたたかい洋式便座に座ると、学生の頃や病院を思い出し、なんだかとても懐かしくなった。
こんなところで地球を懐かしむとは思わなかった。
あとはお風呂、だな。
「シンハ、さっそく入ろ!お風呂!」
『俺はいいから。一人で入れ。』
「えー、せっかくシンハ用に浅いところも作ったんだからさ、一緒にはいろ。ねっ!」
と肉体強化してシンハを抱っこすると、半ば強引に風呂場に連れて行く。
一旦抱き上げれば、シンハも観念したのか、おとなしくなった。
シンハを風呂場におろし、バスタブに亜空間収納から温度調節した湯をなみなみと張る。
「お湯の温度、これくらいでいい?入れそう?」
とシンハの足を湯船にちょっと入れさせる。
『む?お前の魔力が溶けているな。』
「そりゃまあ、僕が出したお湯だからね。で、温度は?熱い?」
『いや、このくらいなら大丈夫だ。』
「おっけー。」
ちょっとぬるめにしたからね。
しっぽ、揺れてるじゃん。なんのかの言いながら、お風呂に興味津々なんだな。
僕はささっと衣服を脱いですっぽんぽんになると腰に手ぬぐいを巻き、さっそく髪も洗える万能ボディーシャンプーやリンスを取り出す。
「じゃーん!シンハにも使えるせっけんも作ったよ。これで洗うと、絶対つやつやの毛並みになるから!」
万能ボディシャンプーは泡状で出るやつ。ポンプのバネはワイバーンのアゴヒゲ製だ。
『む?なんだ?それは。せっけん!?お、俺はいい!クリーンするから、それは嫌いだ!』
「えーせっかく作ったんだから、試させてよう。絶対気に入るから!ほら、メルティアの香りだよ?好きでしょ。」
『目にしみるから嫌いなんだ!』
「大丈夫大丈夫。しみないから。そういうふうに作ったから。ねっ!」
僕は半ば強引にシンハを捕まえると、魔法で顔をガードする透明リングを出し、シンハに装着する。
「ほら。これなら顔にせっけんがかからないでしょ。」
『むむ。』
戸惑いながらも、僕の努力を無駄にするのも気の毒と思ってくれたのか、観念して僕に洗わせてくれた。
「おかゆいところはありませんかあ?」
とまるでソープ嬢みたいに、シンハを丁寧に洗ってあげる。
『う、うむ。』
ふふふ。全身洗われて、気持ちいいんだね。素直なシンハはかわゆい。
最後に僕の手からお湯を出して、洗い流す。
「はい!できあがり。あーぷるぷるはちょっと待って!今結界を」
と言っているうちにぶるぶるっとやられてしまった。
「ぎゃー!シンハ。待ってって言ったじゃん。もう!」
『本能だ。無理だ。待てん。』
「もう。僕もびしょ濡れじゃん。風邪ひくから先に湯船入って。」
『俺はもういい。あがる。』
「だめだよ。試してもらうためにも、湯船に入ってもらうからね。」
『お、おい!』
僕はシンハを抱き上げ、浅い湯船にゆっくりと降ろす。
「どう?これなら入れるでしょ?」
『う、うむ。』
お座りの姿勢で、おとなしくお湯に浸かるシンハ。
僕はそんなシンハを横目で見ながら、僕自身もささっとボディシャンプーとかリンスとかで頭のてっぺんから足のつま先まで全身をきれいにし、よっこいしょとシンハの隣の深いところに入った。
「ふあああー生き返るー。こうしたかったんだ。ようやくお風呂に入れたよう。」
と感想を漏らすと、シンハもようやくくつろいだようで
『…なかなかいいな。』
と顎をバスタブに乗っけながら言った。
「でしょでしょ。だから言ったじゃん。気持ちいいよって。」
『まあ、それは…認めてやる。』
と言ったあとで
『俺にとっては、お前の魔力が心地良い。』
と付け加え、ぴちゃぴちゃとお湯を舐めた。
「うん?魔力?」
『この湯にはお前の魔力が溶けている。世界樹に似た魔力なのだろう。だからなお心地良い。もっとも、俺は世界樹に会ったことはないがな。』
「ふうん。そんなものなの?」
確かに僕が出したお湯だから、僕の魔力が溶けているのは、僕自身もわかる。
『いいか。いくらお前が風呂好きだからと、他のやつを風呂に誘うなよ。特に魔獣には悟られるな。』
「まあ、魔獣を風呂には誘わないけどさ。」
『人族もだ。お前の魔力が心地良いとわかると、いろいろな意味で狙われるぞ。』
「あは。いろいろな意味ってよくわかんないけどさ。まずは誘いたくとも、この辺に人族はいませんけどね。」
『…まあな。』
シンハが言う「いろいろな意味で狙われる」がよくわからんが。今はいっか。シンハ以外に誰も居ないし。
風呂から上がると、またぶるぶるタイムだ。今度は僕の結界が間に合った。
シンハを透明な膜でシャボン玉状に包み、おもいっきりぶるぶるタイムをさせた。
そのあとで僕もそのシャボン玉結界に入り、
「ドライヤー!」
と唱えると、ぶわあと全身が適度に乾いた。あまり乾燥しすぎないところでストップ。シンハの毛はさらにもう少し乾かして。うん。良い感じに乾いている。毛もつやつやだ。
『今のはなんだ?』
「ドライヤー。温風で乾燥させる魔法。今、作った。」
『あのなあ…。まあ気持ちよかったから許してやる。』
と言われた。
また呆れられたみたい。気にしないでおこう。
僕は自分用にメルティアを基本にして作ったローションを、顔だけでなく全身にぱたぱたと軽く塗った。
前世で肌が弱かった僕は、風呂上がりにはこれが必須だった。
今は必須ではないけれど、なんとなく、ね。匂いはごくわずか。それもほどなく消えるはず。
「んー。良い香り。」
それをシンハがまた呆れたように見ていた。
『お前、そういうところはセシルに似ているな。』
「えー、男だって、身だしなみにはそれなりに、ね。」
『まあ、好きにしろ。』
「狩りの邪魔になる?匂い強い?」
『いいや。寝床より幽かなくらいだ。このくらいなら大丈夫。』
「よかった。」
風呂上がりには牛乳、といきたいところだが、此処ならポムロル(リンゴ)ジュースか桃ジュースだろう。
シンハに尋ねると、ポムロルジュースがいいというので、キンキンに冷えたのを、作りたてのガラスの皿に出した。僕のはガラスのコップだよ。
「くー!風呂上がりの一杯は最高だね!」
『うむ。同感だ。…一つ疑問があるのだが。』
「うん?」
『人族が風呂上がりに何か飲む時、皆空いた手を腰脇に添えるが、何か儀礼的な意味でもあるのか?』
と真面目に言われ、僕はジュースを吹き出しそうになった。
「へえ!こっちの世界でもそうするんだ!あはは。」
『?そんなに可笑しい質問だったか?』
「あは。ごめん。いや、そんなことないよ。うーん。僕にもわからないけど…。そうすると楽だから、かな。」
『ふむ。』
「きっと、シンハが体をぶるぶるさせるのと一緒だよ。本能かもね。」
『なるほど。納得した。』
神獣様は僕の答えと皿いっぱいのポムロルジュースに満足したらしく、前足を舐め、顔を熱心に拭いていた。
キミだってちゃんと身繕いをするじゃないか。
無心で手を舐めているシンハ。
なんか、可愛い。
確かに、どうして腰脇に手をやるんでしょうね。歯磨きの時も、ですよね。




