275 幽霊将軍と幽霊兵たち
『はー。お前は。気持ちはわかるが、お人好しすぎるぞ。』
大金貨1枚で浄化の仕事を請け負った僕に、シンハはため息をついた。
「(だって、祓っておかないと、僕のこれからの仕事にも支障が出るんだもの。大金貨をいただけるだけで十分だよ。むしろ、忘れずにお代を請求した僕を褒めて欲しいな。)」
と、副団長の前なので、こそこそと念話でシンハと話す。
シンハはまたため息をついた。
えーそんなに僕、お人好しかなあ。ちゃんとお金を貰う交渉はしたよ。
「こほん。では、さっそく今夜、祓いの儀式を行ないます。砦の屋上をお借りしますね。」
「雪だらけだぞ。魔法陣を描くのか?せめて雪かきくらいは、させてくれ。」
「ありがとうございます。ではお願いします。」
屋上の雪かきを兵士達がしてくれた。
それが終わると、僕は明るいうちに石の上に魔法陣を描いておいた。
それから、ポーションのチェックと称して砦の保管倉庫に入り込み、ポーションすべてに浄化の魔法もこっそり込めておいた。これで、ポーションを飲めば浄化魔法も効くはずだ。
夜8時。
まだ幽霊はおとなしい。
僕は厩に行き、結界を厚くし、寒くないように毛布を掛けてあげたり、温度も上げてやる。そして、馬たちに事情を話す。
「今夜、大規模なお祓いの儀式をする。でも此処は結界で、外の音や幽霊が見えないようにしておくから。大丈夫だよ。明かりもつけておくね。安心して眠っていいからね。」
「「ありがとーゴシュジン。」」
「おやすみー。」
「「おやすみなさーい。」」
夜10時。
屋上にあがる。
そろそろかな。
すると。
ズズン…と急に空気が重くなった。
そしてガチャガチャと武器や鎧がこすれ合う音。馬の嘶きなどが、砦の両側から聞こえてきた。
ケルーディア側を見下ろすと、おびただしい数の骸骨兵が、うじゃうじゃ居た。200どころではない。ざっと1000は居る。これでは霊障が酷いのも道理だ。
そしてアルムンド帝国側。城門前に、2000以上の骸骨兵。
「うわあ。計算、間違えた!」
『すごい数だな。』
「地面から出てくるなんて、反則だよう。」
『あとの祭だな。』
「うう…ところでシンハ、幽霊苦手じゃなかったっけ?」
『あれは骸骨兵だ。アンデッドの魔物と同じだから、恐くない。』
「あっそう。でも実体ないから、かみつけないね。」
『ふん!魔法なら効くはず。かまいたちなら幽霊でも首を飛ばせる。森で経験済みだ。風魔法で体ごと吹き飛ばしてもいい。』
やる気満々なわけね。
「じゃあ、僕は浄化魔法を編むから、その間、護衛をお願い。」
『承知した!』
僕は杖をフルサイズで取り出すと、杖を横に構えた。
そして呪文を唱える。
「イ・ハロヌ・セクエトー…大地に眠り、夜ごと戦いし過去の者たちよ。我が声を聞け。そなたらはすでにこの世の者らにあらず。むなしき戦いをやめ、ただちに昇天せよ。さもなくば、世界樹の名のもとに、無理矢理にも地脈に沈めねばならぬ。心安らかに保ち、自ら昇天せよ。汝らはすでに肉体は滅び、魂のみの者たち。安らかに眠りたまえ。イ・ハロヌ・セクエトー。ラ・プントス。ヒーリーヤ、ラ・プントス…。」
そうして、浄化!と唱えようとした時だった。
『我らの戦を妨げるは何者ぞ!!』
と大音声で術を妨げた者がいた。
「!?」
シンハがピクリと反応し、ガルルル!と唸る。
僕たちの前に、将軍風の鎧に身を包んだ大男の亡霊が現れた。
どうやら過去のケルーディア王国の英雄のようだ。
だが、彼は魂となっても長きにわたり戦の庭に居たため、このままだと怨霊化してしまう。
「魂が黒く染まりかけている。どんなに生前英雄であっても、これは見逃す訳にはいかないな。上手く祓えるといいが。」
『お前は祈りを続けろ!』
「そうしたいのは山々だが、すぐにはできそうにない!」
というのも、この将軍の亡霊が現れた途端、味方の兵の幽霊兵たちは沸き立ち、敵方すなわちアルムンド帝国側の幽霊兵たちは、怨嗟の声を上げて、この砦に殺到してきたのだ!
「将軍を祓うのはあとだ!まずはアルムンド帝国側をなんとかする!」
そう言って、僕は将軍の怨霊に向かってダメ元で叫んだ。
「勇ましき将軍殿とお見受けした!私はケルーディア国の魔術師!まずはアルムンド帝国側の兵を退けたく思う!ゆえに私に協力をしていただきたく存ずる!返答はいかに!」
『ふむ。わっぱ!そなたケルーディアの者か。ならば、将軍ガリード・ラ・オストラーヘンが守ってやる。わっぱは隅で小さくなって隠れておれ!我が、敵を皆殺しにしてやるほどに!』
そう言うが早いか、
『全軍!整列!』
と大音響で号令をかけた。
すると
『『オー!!!!!』』
と幽霊兵たちの同意の雄叫びが階下から聞こえた。
屋上からまず声のしたケルーディア側をのぞき込むと、幽霊兵らは見事に整列していた。
それだけではない。いつの間にか、屋上のあちこちに弓隊が現れて、アルムンド帝国側を狙って弓をつがえ始めた。
同時に、ケルーディア側の前庭に居た弓隊も、砦の両サイドの城壁に移動し、矢をつがえていた。
一方、アルムンド帝国側の雪原には、遠くまで幽霊兵であふれかえっている。
今にも一触即発。
そして。
『弓隊!放てぇ!』
ピュンピュンと風切り音を立てて、砦や壁のあちこちから矢が放たれた。
すると、アルムンド帝国側の兵の霊たちが次々に矢に射られて倒れ、消えていく。
『騎馬隊!歩兵団!かかれ!』
『『オー!!!!』』
アルムンド帝国側の城門が開き、騎馬隊が城門から飛び出し、襲い来る敵をばったばったとなぎ倒すと、続いて歩兵隊がわれ先に続き、アルムンド帝国側の雪原では、幽霊兵たちの白兵戦が始まった!
「うお!まじかっ!本当の戦だ。血は飛び散っていないけど。」
白兵戦の中を、さっきまで僕に殺気を向けていた将軍が、いつの間にか眼下の雪原に躍り出て、次々に敵の騎馬を中心に倒していく。
将軍が乗っているのは魔馬、の幽霊。
魔馬は、普通の馬より一回り大きく、魔獣の馬だが、草食性で賢く、飼い慣らすことができる。
だが、よほどの御仁でなければ乗りこなせないので、めったに見かけない。
おそらく、生前の将軍の愛馬なのだろう。
その魔馬に乗った将軍の、勢いたるや凄まじく、徒の兵士たちは吹っ飛ばされ、騎馬兵たちも次々首が宙を舞っていった。
まるで前世で見た中国映画のように、敵兵が将軍に吹っ飛ばされ、宙を舞っているのだった。
だが敵は2000、こっちの倍もある。
闇の雪原の彼方から、まだ次々幽霊兵がやってくる。
これでは将軍一人がいくら強くとも、いずれはやられてしまう。
『サキ!今のうちに祓え!』
シンハの声にはっとした。
シンハは、屋上までよじ登ってきた敵兵の首を、かまいたちで斬り落としていた。
「わ、わかった!」
まずは敵兵たちから。
僕はあらためて魔法陣の真ん中に立つと、そのまま上空に浮き、アルムンド帝国側の兵たちがよく見える位置に移動した。そして中空で杖を横に構えて再び呪文を口にする。
「イ・ハロヌ・セクエトー。アルムンドの過去の兵達よ!そなたらの肉体はすでに滅んだ!そなたらの現実の姿を見よ!もはやこの世にあってはならぬ。我が引導により魂は浄化される。心静かに地脈に戻れ!イ・ハロヌ・セクエトー、ヒーリーヤ、ラ・プントス!ラ・プントス、ヒーリーヤ!…浄化!!」
杖を雪原へと向ける。なにしろ2000もの敵兵だ。魔力もかなり込めて浄化を放った!
すると、敵兵の魂が僕の魔法に触れて浄化され、一瞬、生前の姿になり、すぐに白い粒々になって、天へと昇っていった…。
『おお!敵兵が、消えていく!わっぱ!やるではないか!がはははは!!』
「はあ。どうも。」
僕は苦笑い。
『ものども!勝ち鬨を上げよ!』
『『えいえい!おー!!えいえい!おー!!』』
勝ち鬨を上げ、がちゃがちゃと武器や盾を打ち鳴らして呼応するケルーディアの幽霊兵たち。
だが、彼らもまた、祓わねば。
『宴じゃ!宴じゃ!!』
『わははは!』
「いや、あのですね。」
僕の焦った声は、幽霊兵たちの声にかき消される。
『おい。サキ!なんとかしろ!うるさくてかなわん!』
『おお!白い獣よ!そちも飲め!』
『サキ!』
「わかったわかった!将軍様!折り入ってお話が!」
『む?なんじゃ。せっかくの祝いの宴というのに。』
「シールド!」
僕は将軍と静かに話をすべく、僕とシンハ、そして将軍の周囲に結界を張った。