274 パンドール砦
ようやく、国境です!
国境のパンドール砦目指して翌々日。
今日は朝から雪は降っていないが、雲が低く垂れ込め、陰鬱な天気だ。
宿屋一家がヴィルドの僕の屋敷に避難して、まだ僕は一度も帰宅していない。けれどシルルとは朝に晩にと、頻繁に連絡をとり、様子を知らせてもらっている。
夫妻はギルド長に会って相談し、土地探しをはじめた。
ユーリ君も、シルルのお仕事を手伝いながら、真面目に魔力回しの練習をはじめた。
僕がいなくとも、シルルが先生代理になってみてあげているので、暴走もしないだろう。
もともとユーリ君は良い子だしね。
さて、その日の昼前。
僕たちはついに砦が見える丘まで来た。
「あそこがパンドール砦か。」
パンドール砦は、堅牢で重厚。まさに石の要塞である。
かつて繁栄を誇ったユーファット古王国時代末期に建てられた砦だ。
ユーファット古王国は、さらに西方まで領土を持っていたが、勢いを増したアルムンド帝国に領土を奪われ、この地まで後退してしまった。
これ以上領土を奪われぬようにと、堅牢な砦と長大な壁を、国民の労役によって短期間で作った。
だが古王国は、経済的にも人心掌握の面でも、すでに破綻していた。
その頃、人間族のみならず、差別に不満を持つエルフやドワーフ、獣人族の支持を得て挙兵し、落日の古王国を滅ぼしたのが、初代ケルーディア王国国王セレシウスである。
その初代王が迫り来るアルムンド帝国からようやく死守したのが、このパンドール砦と、現在のユーゲント辺境伯領の国境線なのである。
それからは、ケルーディアも国境の壁を作り続け、今ではすっかりユーゲント辺境伯領とアルムンド帝国とを隔てる高い立派な壁となった。
特にこのパンドール砦は、関所でもある要衝。それゆえ、過去にも多くの激戦があったところだ。
今も、なんというか堅牢だが殺伐とした雰囲気が、こんなに遠いのに感じられる。
それにははっきりした理由がある。
「結構いるね。まだ昇天できていない魂が。」
『…。幽霊砦か。祓うのか?』
「うーん。どうも彼らが砦を守っている感じもするんだよね。」
『だが、敵兵もいただろう。』
「それが…どうも「こっち側」にはケルーディア兵の霊しか見当たらない。」
『では、敵兵は「向こう側」にいる、ということか。』
「おそらく。だから、祓うなら、向こうの兵も祓ってあげないといけないね。」
だが魂たちの執着というか、怨念が強い。
「それにしても…。聞いていた話では、職人さんたちがすでに来ていて、もうある程度作業をやっているということだったよね。」
なのに、足場がちょっとしか見あたらない。そして職人らしい人は見えない。今日はお休み日とか?
どういうことだろう。内部をやっているのだろうか。
と思いながらも、砦に近づいてみる。
兵の魂たちは、僕たちには特に何もしないようだ。
ただ、馬たちがおびえている。
「あにきぃ、なんか、絶対居るよね、此処。」
「ああ。首筋がゾクゾクしやがる。これは…いるな。相当。」
「ふえーん、オレ、そういうの、苦手ぇーこわいよぉ。」
僕が声をかけた。
「大丈夫だよ。結界ちゃんと張っているから。幽霊だって怨霊だって、通れないやつだからね。」
となぐさめる。
「ゴシュジンー、アリガトー。」
ぽくぽくと砦に近づくと、2人の衛兵が出てきた。門番だろう。
顔色が良くない。霊障もあるようだ。
「ご苦労様です。冒険者のサキ・ユグディオです。砦と壁の修理に来ました。」
と言って、カードとかユーゲント辺境伯の紹介状とかを出す。
「そうか…。だが、悪いことは言わん。此処に長居すると、命を縮める。君は若い。依頼は放棄してでも、領都に戻ったほうがいい。」
「どうしてですか?」
「夜に、出るんだ。たくさんの兵士の霊が。」
「今でも此処で過去の戦いが続いているのさ。戦争の阿鼻叫喚に、武器のぶち当たる音とかが聞こえて、皆寝不足だ。修理に来た職人達も、ほとんどが砦は諦めて、壁のほうにまわっている。
数人の元気な奴らだけが、昼間ちょっとだけ此処を修理して、夜は此処に留まらず、壁のほうにある仮小屋に戻って寝ているんだ。」
なるほど。それで職人達の姿が見えないのか。
「でも、皆さんは此処にいるしかないですよね。」
「ああ。俺たちはな。幽霊兵達は俺たちの先輩だ。俺たちに悪さはしない。ただ、とにかく音がうるさくて、眠れないがな。」
うーん。いくら先輩兵達だと言っても、寝不足という弊害が出ているのでは、やはり祓わないといけない。それに、普通の霊でも、殺し合いを続けているなら、そのうち、悪霊になってもおかしくないのだ。
でも…辺境伯も騎士団長も、何も言って居なかった。妙だな。
「幽霊の兵士が出るのは、以前からなのですか?」
「ああ。昔から居たことは居たが、気になるほどじゃなかった。だが、ここ2週間ほどは特に酷い。」
「団長さんもご存じで?」
「そういえば、団長はこの酷さは知らないかもな。領都や王都に行っておられたから。」
「戦場に幽霊はつきものだ。魔物のアンデッドでなければたいしたことじゃないから、今度来られたら報告すればいいと思っていた。」
「いやいや、結構やばそうですよ。お二人とも寝不足が酷いのか、顔色がゾンビみたいです。」
「え、そんなにか?」
「ちょっとヒールしておきましょうか。」
「い、いやいいよ、高いから。」
「特別にタダにしておきます。トクベツ。」
「そうか?悪いな。」
ということで、
「ヒール。」
と唱えつつ、浄化も込みで行なう。
「おお!だいぶすっきりした。」
「頭がはっきりした感じだ。ありがとよ。」
馬と馬車を厩番に預け、砦内に入る。
厩番もだるそうだったので、こっそりヒール。
僕たちが玄関に行くと、門番からすでに連絡が行っていて、案内の兵士が待っていた。
「砦と壁の修理に来た魔術師はお前か?」
とじろりと見られる。この人も目の下にクマが出ている。
「はい。」
「騎士団長からも連絡が来ている。副団長がお待ちだ。一緒に来るように。」
案内の兵士のあとを追ってついていく。
歩きながら、砦全体をサーチ。堅牢で倒壊の恐れはないが、やはり何カ所も岩に亀裂が入っており、岩ブロックごと取り替えないといけないところも多い。
これはヒールだけでなく、岩交換の物体テレポートの出番だな。
と密かに思った。
ついでに案内の兵士もこっそりヒール。
「(シンハ。砦にいる人たち、全員ヒールが必要みたい。)」
『…。ほどほどにしとけ。』
「(でもさあ、見て見ぬ振りはできないよ。)」
『砦の責任者にとにかく言うべきだろう。これでは守備にも支障がでるだろうからな。』
「(うん。言ってみる。)」
2階の突き当たりから2番目の部屋が、副団長さんの部屋。
コンコン、
「失礼します!修理の魔術師を連れて来ました。」
「ご苦労。入りたまえ。」
副団長さんは人間族でした。
やはり疲労の色が顔に出ている。
「失礼します。サキ・ユグディオと申します。こちらは相棒のシンハです。」
「そうか。ご苦労。私はドミニク・ラ・フォークレア。第3騎士団副団長だ。よろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「掛けたまえ。」
僕が提出した辺境伯からの手紙を一読すると、
「一人だけのようだが、大丈夫か?」
と言った。
まあ、普通はそう言うよね。未成年だし。
「魔力量はあるほうなので。それより。砦の皆さん、お顔の色が悪いですね。夜な夜な亡霊が出て、音もうるさいとか。」
「ああ。聞いたか。実はそうなんだ。これまではたいしたことはなかったが、最近酷くなってな。皆寝不足だ。」
「僕は聖魔術も使えます。ヒール、しましょうか。」
「ほう。それはありがたい。いくらでやってくれる?」
「そうですね。普通はヒール1回で銀貨1枚1000ルビが相場ですよね。何人おられますか?」
「200人だ。うーむ。安くはないな。軍費で賄えるか検討しよう。」
「ありがとうございます。ですが、実は元凶の幽霊兵を祓わないと、霊障は収まりません。砦の向こう側にも敵兵の亡霊が多数いるようです。それらも祓わないと。」
「そこまでの予算は、どう考えてもないぞ。」
「ポーションはありますか?」
「ああ。ポーションなら、いざという時のために多めにある。」
「では、人を直すのはポーションに任せて、僕は元凶の幽霊兵のお祓いに専念したいと思います。幽霊兵は、ざっと見積もって、こちら側に200名くらいのようですから、向こうにも同数くらいいるでしょう。ですが、出血大サービスで、どちらも浄化で祓うことで、10万ルビつまり、大金貨1枚でいかがでしょう。」
400名ならヒールの値段で40万ルビ。400万円。大金貨4枚だ。それを1枚にまけると申し出たわけだ。ホントは浄化ならもっと高いはずだけどね。
「ちょっと待て。ヒールと浄化では、金額が違いすぎるぞ。幽霊の浄化なぞ頼んだら、1体で10万ルビとも言われるのではなかったか?そんな格安でいいのか?」
浄化ってそんなに高いんだ、と内心驚きつつも、一応もっともらしいことを言ってみる。
「亡くなった兵士は敵兵も含めて、どちらも祖国のために戦って死んだ人たちです。私たちの平和を守るために亡くなったのですから、そこは敬意を示す意味で、格安にしたいと思います。いかがでしょうか。」
と。
結局、大金貨1枚で浄化の仕事を請け負った。