257 解呪しちゃおう
「横になって。…僕の話を聞いてください。これは一種の呪いです。」
「呪い?」
「はい。だから、エリクサーがあまり効かなかったんです。」
「呪い…。」
「今から解呪しますから。楽にして。目を閉じてください。」
僕は杖を横に構え、呪文を唱える。
「イ・ハロヌ・セクエトー…世界樹よ。非道なる黒き呪いを解きたまえ。…イル・ハーベン、ディー・レ・ラ・プントス・ヒーリーヤ、ラ・プントス…解呪!そして、エクストラヒール!」
ぱあぁっとあたりが光り輝いた。そしてその光はあたたかくシャルルさんの体を包み…そして特に目を包んだ。
その数秒後。光は消えた。
「痛みは?」
「…ない。」
「包帯、取ってみましょうか。」
シャルルさんは半信半疑ながら身を起こすと、僕にサポートされながら、包帯を取る。
包帯を取り終えた時だった。
外が騒がしくなって
「さっきの光はなんだ!?貴様!俺の患者に何をした!」
とアズベル院長が、騎士団長の手を振り払ってなだれ込んできた。
「見える!」
シャルルさんが叫んだ。
僕は手持ちの手鏡を見せる。
シャルルさんは鏡に映る目を見た。
「治ってる!」
「奇蹟だ!」
と騎士団長。
「こ、これは!」
とアズベル院長。
「これは黒魔術による呪いだったのです。だからエリクサーでも治らなかった。今、解呪して、エクストラヒールしましたので。もう大丈夫だと思います。」
「異議あり!」
と叫んだのは院長。
「黒魔術による呪いを解いた、だと!?あり得ない!黒魔術によるものならば、特に難解な呪いのはずだ。当然、それを解呪するためには、高度な知識と技術が必要だ!君は何処でそれを学んだんだ!?」
「…独学です。」
「独学う?そんな妖しげなことを、俺の治癒院でするとは。当然、医師免許か治癒術師の免許は持っているんだろうな。」
「…ありません。」
「!誰か!不審者だ!こいつを捕まえ…うう!!」
すると、いままで病床にいたシャルルさんが、飛び起きて、アズベル院長をがんじがらめにし、口まで塞いだ。
「サキ!出て行かないでくれ!俺との約束を果たしてくれ!ジュリを!ジュリウスを治してやってくれ!」
『サキ!行くぞ!』
僕はシルルをシンハに乗せて、廊下に飛び出すと走った。
病室はすぐにわかった。索敵で片足の人を検索したからだ。廊下のずーっと遠く。なぜにこんなに離したのか、解らなくもないが。
「失礼します。ジュリウス・ド・サーベイさん?」
「あ、ああ。君は?」
「シャルル・フォン・レジオンさんの依頼です。その足、取り戻します!時間が無いので、すぐにしますね。イ・ハロヌ・セクエトー…世界樹よ!力を貸したまえ!解呪!からのエクストラヒール!」
呪文省略。その分、杖の先には世界樹の葉を付け、魔力をマシマシにして祈った。
すると光が満ち、そしてジュリウスさんの体が光った。
「!まさか!?俺の足が!?背中も、痛くない!」
「良かった。他の騎士達は全員同じ階にいるんですよね。」
「あ、ああ。みんな痛がっている。傷がまた広がって、膿んできたやつも。」
「わかりました。」
僕はそう言いながら、ドアを開け放ち、廊下に出ながら、ただちに祈った。
「イ・ハロヌ・セクエトー…解呪!からのエリア・ハイヒーーール!!!!」
すると、あたりは光に満ち、やがて。
「傷!治った!」
「痛くない!」
「俺もだ!」
「お前もか!」
「「ばんざーい!」」
「奇蹟だ!」
「おお、世界樹さま!」
「神よ!感謝します!」
廊下に騎士達が飛び出して来て、皆で喜び始めた。
「みんな!この「聖者」様が、治してくださったんだ!」
「「わああ!聖者様、ばんざーい!」」
「いえ、ちが、ぼくは。わー!」
「「「ばんざーい!ばんざーい!」」」
胴上げが止まない。
廊下の奥ではアズベル院長が、怒り心頭で何かを叫び、僕を睨んでいた。
わかるー。絶対僕が悪人だよね。
僕は胴上げ半ばでテレポートで外に出た。
「わ!いてて」
空中で顕現して、そのまま地面に落下。バリア張ったけど1枚。
腰をヒールしていると、シンハとシルルも建物からすぐに出てきた。
『ふふ。災難だったな。』
「うう。少しは同情してよう。面白がって。」
僕はシンハに八つ当たり。
「このままずらかるよ。ユーゲント辺境伯領に出発だ!」
僕が急いで馬車に乗ろうとしていると、
「お待ちくだされ!」
と騎士団長が追いかけてきた。
アズベル院長は…来ていない。よかった。
「ありがとうございます!なんとお礼を申して良いか。」
「ではひとつ、いや、3つお願いが。第一に、騎士さんたちに、僕は「聖者」ではないと強く言い聞かせてください。言ったら、今度は僕が呪いますよ!
第二に、僕がしたことを口外しないように。騎士さんたちに、これもよく言い聞かせてください。
第三に、あの院長さんのことです。僕には医師免許どころか、治癒術師の免許もありません。厳密には治癒術師が貴族を治すのは、免許がなくとも違法ではありません。でも此処はあの方が院長をしている治癒院。勝手に診察し治癒したと、訴えられるかもしれません。そうならぬよう、ぜひよろしくお願いします!」
「あいわかった!少ないが、ひとまずの謝礼を受け取ってほしい。」
「いりません。無料なら、罪も軽いでしょうから。では!」
僕は馬車を急がせた。
「このご恩、孫子の代まで忘れませぬ!」
そう叫んだ声を聞きながら。
ふと後ろを見ると、騎士団長が、僕に向かって片膝をつき、祈りのポーズをしていた。まるで世界樹に祈るかのように。やめてー。
「ふうー。散々な目にあった。」
街道に出て、ようやく僕は人心地がついた。
「野宿のほうが気が楽だ。」
『ふっふ。まあ、この馬車があれば、そうかも知れぬな。』
「うん。その土地の料理は食べたいけどね。」
『ご苦労だったな。』
「うん。…でも、治癒したこと、後悔は、してないよ。」
『そうか。』
シルルには美味しいクッキーと紅茶を出してあげた。
ああ、美味しい。
今日はいいお天気。寒いけど。
気分もさわやか。
シャルルさんやジュリウスさん、ほかの騎士さんたちの喜びの笑顔を思い出したら、後悔なんか、するはずがない。
でも、何か忘れたような…。
「あー!!」
『どうした!』
「教会、寄れなかったー!」
『…帰りに寄れば良い。』
「帰りは…通らない。」
『どうしてだ。』
「テレポートするから。」
『そうか…。まあ、そういうこともあるさ。いずれまた、な。』
「うう。…わかった。帰りはラルディアまでテレポートして、なるべくこっそり教会に行って…いや、やっぱり、ユーゲンティアに着いたら、なるべく早くテレポートして、ラルディアの教会に行って…ああ、でも、ユーゲンティアの教会が先だよね。どっちも行く時間あるかなあ。」
『…まあ、がんばれ。』
その日の晩。野宿。
僕は夢を見た。
世界樹様が、ちょっと拗ねたように笑っていた。
『教会なら、どこでもいいんだよ。教会でなくとも、いいんだ。君が僕を思ってくれるだけで。本当だよ。』
朝、目が覚めて、僕は数十分間、真面目にお祈りした。
教会、ラルドは諦めた。でもなるべく早くお祈りに行きますんで。世界樹様、ごめんなさい。




