254 報奨金とラルディアの宿屋
リーナさんが部屋から遠ざかる音を聞いてから、ギルド長は立ち上がり、机のところから出てきて僕たちに言った。
「とにかく、掛けたまえ。」
ソファに僕とシルルが座り、シンハが僕の脇でお座りする。
ギルド長は、シンハに一礼してから席についた。
「えーと。サキ・ユグディオ君、だったね。魔熊を討伐したと。」
「はい。」
「そうか。凄いな。みんなあいつには手こずっていたんだ。」
「そうみたいですね。」
「うん。…魔熊をどうやって退治したのかを聞く前に、ひとつだけ聞かせてくれ。どうしてフェンリル様と一緒なんだね?」
「森で助けられまして。それからは僕の師匠だったり用心棒だったり。僕の作る料理とかが気に入ったようで。まあ、僕はシンハのエサ係みたいなものです。それでずっと僕と一緒に居てくれます。」
「そうか…。フェンリル様つまり神獣だとわかって、一緒にいるんだね。」
「はい。」
「それだけで驚きだ。」
「そうですか。」
と首をすくめた。
「(シンハが食いしん坊なだけなんだけどね。)」
『ばう。(おい。)』
「な、なにかご不快なことでも?」
とギルド長がびびった。
「いえ、僕に文句を言っただけです。気にしないでください。でも、シンハがフェンリルということは、ご内密に。」
「わかった。…で、こちらの嬢ちゃんは、妹さんかい?」
「ええ。まあ。シルルと言います。」
「シルルでしゅ。」
「おぉ、かわええのお。うちの孫を思い出すなあ。」
と目尻を下げた。
それから魔熊退治の話になった。
「僕が魔法と剣で。シンハがかみついて。なんとか倒しました。」
と言うと
「そうか…。倒してくれて、本当に助かった。このままだとレイドを組むしかないと思っていたところだった。ちょうど今朝、懸賞金が上がったところだ。領主様も騎士達で対応出来なかったものだから、気にしておられてな。上乗せを申し出られた矢先だったんだ。」
「そうですか。」
どうやらシンハが魔熊を退治したと思ったようで、深くは突っ込まれなかった。僕としてはそれでいい。
「しかし、若いのにBとは。驚いた。よくあの厳しいエストがBにしたなあ。」
「そうですね。どうしてか僕もよくわからないです。はは。」
本当はAにされそうだったけど。僕は話題を変えた。
「ところで、最近おかしな魔獣が出るということは、他にはなかったですか?」
「おかしな?例えば?」
「えーと、種族的に普通ならそうでもないのに、やたら強い個体が出たとか、ありえない戦法で戦ってくるとか。」
「うーん。俺は聞いてはいないな。」
「そうですか。」
「ということは、…おまえさんが退治した魔熊が異常個体だったと?」
「そうですね。普通ではなかったです。やたら敏捷性が良くて、毒まみれだったし。龍みたいにブレス…火の玉も吐きました。」
「なんと!毒にブレス!?」
ようやく魔熊の異常さがわかったようだ。
「最近、ヴィルド界隈に、なぜか少々変わり種が出ることが多くなっています。もしこちらでも出るようでしたら、ぜひヴィルドのギルドにもお知らせください。」
「わかった。貴重な情報をありがとう。」
それから、またリーナさんが呼ばれ、報奨金の受け渡しはそのままギルド長の部屋で行なわれた。
ついでに魔石と爪(どちらもクリーン済)も納品したので、結構な額になった。報奨金の革袋を、さりげなく亜空間収納に仕舞う。
二人とも、マジックバッグと思ってくれたらしい。
「ところで。リーナさん、どこか良さげな宿を紹介いただけませんか?従魔と泊まれるところでないといけないんですが。お値段ほどほどのところで。」
と訊ねると、
「それでしたら、この通りを道なりに西に行ったところに、「宿り木亭」という名の食堂兼宿屋があります。食事も人気ですよ。おすすめはホルストックのシチューですね。」
とリーナさん。
「あ、いいですね。さっそく行ってみます。ありがとうございます。」
僕は笑顔でリーナさんに感謝し、それでは、失礼しますと言って部屋を出た。
ちなみにギルド長さんはガルドーシュ・エッケンバッハと言った。通称はエッケンギルド長。リーナさんがそう呼んでいた。
「やれやれ。ヴィルドにはあんな冒険者もいるんだな。」
「礼儀正しいですね。お若いのに。しかもあの魔熊を退治しただなんて。すごいわぁ。」
「リーナ、まさか惚れたのか?ライバル多いぞ。絶対ヴィルドの受付嬢たちも狙っているからな。」
「あはは。ですよねえ。」
僕たちはそのままギルドを出て、馬車に乗り込み、通りを西へ。すぐに「宿り木亭」は見つかった。あたりはすでに夜の暗さだ。此処が取れないと、結構辛いことになる。
どきどきしながら受付に行く。
「いらっしゃい!」
元気な女将さんだ。マーサさんより少し若い。
「あのー。一泊一部屋お願いしたいのですが。この子と僕と、従魔です。空いてますか?」
「ギルドの紹介かい?」
「あ、はい。」
「えーと…うん。少し高くなるけど、ちょっと大きめのベッドの部屋でよければ、大丈夫だよ!従魔は部屋に入れるかい?」
「はい。ぜひ!」
「お嬢ちゃんは小さいから半額だ。」
「ありがとうございましゅ。」
ということで、無事に宿確保。馬2頭と馬車もちゃんとおける宿だった。お値段も結構お手頃。
「ヘケート!ヘケート!」
と女将さんが呼ぶと、食堂で給仕をしていたらしい女の子が、はーいと言ってやってきた。
「お客さんを案内しておくれ。3階の305だ。」
「いらっしゃいませ。」
ヘケートはシルルより少し大きいから12才くらいか。女将さんの娘だろう。髪色も同じだ。バケツに薪と火種を入れると、僕たちを先導して3階へ。
そして部屋に入ると、暖炉に火種を入れ、薪を足した。
3階の角部屋。ちょっと広めだ。たしかにベッドはダブルだった。
「お湯は、桶一つはサービス。2つめからは銭貨5枚。食堂は、食事は夜10時まで。飲むなら12時まで。朝は6時半から。他に何か聞きたいことは?」
「馬車で来てるから、馬たちのお世話もお願い。」
とチップを弾む。
「!こんなに良いの?」
「あとで僕も厩に行くけど。よろしくね。」
「わかった!ありがとう。何かあったら、あたしになんでも言って!」
「うん。よろしくね。」
ヘケートは笑顔で出て行った。
『まったく。子供を手なずけるのは早いな。』
「なんか言った?」
『別に。はやく部屋をクリーンしてくれ。』
「はいはい。クリーン。」
『うむ。これならいい。』
と言うなり、シンハはベッドへ上がった。
「おい。足にクリーンかけろって、いつも言ってるだろ。」
と言いながら、シンハの足にクリーン。寝具も再度クリーン。
「シルルもー。」
とシルルもベッドをよじ登り、シンハに絡まる。
「まったく。」
と言いつつ、僕は暖炉の火を調節し、さらに部屋をウォームウインドで温めた。
「ふう。」
僕もベッドに寝てみる。うん。堅いな。
「ちょっと二人とも降りて。うちの布団、出すから。」
そう言って、ふかふかの敷き布団と、ふかふかの掛け布団を出す。枕も。
うちの寝具は、メルティアのかすかな香りがいい。
『うむ。やはりこれだな。』
と言いながら、シンハは伸びをした。
「はい。やっぱりコレでしゅ。」
とシルル。
もう。ぐうたらが二人になった。
「ちょっと厩、見てくるよ。」
『うむ。』
「いってらっしゃいましぇ。」
動かないんだ。二人とも。まあいいか。
「シルル、寝ないでね。御飯、すぐ行くから。」
「はいでしゅ。」