251 ラルド侯爵領オタロ村
翌朝。
外に出てみて唖然とした。
空は快晴だったが、危惧していた通り、結界の外は道がわからないほど雪が積もっていた。
『むう。道がないな。』
「うん。さすがのシンハも、これを「漕いで」歩くのは嫌でしょ。」
『ああ。絶対嫌だ。』
「溶かしながら行くか。いや、雪を吹っ飛ばしながら進もう!」
『魔力おばけは便利だな。』
「む。なんか言った?」
『いや。なんでもない気にするな。』
「もう聞こえたよ。ふん。風魔法なんだから、手伝ってよね。」
『お前がへこたれたら、手伝ってやる。』
「まったくもう。ぷんすこ。」
シルルにくすくす笑われた。
馬たちに挨拶しに厩を覗く。
「おはよー。」
「おー、おはよう、ゴシュジン。」
「おはようでっス。」
「昨夜は眠れた?」
「「もうばっちり!」」
「ふふ。寒くなかった?」
「「ぜんぜん!!」」
「それは良かった。今日もよろしくねー。」
「「あいよ!!」」
僕は馬たちのご飯の支度をして、馬車に戻った。
今朝は普通にトーストに温野菜、目玉焼きにソーセージ。コーンスープと紅茶。
シンハにはホルストックのサイコロステーキとソーセージに温野菜添え。スープと紅茶はつけないで飲み物は僕の魔力水。デザートは僕とシルルはオレンジで、シンハはポムロル。シンハは酸っぱいものを食べないからね。
食事が終わると、身支度してすぐに出発。
厩はそのままの形で亜空間収納に収納した。
「では、いくよ。ウインドスクリュー!」
適当に作った魔法を唱える。
馬車の前にぐるぐる回る風を起こしながら、雪を左右に吹っ飛ばす。
イメージは扇風機と除雪車。
「こりゃすげえ!道が出てきた。」
「楽ちんで歩けるね。」
と馬たちがはしゃぐ。
おかげで道も迷わず、すいすい街道を通れた。
オタロ村というところに近くなったので、魔法を中止。轍が見えたので、街道を外れることはなかったが、少しスピードは落ちた。
オタロ村で昼休憩。ようやく、余所の村で食事だ。
村にしては丸太の柵と門は、やたら頑丈そうだった。
村の中は雪のせいもあって道があまり広くないので、門を入ってすぐのところの馬車屋に、馬と馬車を預けねばならなかった。
「2頭立てはカク銀貨3枚だよ。」
と店番のオヤジ。足が悪いらしく、杖を脇に置いている。
駐車料金3,000円?安くないな。
「食堂はどこ?」
「あの黒い屋根とエントツがあるところさ。」
「この村でおすすめの料理は?」
「村だからな。今なら冬野菜の煮込みくらいだな。」
「どうも。」
そんな会話をしながら、料金を払おうとした、がふと思いついた。
「ね、おじさん、足が悪いの?」
「…ああ。」
「足、治してあげるから、馬車の預かり代、タダにしない?」
するとオヤジがびっくりした顔をした。
「ポーションだって治らねえ。ホラふくんじゃねえ!」
「嘘じゃないよ。右足、でしょ?」
「ああ。…治ったら…10回分タダにしてやらあ。」
ずっと、じゃないのがちゃっかりしている。
「10回だけ?まあいいか。」
と僕は笑い
「ヒール!」
と言ってオヤジの右膝に向かって手をかざした。
わずか3秒くらいだろう。
「終わったよ。立ってみて。」
半信半疑でオヤジが立ち上がる。
「!!ホントだ!こいつはすげえ!痛くねえ!」
と足踏みしたり、その場でジャンプしてみたり。
「じゃ、馬車と馬たちをよろしくね。あーあと、治したことは、なるべくナイショにしてね。僕もいつも治せるわけじゃないから。」
僕はシンハとシルルを連れて、馬車屋を後にした。
『まったく。あんな目立つことをして。』
「痛そうだったんだもん。馬車の預かり代も高いし。」
『仕方ないな。「聖者サマ」だからな。』
「うぐ。それ禁句。」
食堂では、シンハの同行が意外にあっさり許されて、しかもシルルが居たので小さい子供が風邪をひかないようにと、暖炉近くの席を案内された。よかったね。
野菜の煮込み、は味が薄かったけど、野菜のうま味は出ていたのでよかった。パンが田舎パンで黒いが、焼きたてで香ばしくて美味しかった。
シンハには、野菜の煮込みと共に、食堂に交渉して手持ちのホルストック肉を味付けなしで焼いてもらった。あぶり肉のストックをシンハに与えてもよかったが、余所様の村の食堂では目立つので、そうすることにしたのだ。味付けは僕がして、シンハに食べさせる。
出した肉が良かったものだから、肉をもっと持っていたら、売ってくれないかと言われた。ダンジョン産でよければ、と言って出すと、もちろんそれでいい、と満足してくれた。(当然シンハのは森産ですが。)
肉を売って、代わりにパンを買った。カンパーニュ系だったし、パリっとして美味しかったんだ。ヴィルドでは見ない黒さ。ライ麦が多いようだ。
食事を終えて、いざ出発と、馬車屋に向かっていると、
カンカンカン!!
と急に半鐘が鳴った。何か良くないことが起きたみたいだ。
周囲が急に騒然となった。
「どうしたの?」
こっちに向かって走って来た馬車屋のオヤジに聞くと、
「近くの森から魔獣がこっちに向かっている知らせだ!あんたも逃げろ!」
と言って、オヤジはいらないはずの杖を握りながら、村の奥へと走って行く。おそらく集会所に避難するのだろう。
「何してる!こっちだ!」
と呼ぶので、僕たちも一応村人らと一緒に走り出す。
ふと見ると、鐘楼が村の中心にあった。
「昇ってみる。シルルは僕の魔力に。」
「あい!」
シルルをローブで隠すようにしながら、僕の魔力に溶かす。
鐘楼に登り始めると、上から
「小僧!昇ってくるんじゃねえ!」
と叱られた。
だがかまわず昇る。上には2名ほど居た。
「降りろ!」
「冒険者です!敵は何処!?」
と叫びながらさっさとてっぺんにたどり着くと
「あっちだ。魔熊だ。だが狂ってる。村人がすでに3人、喰われた。」
おうふ。凶暴だな。
「いくら冒険者だって、子供がかなう相手じゃねえ。」
「一応、Bランク。」
とカードを見せる。
「B!?まじか!?」
「いや、Bだろうとなんだろうと、危ないことはするんじゃねえ。騎士様だって尻込みする魔獣だ。逃げるが一番だ。」
「だって、こっちに向かっているんでしょ。僕の馬たちだって危ない。村の入り口に居るんだ。」
たしかに、黒いかたまりがかなりのスピードで村に向かってきている。
GUGYAAAUUU!!
あーあれはもう、ただの魔熊の声じゃないな。
たしかに、狂っている。
呪われたか、黒魔術でも施されたか、あるいは瘴気に当たったか。
そんな禍々しい狂気を含んだ声だった。
「シンハ!行こう!」
『おう!』
物見塔の階段から半ば飛び降りるようにして、大きくなったシンハに飛び乗る。
シンハはそのまま僕を乗せて村の門まで走りだした。