249 準備万端、いざ出発!
「こほん。まずは車輪です。先日申し上げたスライムゴム、早速使いましたよー。」
「ほう!なるほど!こうなるのか。」
「中もどうぞ。エルガーさんもどうぞ。」
「では失礼して…。」
「!むむ!壁も、ソファも、アラクネじゃな!」
「はい。手持ちの布がアラクネばかりなので。…座り心地はどうですか?」
「!なんと!ふわふわではないか!」
「良かった。馬車には揺れ軽減や軽量化魔法の魔石も仕込んでいます。それから…」
僕はソファの一部を跳ね上げる。
「!なんと!扉が!」
「はい。どうぞ。部屋を作りました。」
「!!」
中に案内し、説明する。
もうコーネリア様は目を丸くしている。エルガー執事長も、口を開けていた。
「広い…」
「なんじゃこの空間は!?」
「ええ。馬車は狭いので、もう一部屋作りました。右奥の部屋はトイレと浴室です。簡易キッチンはここに。ソファはベッドにもなりますので、横になって眠れます。」
「す、すごい!…」
「ふふ。明日からの旅が楽しみです。護衛さんがいたら、こんなとんでもないことも、秘密にできませんからね。」
「なるほど。確かに。うむ。確かに。…む?窓があるのか。」
「はい。これは、幻影魔法の応用で、前の部屋から見えた外の景色が見えるようにしてあります。」
「もう何を聞いても、驚かんぞ。」
「ふふ。…という訳で、この快適な馬車で、明日出発します。」
「わかった。納得した。依頼を受けてくれてありがとう、なのじゃ。礼を申す。」
「いえ。馬車の旅も、新しい土地に行ってみるのも、楽しみです。」
「それならよかった。…推薦状を書いてきた。向こうに着いたら、ユーゲント辺境伯に渡すように。いろいろ便宜を図ってもらうよう書いておいた。」
「ありがとうございます。助かります。」
「それからもう一通。これは途中通る、ラルド侯爵への手紙じゃ。こちらは、もし道中、侯爵領で何かあったら出せば良い、というものじゃ。侯爵はユーゲント辺境伯の親戚になるゆえ、便宜を図ってくれよう。」
「では、ラルド侯爵様には、必ずお会いする必要がある、というわけではないのですね。」
「ああ。何か困ったらでよい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「ユーゲント卿は音楽を愛する心優しきエルフでの。長年、帝国との戦いの矢面に立たされてきたが、本当に人間味あふれるすばらしいお人柄じゃ。…まあ、ちょっとはその、クセもあるがの…。きっとそなたたちのことも、気に入ってくれるじゃろうし、悪いようにはせぬと思う。わらわがくれぐれもよろしくと申しておったと、伝えてくりゃれ。」
「わかりました。」
コーネリア様は僕の魔改造の馬車を見て、少し安心した様子で帰って行った。
ユーゲント卿に土産を持っていってもらいたいとのことで、食糧と毛皮、それと僕の作った中級特製と上級特製ポーション、最近少しだけ卸すようになったエリクサーも、持っていって欲しいと言われた。僕の収納が相当でかいと理解してのオーダーだ。もちろん、ポーションのお代はしっかりいただきましたよ。食糧と毛皮は今日中に届けるとのこと。
さらに帰る間際に、お小遣いじゃ、と言って、僕とシンハ分だけでなく、シルルにまでポケットマネーを置いて行った。大金貨数枚。ありがたくいただいた。
大金貨だよ!なんかこれだけで、馬車の購入費がチャラになっておつりがくるんですけど!
ああ、そういうことか。僕が馬車で散財したと、補ってくれたんだね。ありがとうございます。
翌朝、僕たちはさっそく魔改造馬車に乗り、ユーゲント辺境伯領へ向けて出発した。
馬の扱いは、なんとシルルが上手で驚いた。
「シルキーはなんでもできて当然でしゅ。」
と、ない胸を張って言うのが可愛い。
僕はシルルに教えてもらいながら、馬車の操縦。
そのため、僕とシルルが御者席。シンハは少し歩きたいと、馬車の傍を歩いている。そのため、せっかく作った馬車は誰もお客さんが乗っていない状態。
馬たちが
「この馬車かっるーい!いくらでも走れそう!」
「うむうむ。背中もあったかいし。いいゴシュジンに会えて良かったなあ、弟よ。」
「あい!」
とゴキゲンだ。背中には温めたアラクネ毛布を掛けてあげたしね。
雪で滑らないよう、馬用の藁製雪靴も履かせてある。
「街道に出たら、俺たち、御者いらずでも行けるよお。」
と言うので、
「じゃあ、時々そうさせてもらうね。」
馬たちとそんな会話をしていると、南門が見えてきた。
「あれ。サキじゃねえか!」
「おはようございまーす。」
さすがに知り合いは居ないだろうと思ったのに、今朝は南門にテッドさんが居た。
ほんと、神出鬼没だよね。いや、守備隊はローテーションで各門を守っているだけなんだけどね。なぜかよくお会いします。さすがに隊長さんは今日はいなかった。
守備隊の副隊長は3名だそうだ。それぞれが部下をとりまとめている。
だが、テッドさんがよく隊長といるのは、隊長の補佐のためというより、自由奔放なテッドさんのブレーキ役として、隊長がくっついているのだという、まことしやかな噂がある。
テッドさんを知っている人ほど、その話に納得しているようだ。
かく言う僕も、その話を聞いた時、つい、「なるほどー。」と感心してしまった。
剣を握らせるとかなりの腕前なんだけどね。
「テッドさんって、ほんと何処にでも居るよね。」
「なんだそりゃ。失礼な。俺は真面目に職務をやっているだけ…ふあーあ。眠い。」
「テッドさん、お酒くさーい。また昨夜飲んだね。」
僕は勝手に毒消し魔法、キュアを発動。
「飲まずにやってられっかよ。寒いしよー。…で、今日はこっちか。森じゃなくて。」
「うん。ちょっと遠出。しばらく留守にしまーす。」
もしユーゲント辺境伯領へ行くと言うと、なにか察知されそうだったのでやめた。
テッドさんって、意外と敏感だからな。
「そうか。それで嬢ちゃんも一緒か。」
「はいでしゅ!」
とシルル。
「おーお、可愛いおべべ着て。あったかそうだな。」
「ゴシュジンしゃまに作ってもらったでしゅ!」
そうそう。僕が作ったよ。昨夜、急遽。赤いマント風オーバーだ。
すっかり赤ずきんちゃんである。
「そうかそうか。よかったなー似合ってるぞ。」
「はい!でしゅ。」
「ふふ。では。ごきげんよう。隊長さんにもよろしくです。」
「おう。」
と軽く挨拶して門を出た。
シルルがバイバイ、とテッドさんに手を振ると、テッドさんも手を振り返してくれた。
「寒いから、気ぃつけてなー。」
「「はーい。」でしゅ。」
門番は楽じゃない。特に大寒波が来ているこの冬は、外に大型ストーブが2つあっても大変だろう。
僕はふと思いついて、ポケットに入れていたカイロ(温めた石、温石)を、テッドさんのポケットにこっそりテレポートさせた。「ご苦労様です」と書いて。
からかってごめんね。
真冬の早朝なので、人がいないかというと、南へ向かう馬車はちらほら居た。門外にあるスラムは、すでにそんな旅人目当てに、ちょっとした食べ物を売り始めている。
子供達にちょっかいを掛けられると思ったのか、シンハはタタタッと馬車の屋根に軽々飛び乗った。
「シンハは斥候ねー。」
『俺は寝る。』
「まったく。自由すぎ。」
『ふむ。揺れなくて、なかなかいいぞ。』
「寒くない?」
『大丈夫だ。』
馬たちには温めた毛布を背中に掛けてあげているが、道中それでも寒ければ、僕が結界魔法で寒さや北風を遮ってあげればいい。
魔力が多いからできる小ワザである。
「シルルも、寒くない?」
「だいじょぶでしゅ。」
シルルの赤ずきんちゃんオーバーはもこもこ。外側はフード付きで真っ赤な羅紗風アラクネの、ぶ厚いマント風オーバー。丈は長めでケープ付き。衿やフード、ケープ周りには魔兎の毛がついている。内側には袖までアラクネ綿入のライナーが付属している。
スカートでは寒いからパンツルックにしたらと言ったが渋るので、スパッツをアラクネで作ってあげた。それにワイバーン製ブーツ。内側には白い魔兎の毛皮張りでこれも暖かい。もちろん耳当てと手袋も用意した。
過保護だ、とシンハに言われたが、女の子の旅装なんだから、これぐらいはしてあげないと。
急な旅なので、実は今もシルルの着るものを、亜空間収納内で作っている。
シルルは魔素の影響で、いつ体が大きくなるかわからないから、僕が作るものはすべて基本的にアラクネ製だ。
街道はほどなく、王都へ向かう道と、ユーゲント辺境伯領方面へ向かう分かれ道に出た。
「右ですかい?」
と馬のロムルスが聞いてきたので、
「うん。そうだよ。」
と答えると、
「わかりやした。あとはしばらくまっすぐなはずなんで。俺たちだけでも大丈夫っすよ。」
と言うので
「じゃあ、しばらくよろしくね。」
と言って、僕とシルルは後ろの座席に移動した。
上にいるシンハには干し肉のおやつをあげて、僕とシルルはちょっとお茶休憩。
馬たちはもう少し歩いてから休憩の予定。
「平和だねえ。これで寒くなかったら、最高なんだけどねえ。」
とつぶやくと、屋根上のシンハが
『まだ今日は暖かいほうだぞ。日差しがあるからな。明日は、降るかもしれん。』
と返してきた。シンハの天気予報はよく当たる。
「やめてよ。シンハが言うと、本当に雪が降るから。」
『俺のせいじゃない。西の空に、雪雲がある。明日とは言わず、今日午後にも降るかもしれん。』
「えー。」