248 馬と馬車を手に入れる
シルルは魔力に溶かせばなんとでもなるが、この雪の中、歩きとか走る、はさすがに人外すぎるし(できなくはないけど。)四六時中飛ぶのもなあ。(できなくはないと思うけど。)
そこで、今回は馬車を調達することにした。
そういえば初めての馬車での旅だ。
ユリアのことを思うとちょっと気持ちが沈んだけれど、(だって、まだちゃんとデートできていないんだよう。)ようやく少しワクワクしてきた。
ごく普通の馬車を買い取り、それを魔改造することにした。
馬は、馬車屋で冬でも歩きたそうにしていた子を2頭、選んだ。
こちらはレンタル。とりあえず2ヶ月の契約。
「ちょっと長旅だけど、付き合ってくれる?」
と話しかけると、
「「ヒヒイン!(いいよー!)」」
と元気よく答えてくれた子を選んだ。
ちなみに2頭とも若いオス。
馬車と馬をそのまま家に連れてくる。
馬たちは、当初からあった厩に入れ、温風で暖房し、たっぷりの干し草にメルティアを混ぜて食べさせた。
すると
「あったけえ!此処、サイコー!」
「美味い!これ、なに!?え、メルティア!?ありがたや!」
と言って喜んでくれた。
ちなみにこれは馬語です。傍目にはヒヒイン、ブルブルとしか聞こえない。獣の中には、こうして種族特有の言葉(念話に近いもの)で意思疎通できるものがいるのだ。
僕の魔力水を混ぜたぬるま湯も、美味しいと言って飲んでくれた。
「冷たくないのがいいねえ。」
「力が沸くぜ。」
と気に入ったみたい。
クリーンをすると、それもまたうれしいと喜んでいた。
「俺たちにクリーンかけてくれるニンゲンなんざ、珍しいな。」
「まったくだ。良かったな。アニキ。」
「ああ!」
「え、兄弟なの?」
「ちがう。でもアニキはアニキだ。かっこいい馬だろ?だからアニキさ。」
という。そうか。
「なんて呼ぼう。名前いや、呼び名、つけてもいい?」
呼び名だぞと思いながらつければ、契約扱いにはならないのだ。
「おうよ。」
「いいぜ。」
「うーん、なにがいいかなあ…。じゃあ、アニキさんの呼び名が、ロムルス。弟くんが、レムス。」
もちろん、ローマ建国の、狼に育てられた双子の名前だ。
「気に入ったぜ。」
「俺も!」
「ニンゲンさんよ、あんた、名前は?」
「僕はサキ。」
「馬語がわかるなんざ、珍しいな。よろしくな。サキさんよ。」
「うん。こっちはシンハね。」
「神獣様はシンハ様ですかい。よろしくお願いしやす。」
「しやす。」
『うむ。』
シンハが偉そうだ。
馬たちは僕よりシンハに深くお辞儀したぞ。くっそー。ま、いいか。シンハ様だもんな。
それより、僕は馬車の魔改造に取り組む。
まずは車輪。
さっそく、分厚くスライムゴム引きしたワイバーン革を、表面に3重巻にして打ち付ける。
それから揺れ軽減と重量軽減の魔法陣を描いた魔石を、本体底部に仕込む。
座席はクッションを改良。スプリング入りにして、かつアラクネ綿も入れ、アラクネ布で作ったゴブラン布張りとする。ふっかふかー。
壁紙は全面張り替え。貴族は絹張りらしいが、僕は手持ちの紋織のアラクネ布を貼った。
天井には魔石入の照明。さらに、空間魔法で中を広げ、前方にはお茶の支度ができる程度の空間を。そして御者席と行き来できる扉も付ける。
後方には、かなり広い部屋を作る。その部屋に行くために、ソファの一部を補助席のように折りたたむと、扉が現れるように細工した。後ろの部屋は、全面毛足の長いカーペット張り。床に座ることも想定している。優雅に食事ができるように、大きめのテーブルと、簡易ベッドにもなる大きめソファ。そして豪華なシャンデリア。
これら家具や照明、カーペットなどは、例のダンジョン「誰もいない屋敷」の残骸から再生したもの。もちろん、呪われているなんてこともなく、なにもかも新品だし、聖属性さえ帯びている美麗なるものですよ。
ついたてとカーテンの向こうにもう一部屋つくり、トイレとバスタブ。そう。馬車の中で快適に生活できます。
この部屋に窓はさすがにない。そこで、前の席から見える景色が、後ろの部屋の窓でも見えるよう、幻影魔法をかけた。これは古代魔法書にあった、「目の前にない風景を写す魔法」を応用したものだ。これで、密室の圧迫感が軽減されるだろう。
換気については部屋の天井に換気口を作り、その奥に亜空間を作ってゆっくり吸い込ませるようにした。新鮮な空気は、扉の隙間から自動的に少しずつ取り入れられる仕組み。
「こんなもんかな。シンハ、乗り心地、どう?」
『いいぞ。これに乗ったら、他の馬車に乗りたくないだろうな。』
「えへ。そうかな。シルルー。シルルも乗ってみてー。」
「はあい!…わあ!しゅごいでしゅ!ごしゅじんしゃまは、すごいまじゅちゅしなんでしゅねえ。」
「あはは。ありがと、ありがと。」
素直に喜ぼう。
ついでに料理するシルルと僕のために、簡易キッチンも付けた。なはは。
それにしても、シルルは10才の姿なのに、言葉はいまだに4、5才くらいの幼児語だ。
どうしてだろうとシンハに聞いたら、料理や買い物をするのに必要だから10才の姿でいるが、4、5才の姿の頃が一番楽しかったのかもしれぬ、とのこと。
なるほど。アルマちゃんとの思い出を大切にしているのかもしれないな。
さて、馬車改造に満足し、遅い昼ご飯を食べ終えて一服していると、来客があった。
なんと、コーネリア様だ。執事長と一緒に訪ねてきた。
「お呼びくだされば、伺いましたのに。」
「いや、急に来てすまぬ。というか、ユーゲント辺境伯領行きの件じゃ。承諾してくれたと聞いてな。取るものも取りあえず、来てしまったのじゃ。」
とコートも脱がないままで、そう言うと
「ほんにすまぬ!」
といきなり90度のお辞儀をされた。
「な!頭をお上げください。とにかく、こちらへどうぞ。」
暖炉にすでに火が入っている居間にお通しする。
そこでコートを脱いでもらい、暖炉前のソファを勧めた。
シルルがタイミングよくお茶を入れて持って来てくれる。
執事長にも座ってもらい、お二人にお茶を勧め、ほっと一息すると、コーネリア様が話し始めた。
「ユーゲント辺境伯は、レジの従兄弟での。私とも知己の仲。辺境伯同士、いわば盟友みたいなものなのじゃ。今回の大寒波で、一番被害を被っておるのはユーゲント卿よ。人でなしの帝国が、民の流出を止められぬ。その難民たちは、暖かで穏やかなユーゲント卿の領地になだれ込んできておる。」
「…」
「民が増えるのは、悪いことではない。だが、あまりに急での。今、そなたも知っておろうが、我が領でもユーゲント辺境伯領の難民を多く引き取っているところじゃ。
国王陛下も、王妃が帝国出身ゆえ、なんとか戦を回避出来ぬかと模索しておるが…。春になれば、本当に戦になるやもしれぬ。」
「それで防壁を、強化したいということなのですね。」
「うむ。領都の防壁はなんとかなりそうだが、国境にある防壁は、修理が後回しになりがちで、痛みが目立つそうじゃ。それの修理に、魔力量の多い冒険者を紹介してもらえないかと泣きつかれての。」
「…」
「幾人か候補はいたのだ。冒険者ギルドのケリス殿とか、カーク殿とか。だが生産職ではないゆえ、壁が造れるかは不明。
そなたの…孤児院でのことは、ちょっと耳にはしておったゆえ、おそらくそなたなら、できそうだとは思ってはいたが…まさか護衛も断るとは。
どうする?今からでも、カークあたりをつけようか。それとも、Aランクくらいの冒険者パーティーを、護衛にするかえ?」
「いえ。護衛は不要です。」
「しかし。」
「コーネリア様。コーネリア様ですから、本当のことをお話しします。実は護衛は邪魔なのです。」
「…」
「ご存じのように、僕もシンハも、ちょっと特殊です。僕の場合、どうやら普通の魔術師と比べて、相当に魔力量が多いようですし、半分エルフの血ゆえなのか、あるいは世界樹の加護のおかげか、暑さ寒さにはめっぽう強いのです。はっきり言って、真冬に雪の中、薄着でも寒くないのです。変でしょ?」
「…いや、我も心当たりがあるゆえ。」
「なるほど。あるいはそうかなとは思っていましたけど。…とにかく、もし普通に護衛をお願いしたら、きっとその方が凍死しないか、心配しながらの旅になりそうなので。それに、僕もいろいろ他人に知られたくないことも多いので。それでお断りしたのです。」
「そうであったか。」
「あ、そうだ。さっき、馬車の改造も終わったところです。ちょっと乗ってみませんか?」
と僕はいたずらっぽく笑った。
「僕とシンハだけなら、『走って』行くこともできるんですけど、今回はシルルも連れて行くことにしたので、馬車を調達して改造してみました!ちょっと自慢させてください。」
と言って、コーネリア様たちを馬車へ案内した。




