241 30日の海猫亭、の続き
そうこうしているうちに、キャイキャイ!と聞いたことのある声が。
「あ、テオ!ミケーネ!」
「ばう!」
シンハの声に、ミケーネがすぐに反応した。
「キャイ!」
タタタと走ってミケーネがシンハの前にやってきて、喉をゴロゴロ鳴らしつつお辞儀する。
シンハも鼻キッスだ。
まったく。仲良しだねえ。
「やあ。サキ。久しぶり。」
にこっと笑う笑顔がまぶしい。
わあ、ほんっとテオさん、いつも紳士でさわやかー。ホレてまう。
「どうも。潜ってました?」
「いや、昨日帰ってきたんだ。護衛の仕事でね。」
「あー、なるほど。」
テオさんはダンジョンより護衛仕事が多い。品が良いし腕も確かなので、商人や貴族にも、人気者なのだ。
「うん?あったかいな。」
「結界。」
「あー、やはり君のせいか。」
「えへへ。シンハがこっちでないと嫌だっていうから。」
「そうだな。ミケーネもテラスがいいからな。寒いだろうと思って、今日は早く帰ろうと思ったが。これなら長居できそうだ。」
「僕は8時くらいまで、かな。シルル置いてきちゃっているから。」
「そうだな。小さい子はさすがにな。」
「うん。一応誘ったんだけど、酔っ払いばかりだろうからって。意外にサバサバ見送られたよ。」
「はは。しっかり者だものね。シルルちゃんは。」
「うん。我が家で一番しっかり者かも。時々食器は壊すけどね。」
それからは、パーティーの食べ物をつまみながら、テオさんとしばらくおしゃべり。
「サキは護衛の仕事はしないのかい?」
「まだしたことはないですね。未成年だから、テオさんみたいにご指名とか無いですから。」
「今度一緒に受けてみるかい?」
「そうですね。機会があれば。経験しておきたいかな。」
「今は寒いから、春になったら誘ってみよう。」
「お願いシマス。先輩。」
テオさんとなら安心だ。
「テオさんは寒いのに護衛の仕事、受けたんですね。」
「ああ。知り合いからの依頼でね。義理というやつさ。王都までだったから、受けたんだけど。途中の吹雪はさすがに参った。」
「今年は異常ですからね。」
「ああ。」
「王都は、どうでした?」
「相変わらず、かな。」
「行ったことないんで。」
「ああ、そうか。…そうだなあ。人が多くて一見華やかだけど…ちょっと裏道に入ると、貧富の差が激しくてね。あと、ここより下水が臭った。」
僕が清掃していたのを知っているんだな。
「じゃあ、僕が王都に行ったら、まずドブ浚いで稼ごうかなあ。」
「王様から指名が来るかも知れないよ。」
「いやですよう。」
「ふふ…。ああ、それから、この冬は寒いから、毛皮が大流行でね。特に魔兎は貴族のご婦人方にひっぱりだこらしいよ。僕もちょっと聞いていたから、実家に少し持っていったんだ。おかげで親や妹とかにすっごく喜ばれたよ。」
「へえ。なるほど。そういう時って、もとの毛皮で持っていくんですか?それとも加工したストールとか襟巻とか?」
「今回は…実は護衛したのがヴィルドの商人…ライム商館長でね。」
「!ライム商館長!?レジさん!?」
「うん。魔兎で作った製品を持っていたから、持っていた毛皮と物々交換で、ストールを譲ってもらったんだ。きみも知り合いだってね。」
「はい!最近知り合いになりまして。そっかあ。レジさんね。」
「うん。本当は君にも護衛を頼みたかったって言ってたよ。だけどずっとダンジョンに潜っているからダメだったって。」
「あー、うん。そうなんです。ちょっと長く潜っていたんで。」
潜っていて良かったかも。いや、テオさんとは行きたかったなあ。
「テオさんとなら、行きたかったです。王都。」
「ありがとう。ライム商館長、すごーく残念がってたよ。」
と意味深な目でにやにやしながらそう言われた。
「あー。悪いひとじゃないんですけどねえ。ちょっと苦手かなあ。あはは。」
「まあ、個性的だからね。でも、商人としてはかなりやり手だね。」
「でしょうね。護衛はテオさんとミケーネだけ?」
「フリーはね。あとは商館専属の護衛6名だった。」
「結構大きなキャラバンだったんですか?」
「まあ、ライム商館は、毛皮だけではなく、魔石や宝石も扱うからね。馬車3台だったけど、護衛は少ない方だよ。商館長自身も相当の腕前だからね。」
「そうなんですか!?」
あの体格だから、少しはやりそうだとは思ったけど。
「1度だけ他領地を抜ける時に、盗賊に襲われたんだが、ほとんど彼一人で退治してたね。」
おっとー、すげえな。
「凄いですね。商人さんって、そういう人が多いんですか?」
「いや、あそこまでできる人はいないな。僕が雇われた理由が、元騎士だったからで、道中毎日、商館長の剣のお相手をさせられたよ。どうもそれが目的だったみたいで。」
「…。ご苦労様でした。」
「本当に。今度は君が居てくれることを願うよ。」
「あははー。僕には剣のお相手は無理ですけどね。」
「またそんなご謙遜を。僕が知る限り、君はなかなかの腕前ですよ。」
「そ、そうですか?うれしいなあ。はは。」
実はさらに腕前を磨いていたんですけどね。
でも、いくらデュラハン師匠に「免許皆伝」と言われても、驕るつもりはない。師匠に一度も勝てていないし。
どうも初護衛はレジさんのキャラバンになりそうだなあ。
テオさんと思いのほかいろいろな話で盛り上がっていたら、隊長さんも顔を出して。でもなにかマーサさんに差し入れして、すぐに帰って行った。お金かな?部下達がいっぱい来ているから。でも奥様が気になるんだろうな。たしか、まもなく臨月だ。
それから、なんと枢機卿が顔をだした。
「レビさん!来ると思った!」
「よう!レビ爺さん!やっぱり来たな!」
とあちこちから声が掛かる。
え、常連さん!?
「今日は一人かい?あんまり飲み歩いていると、「お孫さん」に嫌われるよ!」
とマーサさんに言われている。
ということは、よく此処にアルテアさんと現れるということか。
「ほっほっほ。まあ、そう言わず、一杯飲ませておくれ。せっかくの休日なんじゃからのう。…おお!これはこれは!」
うっく。見つかってしまった。
まっすぐこっちに来る。
「「聖者さま」ではありませぬか!その節はどーも。」
と僕にふかぶかとお辞儀する。
な、なんと言うことを口走るのですか!?
「え?ああ、いえいえ。こちらこそ。」
と言って。僕も立ち上がり、ふかぶかとお辞儀を返した。
「せいじゃぁ?こいつはサキだよ。冒険者のタマゴ。聖者じゃないよ。ひっく。」
と酔ったノブおじさんが言った。
ノブおじさんというのは、斧使いの冒険者だ。
「おう、そうか、そうじゃったかの。」
とすっとぼけた返事。
「爺さん、もうどっかで引っかけてきたな。足元がふらついてるぜ。」
「ほっほっほ。」
まったく。お茶目というかやんちゃというか。
「もう。やだなあレビさん。僕が聖者だったら、レビおじいさんは枢機卿様ですよ。あはは。」
「そ、そうなるかのう。ほっほっ…。」
僕の逆襲に、さすがにぎくりとしたようだ。
周囲の人たちが、クスクス笑っている。知っている人もそりゃ居るよな。レビさんの正体を。
「(あんまり飲むと、アルテアさんに言いつけますよ。)」
と小声で忠告。
「(うっく。それは勘弁してくれ。ようやっと抜け出して来たんだから。)」
たぶん、元旦のミサの準備とかで教会は今一番忙しいところだろうに。
「(だったら、聖者よばわりは絶対やめてくださいね。僕は教会に縛られるつもりはないですから。)」
こほん。
「(わかりました。残念ですが。)」
そんな感じで、あっという間に8時。
シンハもいろいろ食べて満足したようで、僕の足に顎を乗せて寝たふり。
ミケーネもテオに撫でてもらってゴロゴロと喉を鳴らしている。
「じゃあ、僕、そろそろ。」
「ああ。シルルちゃんによろしく。」
「はーい。どうぞよいお年を。」
「そちらこそ。」
キャイキャイ!
座ってお客に肩を揉ませているマーサさんにも挨拶して、僕とシンハはおやすみなさいを言って海猫亭を出た。
家に帰ると、もうシルルは寝ていた。
今夜は僕が作ったミートパイとポトフを食べたみたい。
妖精だから、食べなくとも平気ではあるが。
ごめんね。いつも留守番ばっかりで。
明日は一緒にギルド長のお宅に行こうね。
座ってお客に肩揉ませてる飲み屋のママさん。居そうですよね。