240 ヴィルドでの初めての年末
初めての年末年始。
今年の12月は31日まで。年によって、30日だったり、32日だったりする場合もあるらしい。
12月29日。
サリエル先生の治癒院で、今年最後のお手伝いをしていたら、夕方、奥様のサーシャさんが顔を出した。
「あら、サキ君。久しぶりね。」
「あ、お久しぶりです!」
うん?
なんか、サーシャさん、すっごく生き生きしている、というか…幸せオーラが僕には見える。
なんだろう。光の幼体が、サーシャさんの周りできゃぴきゃぴしているんだ。特に、お腹周り…。
!もしかして!
僕はこの現象を町中で見たことがある。
妊婦さんだ。
「あの…間違ったらごめんなさい。…もしかして…おめでた?」
「!やだぁ!どうしてわかったの?お腹だってまだぜんぜん大きくないのに!もう!やだぁ!」
ばしん!と叩かれた。
「いて。わ、わあ。おめでとうございますう!」
「うふ。数日前にわかったばっかりなの。うふふ。」
「じゃあ、3ヶ月、ですか。」
「そうなの。でもどうしてわかったの?あ、あのひとがバラしたのね。やだわぁ!」
ばしん!
お願い。叩かないで。
「俺は何も言ってないぞ。サキ。どうしてわかった?」
サリエル先生が診察室から顔を出して、不思議そうに言った。
「あら。あなたが言ったんじゃないの?じゃあどうして?」
「えと…。光の子たちが、サーシャさんのまわりでうれしそうにぴかぴかして跳ねてるんで。あ、僕、ちょっと妖精とか見える不思議ちゃんなんで。」
と言ってみた。自分で「不思議ちゃん」って、言いながら、確かにそうだと今更ながらに自覚した。
「まあ!そうなのね!妖精が見えるなんて、素敵だわあ。」
「ふむ。妊婦はお前にはいつもそう見えるのか?」
「はい。まあ、大抵は。」
子供を授かったことを、妊婦が喜んでいれば、だが。
「ふむ。俺はこの子の父親なんだが、キラついてはいないのか?」
「あー、父親がそう見えたことは、ない、かな。一緒に歩いていれば、ある程度一緒にキラキラ見えたかも知れないけど。」
「今は?隣にいるが?」
「うーん…。キラついてはいないですね。」
正直に言うと、ふっとサーシャさんの顔が曇る。もしや妊娠を先生は内心喜んでいないのでは、と思ったのか?
「あ、ただ、幸せオーラは強くなりましたね。」
と僕は慌てて付け加えた。サーシャさんの顔がまたふわっとうれしそうになった。
「ほう。そういうのも見えるのか。不思議だな。なあそれ、論文にしないか。」
「しません。」
「即答かよ。」
「学者じゃないんで。」
「惜しいな。」
「じゃあ、お先に失礼します。おめでとうございます!どうぞよいお年を。」
「ああ。どうもな。よいお年を。」
「ありがとう。サキ君。よいお年を。」
今3ヶ月だから…来年の初夏に生まれるのか。なんだか僕までうれしくなった。
30日。マーサさんの宿でパーティー。
31日でないのは、大晦日は家族と過ごすべき、というマーサさんの考えによるらしい。
いつも大晦日の前日にやると決めているそうだ。
夜6時の鐘がなったら、と聞いていたが、少し早めに行ったのにもうできあがっている奴もいて。結構顔見知りの冒険者もいる。というか、冒険者と守備隊ばっかじゃねえかよ。
入り口で、忙しい時に手伝いに来ているタニア姉さん(既婚者)に会費を払っていたら、
「ウイー!よう!サキじゃねえか!ルーキーのご登場だぜ!みんな、拍手―!」
「「おおー!」」
と煽るのは、他ならぬテッドさん。
「どーもどーも、サキでぇーす!…って、もう酔ってるの!?」
「さっき、ゲンさんがえらく強い酒を持ってきてね、それをがぶ飲みしちゃって。」
とマーサさんがいっぱいのご馳走を運びながら教えてくれた。
ゲンさんはもちろん鍛冶屋のゲン爺さんだ。…あ、居た!
「よう。サキ!」
「師匠!ども。なんか、強いお酒、持って来たとかって。」
「ああ。秘蔵の酒なんだが、こいつ(テッド)め、エールみてえに飲みやがった。」
「あららー。ご愁傷様。」
「まったくよう。」
「シンハさまも、ごきげんようー。ヒック。」
とテッドさん。
『俺は外にいる!酒臭くてかなわん!』
と自分からテラス行きを希望。なのでゲンさんに挨拶して僕もテラスへ行くことにした。
今日は大勢らしくて、テラスにストーブを出していた。
「じゃあ、僕たちは外にいますねー。」
と通りすがりのマーサさんにも声がけする。
「寒いだろうに。大丈夫?悪いね。これ、持ってお行きな。」
と温石やら毛布やら持たされた。
テラスは、ストーブを焚き一応テラスまわりを囲ったりして、風は防いでいるようだが、さすがに外だから寒い。
僕たち以外にも寒さ知らずの冒険者数名がテラス席に居た。さすがだね。
こういう時こそ結界の出番。暖房と風よけの魔法陣を描いた結界石を適当に置いて。
「結界張ってあったかくしますねー。」
「結界?おお、サキよう。そんな芸当もできるのかい?お、すげえな。本当に寒くねえ。」
と外テーブルの冒険者たちに驚かれた。
料理とジュースを運んでくれたマーサさんが、
「あら、本当だ。寒くないわ。でも魔力、すっごく使うんでしょ。無理しちゃだめよ。」
と言ってくれた。
「石に込めただけだから大丈夫。明日の朝には勝手に切れるやつなので。」
「そうなのかい。ありがとね。」
と言って、シンハちゃんにも、と焼いた肉をたっぷりくれた。
「もう飲めねえ、いや、まだ飲むぞう。むにゃ。」
ふらふらとやってきたテッドさんは、僕の前に座ると、そう言った。このまま寝そうだ。
「テッドさん、ほら、これ飲んで。」
僕は無理にも丸薬を口に入れさせる。
「む、薬なんか!くすり…うめえなこれ。」
「飲んだこと、あるでしょ。酔い覚ましだよ。はい。お水。」
「ん。ありがとな。サキは、いいヨメになるぞう。」
「はいはい。」
「………。はっ!此処は!?俺はナニを。」
「酔っ払いだったんだよ。目が覚めた?」
「うう。今何時だ?ナニ?まだ6時過ぎじゃねえか!なんで俺、そんなに酔ったんだ?」
「なんでもすごく強いお酒を飲んだらしいよ。」
「あー。思い出した!ゲンさんが持って来た、「ドワーフの火酒」を飲んだんだ。喉が焼けるかと思ったぜ。」
「さっきの薬にヒールの成分もあるから。喉も大丈夫だと思うよ。」
メルティア入りだからね。
「よし!完全復活だ!違うの飲んでくる!ありがとな!」
「!あーあ。行っちゃった。」
『まったくあやつは。困った奴だな。だからいつまでも独身なんだ。』
「本気で探したら、すぐお嫁さんみつかりそうだけどね。」
『当分無理そうだな。』
シンハはマーサさんが持って来てくれた特製焼き肉を食べながら言った。
マーサさんのあったかいポトフ(んー、家庭の味!)を食べていると
「あ!サキだ!こんちくしょうめ!」
「うん?」
今やってきた冒険者に、いきなり罵られた。
顔をあげて声のした方を見ると、魔術師のノイエノールト・ブリュッケンという、エルフの魔術師さんだった。たしかBランク冒険者だ。
エルフにしてはちょっと低めの背丈。髪はブロンドで目は茶色。エルフが皆高身長という訳ではないそうで、集落によっても違うらしい。
のっしのっしとやってきて、腕組みしながらぷりぷりしている。
「こんばんは。ノイエさん。どうしたの?」
「どうもこうもない!氷魔法使いは、みんなお前のせいで疲れてるのを知らないのか。」
「…ちょっと長くダンジョンに潜っていたから。どういう事です?」
「はー。あのな、お前、いろいろ特許登録しただろ?料理の。」
「はい。」
「その中に、あいすなんちゃらとぷりんなるものがあるな。」
「あー。はい。」
なんとなくわかったぞ。
「それが今のヴィルドじゃ大人気なんだよ!シロタエギクのオーダーが増えたのはまだいい。「冷やし庫」が馬鹿売れなんだ。そのせいで、魔石に氷魔法を込めろってオーダーが殺到して、おれっちはずーっとギルドにカンヅメで作らされたんだぞ!」
言わずと知れた「冷やし庫」は、こちらの世界の冷蔵庫。氷属性の魔石で冷やす。魔石の強さで冷凍室も作れる。最初から氷属性の魔石を使えば良いのだが、氷属性の魔石は貴重なため高価。そのため、スライムの無属性や水属性の魔石に氷魔法を込め、人工的に氷魔石を作る方式が一般的である。
「あららー。それは…すみませんでした。」
すると、傍にやってきたノイエさんの仲間のルト・コジモさんという斥候さんが、
「いや、サキ、お前が謝るこたあねえ。こいつ、俺たちに長らく借金しててよ、ちっとも返さねえから、氷魔石でも作って返せってことになって、俺たちがギルドに頼んでそうしてもらったんだ。サキのせいじゃねえ。」
なんだよ自業自得じゃないか。
「るせーよ。俺だって早く返そうと努力はしたんだぜ。けどよう。なにかと物入りだったんだよう…。」
急にトーンダウンした。
「ふざけんじゃねえ!花街の女にいれこんで、サイフをいっつも空にしてんのを、俺たちが知らねえと思ってんのかよ。サキに謝れ!このすかんぴんのゆるゆる野郎が!」
うわ、酷い言われよう。
「うう。わ、悪かったよ。」
「すまんな。きつーく言っとくから。」
「はあ。」
「いててて!」
嵐のようにノイエさんの耳を引っ張って奥のテーブルへと去って行った。
『ふっ。災難だったな。』
とシンハ。涼しい顔で言われてもねえ。
それにしても、冬だというのに「冷やし庫」が売れるなんて。
ヴィルドも豊かになったものだ。