239 デュラハンの昇天
「師匠!姫様を、昇天させたいと思いませんか?」
するとさすがにデュラハンはぴたりと動きを止めた。
「あのお姿では哀れです。僕は聖属性魔法が使えます。もし、師匠のご許可があれば、姫様を世界樹のもとへお送りできると思います。」
と杖を出して言ってみた。すると
『それは、まことか。』
と念話で聞こえた。驚いた。しゃべれるじゃん!
「はい。本当です。どうか、試させてください。」
デュラハンは迷っているように、姫様を振り返る。
だが、ほどなく
『わかった。お前を信じてみよう。ただし、機会は1度だけだ。もし上手くいかなければ、お前の命をもらう。』
「わかりました。努力します。」
『おい!サキ!そんな約束なんかして、大丈夫なのか!?』
「(大丈夫じゃなくともやらないと。もし失敗したら、テレポートで逃げる。)」
『はやくしろ。』
とデュラハン師匠にせかされた。
「はい。その前にひとつ教えてください。どうして姫君は、此処に?ダンジョン主が姫君も召喚したのでしょうか。」
『理由はわからぬ。俺が誰かに滅ぼされてまた復活するたび、姫様もあの褥に蘇ってしまう。それも含めて我の呪いなのかもしれぬ。』
なるほど。理由はわからないが、デュラハンが蘇るたび、同じ光景が作り出されるのか。彼が言ったように、このデュラハンの呪い要素のひとつが、姫様なのだろう。
『さあ、はやく姫様に安寧をもたらせ。』
「わかりました。ちなみに師匠、貴方は地脈に戻ろうとは思わないのですか?」
『俺は自身に呪いをかけた。あの時の憎い魔族は全員屠ることはできたが、まだ魔族を全滅させてはおらぬ。ゆえにまだ死ねぬ。』
「しかし、当時からすでに数百年、いや、千年は経っています。今は魔族も弱まり、エルフやハイエルフ、そして人族全体の敵ではありません。それでも全滅を望むのですか?」
『…。俺の、魔族を滅ぼしたいという望みは消えていない。だが俺は次第に力を失い、ダンジョンでしか存在できないほどになってしまった。ゆえに、今の俺は、俺の代わりに魔族を滅ぼせる人材を見つけ、技を伝授したいのだ。それが一番の望みとなった。』
「なるほど。わかりました。まだこの世に未練がある、というのですね。」
『そうだ。俺のことより姫様を…。頼む。』
「…わかりました。」
これ以上、デュラハンに昇天を説くことはできないだろう。
僕はそう判断し、シンハを連れて、姫様の枕元に立った。
杖の先に世界樹の葉を差しながら、姫様を見る。
骸骨の女性がエルフらしいこともわかった。細面で華奢な感じ。耳は骸骨なのでわかりにくいが、それでも生前は美しいひとだっただろうと察しがついた。
「師匠まで祓ってしまうといけないので、少し離れていてください。…では、参ります。」
僕は杖を横に構える。シンハは僕の傍でお座りの姿勢。
「イ・ハロヌ・セクエトー。世界樹よ。命の源よ。我が名はサキ・ユグディリア。世界樹の恩寵賜いし者なり。ここにおわすは大古王国の姫君。哀れにもいまだに昇天叶わず、現世におわす。何卒、慈悲をもって、姫君の未練を断ち、世界樹の元に迎えたまえ。イ・ハロヌ・セクエトー。レ・ミスルヤーレ・シューメリェース…。浄化!」
高度な呪文は、僕の場合、いつも臨機応変だ。浄化がいつも同じ文言とは限らないし、浮かんだ言葉を唱えたほうが、効果が高いことが多い。
僕と杖から強く明るい光が放たれ、かの姫を包む。
すると、骸骨だった姫はみるみる昔の美しい姿を空中にあらわした。
『おお!姫様!』
姫がデュラハンの呼びかけに振り向く。だが悲しげな顔をした。
『リヒターですね?』
『はい。姫様。』
『首は、何処に?』
『こちらに。』
と抱えた兜のバイザーを上げた。
目だけが見えたが、真っ白な目。魔物だからだろう。
『ああ。おいたわしや。剣聖の誉れ高き貴方が。…私のせいですね。あの時、私がむざむざと魔族に捕らえられ、殺されたが故に。貴方がそのような姿に。』
『私のことなどよいのです。姫様、どうか世界樹の元へお旅立ちください。私もほどなく参りますゆえ。』
『一緒には来てくださらないの?』
『すみませぬ。私にはまだやるべきことが。』
『…。』
『こうして再びお話ができてよかった。少年よ。姫様を。』
「…。わかりました。」
『…。世界樹に愛されし子よ。どうか私の剣聖にも、祝福を。』
「はい。いずれ必ず。」
『…さようなら。リヒター。会えてうれしかった。先に行って待っています。必ず、必ず、来てくださいね。』
『は。』
僕は光を強くした。
すると、姫君の幻は光に包まれ、やがて光の粒になって昇天していった。
寝床には、もう誰の姿もなかった。
『礼をいう。少年。いや、サキと言ったな。』
「はい。」
『姫様を、安らかに送っていただき、感謝する。』
「はい。ですが、師匠。私は姫様とも約束してしまいました。なるべく早く、貴方をお送りすると。」
『…。私を早く送りたければ、其方が早く強くなればよい。それだけのことだ。』
そんなムチャな。
『今日からこの城に住め。さすれば早く稽古ができる。』
「いや、さすがにそれは。なにかと準備もございます。」
『では明日からだな。待っているぞ。』
「え、いや!お待ちください!師匠!!…あー、消えちゃった。シンハどうしよう。」
『もう遅い。明日から来るしかないだろう。』
「えー。」
翌日から、僕とシンハはしぶしぶ30階層の古城に寝泊まりすることになった。
亜空間収納があって良かった。
家にとんぼ返りした時、シルルと一緒にたくさん料理をつくり溜めしてから、ダンジョンに潜った。皆にも心配かけないよう、しばらくダンジョンに潜ると言ってきたから、1週間くらいは大丈夫だろう。
結局、僕とシンハは2週間、デュラハン師匠と稽古をした。
というか、最後のほうは、シンハまで攻撃に加わって、僕をコテンパンにしてくれたぜよ。ぶう。
2週間後。
『まだまだお前は未熟だが、ひとまず訓練はこれで仕舞いとしよう。俺を倒せ。さすれば次の階に行けるだろう。』
「え、いや、姫様と約束しました。貴方を昇天させると。」
『そのことだがな。もう、俺は半ば昇天している。』
「へ?」
『お前と剣を交えるたび、俺はどんどんお前の聖属性に侵食されていたらしい。』
籠手を取ってみせる。たしかに、彼の肌は、もうかなり透けていた。
『不思議に穏やかな気分だ。サキよ。最後の祈りを、頼んで良いか。』
「わかりました。姫様のもとへ、お送りしましょう。」
『うむ。お前に会えて、よかった。ありがとう。お前にはもう、何も教えることもない。あとは実戦を積むだけだ。これにて、免許皆伝とする。』
「は!」
『これをやる。』
と師匠から、ミスリルと金でできた腕輪をいただいた。
内側に「我が心を其方に預ける」「我、常に御身とともに」と刻んである。
『それは、姫様からいただいたものだ。最初の文言は姫様が。2つめは俺が刻んだ。』
「そんな。愛の証ではありませんか。そんな重たいもの、いただけません。」
と僕は言った。
『よく見ろ。俺の腕にはちゃんとある。』
透けた腕に、透けた腕輪があった。すでに、師匠を構成する一部となっていたのだろう。
『お前には、その二つの言葉を、俺の言葉としてお前に贈りたいのだ。』
「…」
「我が心を其方に預ける」「我、常に御身とともに」という言葉を。
『お前が、俺とは魔族に対する考え方も、接し方も違う事はわかった。だが、それならそれで、しっかりと、自分の思うとおりに行動すればよい。
俺の代わりに魔族を全滅させろとは、もう言わない。むなしいだけだと、今の俺にはわかる。』
「…」
『俺は見ている。いつもお前の行動をな。そして、お前が剣を振るうとき、俺の剣は蘇る。お前が必要なときは、俺の剣を思い出せ。さすればきっと、剣はお前を守るだろう。』
僕はありがたく腕輪をもらった。
それから、僕は姫様をお送りした時と同じように、祈りを捧げ、浄化で彼の呪いを解く。すると、デュラハン師匠は穏やかな光の粒になって消えていった。
粒になる直前、最後に、ようやく本当の姿を見せてくれた。
予想通り、凜々しくて美しい、若いハーフ・ハイエルフだった。
どうか次に生まれる時は、お二人が夫婦となりますように、と僕はさらに祈った。
僕は僕のやり方で、魔族と付き合っていくつもりだ。
それは師匠が僕と念話出来るようになって、師匠に何度も伝えたことだ。
今はもうそんな時代じゃない。僕は魔族を討ち滅ぼしたりしない、と。
師匠は激怒するかと思ったが、意外に冷静だった。
『そうか。お前の思う通りにせよ。其方は聖人ゆえ、我とは考え方も異なる。』
と言ってくれた。もう、半ば呪いも消えかけていたのだろう。…いや僕聖人じゃないけど。
「はあー、シャバの空気は美味しいねえ。寒いけど。」
ようやくダンジョンを出た日。僕は外で大きく深呼吸をしてそう言った。
なんとか年末の「感謝休日」までに、ヴィルドに戻ることができた。
良かった良かった。
魔物にも歴史ありなのですね。
デュラハンのお話でした。
次からは、サキにとっては初めての、ヴィルドの年末です!