236 大寒波の中の日常
「風の原」から戻り、冬支度をわたわたとやっているうちに、晩秋はあっという間に終わり、本格的な冬がやってきた。
11月の終わり。
僕は小さな「マジックバッグ」を作ることに成功した。
それは、我が家の図書室にあった古代魔法書を紐解き、かつ、ダンジョンでゲットした実際の「マジックバッグ」を解析し、ようやくできたものだった。
ちなみに、亜空間収納内で、「マジックバッグ」の複製は出来なかった。
鹿革でできた袋の裏側に魔法陣を描く。それには、誰が持ち主か、容積はどれくらいにするか、などを限定する呪文を書き込むのだ。それから、亜空間収納!と念じる。すると、容積や持ち主を限定した亜空間収納ができるのだ。これすなわち僕オリジナルの「マジックバッグ」である。
試作品は、小屋一つ分の容積にしてみた。すると、シルルやシンハは楽勝で使えるが、ゲンさんは開けられたけれど、容積は大型チェストで5つ分だけに変化していた。どうやら保有魔力量と関係するらしい。ユリアにも協力してもらったが、チェスト3つ分だった。それでも、ユリアの年齢やこれまでのいきさつを考えれば、結構な保有魔力量である。容量も、チェスト3つ分なら使いではあるだろう。
協力してくれたゲンさんにはそのまま進呈し、ユリアの分は一旦引き取って、翌日、可愛いウエストポーチに変更してプレゼントした。
ついでに中味もちょっと入れてある。えへへ。
「(中にちょっとしたプレゼントもいれてある。狩りの成果なんだ。すっかり遅くなっちゃって、ごめん。)」
「(え、でも…。)」
「こほん。(たいした物じゃないから、気にしないで。早く仕舞って。恥ずかしいから。)」
ここはカウンターなので。
ユリアが慌ててカウンターの下に仕舞った。
「(中味はなんなの?)」
と念話で聞くので、
「(寒い時に使うものだよ。)じゃあね。薬草取り、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気をつけて。シンハもね。(サキ、プレゼント、ありがとう。)」
「(どういたしまして。)」
あとでユリアがそれを開け、プレゼントを見て驚いた。
この冬、王都の貴族の間で大流行の、真っ白な魔兎の毛皮でできた、帽子、手袋、襟巻の3点セットだった。まともに買うと、最低でも10万ルビ(100万円)はするだろう。それほど上質のものだった。
もちろん、サキが自分で森の奥で狩り、自分で作ったお手製のものだから、ほぼタダなのだが。
「マジックバッグ」のウエストポーチでさえ、購入すると最低でも30万ルビはする。しかもとても美しい逸品で、容量もたっぷりだ。
「(サキったら…。とても全部一緒には使えないわ…。盗まれたり、妬まれたりしちゃいそうだもの。でも。ありがとう。)」
そして、大寒波は、12月にはいるなり、すぐにやってきた。
コーネリア様に嘘吐きと言われずに済んだ。
それくらい、しっかり「大寒波」だった。
「大寒波」の前に、ユリアに毛皮の小物をあげられて良かった。
まだ12月の始めだというのに、もう雪が降り始めたかと思うと、そのまま4日間、吹雪だった。
ヴィルドの街はすっかり白くなっただけでなく、すでに足が隠れるほど雪が積もった。
気温も氷点下が続く。
でも、貧民街でも薪が足りなくならないよう、食糧がなくならないよう、辺境伯はさまざまに配慮し、なんとか凍死者や餓死者を出さずに済んでいる。
守備隊や辺境伯の騎士や兵士たちも、あちこちの道路の除雪をしている。
冒険者ギルドでも、雪かきが仕事の一つとして貼ってある。
なかなか受け手がいないのが普通だが、今年は特別に辺境伯から上乗せが出るというので、意外に人気の依頼となっていた。
さらに元気のある冒険者には、「ジオのダンジョン」は冬も大人気だ。
特に、季節知らずの1階層や2階層だけでなく、火山のある層とか、わりと暖かな森の階層などは人気らしい。
ダンジョンで食糧調達ができる事も、街の人にとっては大切だ。
燃料さえあれば、食材は冒険者が獲ってくるから、暖かいシチューや串焼きが食べられる。
野菜はどうしても少なくなるが、それでも1階や2階層で、食べられる野草を採ってくれば、豊かなシチューやサラダが食べられる。
いや、燃料が心許なくなれば、いざと言う時はダンジョンで木を切ってくることもできよう。
それほど「ジオのダンジョン」は、ヴィルドにとって重要な場所なのだ。
僕とシンハは、街なかのあちこちで雪かきや雪溶かしの依頼をこなしていたが、今日はぬくぬくの暖炉の前に陣取って、シンハをブラッシングしながら、そろそろダンジョンの続きをやろうか、という相談をしていた。
「50階は龍がいる、という話は聞いたけどさ。どこまでやろうか。」
『当然、行けるなら50階までだろう。』
「うー。やっぱり?」
『当たり前だ。俺たちは黒龍を倒したんだぞ。龍の1匹や2匹、恐れることもあるまい。』
「いやだって、あれはかなりラッキーだったというか。たまたま氷剣がさ、火龍の黒龍にとっては最悪の相性だった訳だし、雷もよく効いたから。」
『謙遜もほどほどにな。俺が言いたいのは、もっとお前の実力を上げておかないと、危なっかしいということだ。』
「う。」
『考えても見ろ。魔人が出た時、我々もそう余裕のある戦いではなかったぞ。俺はもっとお前が強くならないと、不安でしょうがない。まだ毒針魔狼の件だって、解決していないのだからな。どんな敵が現れるか、心配だ。』
シンハの言うことはもっともだ。
僕もシンハも、毒針魔狼や変異種のゴブリンキングらは、誰かによって「魔改造」されたのではないか、という不安が拭えない。
『さっさと50階まで行くぞ。』
「あー実は僕、その前に行きたい階があるんだよね。」
『どこだ?』
「30階。デュラハンがボスのところ。」
『ふむ。』
デュラハンとはアンデッドの一種で、首から上のない騎士だ。そして頭は、いつも手にしている兜の中だ。
この世界では、アンデッドはたとえば骸骨でも、心臓を突き刺す(ただし貴重な魔石が壊れる恐れがある)か、首を刎ねて頭と胴体を分離すれば、討伐完了だ。だがデュラハンの場合は、頭が最初から離れているから、首を刎ねるという選択肢はない。ただし、心臓は有効だし、頭を燃やすなりして大きなダメージを与えれば、討伐となる。
「デュラハンの剣術が相当良いらしい。以前シンハも言ってたじゃないか。剣聖ウルはどこぞのダンジョンで、デュラハンに稽古をつけてもらっていたって。僕でどれだけできるか解らないけどさ。ウル流を試すにはいいかなと。」
『たしかに。剣術修行にデュラハンはいいな。だが剣聖ウルならいざ知らず、お前ごときのへっぽこ剣術でデュラハンが倒せるとは思えん。甘く見ると命を落とすぞ。』
「う。(言いたい放題だな。)もちろん、バリアはかけたままで戦うよ。この世界では生き返るということはないだろうからね。それに、ここのデュラハンは、冒険者を気に入ると、稽古をつけてくれるっていう噂だよ。」
『筋がいいとか、鍛えがいがあると見込まれれば、だろ?それは此処に限らず聞いたことがある。デュラハンは剣術使いに対しては面倒見がいいと。』
「じゃあ、此処に限らず、この世界のデュラハンの特徴なんだね。」
『まあそうだな。』
「ますます楽しみ。」
『まったく。31階から35階まではボスがさまざまなワイバーンだ。俺はそっちに興味がある。』
「ふふ。結局ワイバーンを狩りたいんだ。ぶれないねえ。」
『お前だってワイバーン肉は好きであろう。』
「まあ否定はしない。わかった。まずはとにかく30階を目指す。余力があれば31階以上まで行くことにしよう。それでいい?」
『お前の修行というなら、いいだろう。付き合ってやる。』
「ありがと。」
来週にはダンジョンに潜ろうと決め、今週は薬草採取や薬の納品に精を出す。
相変わらず大寒波は続いているが、雪が晴れる日だってある。
ヴィルドにはクリスマスもお正月もないのかと思ったが、年末年始の休日はあるようだ。
年末3日間、年始3日間。って、結局、ほぼ日本と同じ感じ?
この年末年始のお休みは、「感謝休日」というらしい。
その6日間は、家族水入らずで過ごす。
家族のいない奴は、仲間達と飲んで暮らす。
食堂や商店はかき入れ時だから、基本休まないけど、元日の1日だけは、「世界樹に祈りを捧げる日」として、教会以外はすべてお休みだ。
そして年明けの2日と3日に買い物をすると、ちょっとしたおまけをくれるそうだ。
押し花のしおりとか、岩塩1塊とか。小さな魔石1個くれるところもあるらしい。
規模は違うが、これも日本の「初売り」を思い出させた。
「年末年始はどうするの?」
ギルドでユリアに、薬草の依頼受注の手続きをしてもらっていると、そう聞かれた。
「えーと。29日はサリエル先生のところの、今年最後のお手伝い。30日は、マーサさんのところで、パーティーをやるって。テッドさんから誘われてる。それから1日は、一応教会、かな。」
「そう…。忙しそうね。」
なにか言いたそうだ。
「実は…大晦日に、年越しパーティーを家族でするんだけど…。どうかなって思ったの。でも…連チャンになっちゃうわね。」
ああそれで遠慮したのか。
「シルルも連れて行ってもいい?」
「!もちろん!」
「じゃあ、お呼ばれしよっかな。」
「わかった!おかあさんに言っておくわ。」
ぱあっと笑顔になった。まぶしいくらい、いい笑顔だ。
「あ、お料理は、持ってこなくて大丈夫よ。」
「なんか持っていくよ。僕も作りたいから。」
「ふふ。わかった。」
「なにかリクエスト、ある?」
「うーん。あ!プリン・ア・ラ…あーでも、高いわ。材料費が。」
「気にしないで。実は、材料はどれもほとんどタダで入手できるから。」
「そうなの?本当に?相変わらずサキってナゾね。」
「そうかなあ。」
と話していると
「こほん。なんだか楽しそうですね。」
とカークさんがちゃちゃを入れてきた。
「幸せな家庭持ちには関係ない話デス。」
「おや。お邪魔虫でしたか。失礼。」
と言って、ユリアがちゃんと仕事をしているのだけは、ちらと確認して離れていった。
「あれは仕事をしなさいってことね。ごめんなさい。」
「ううん。こちらこそごめん。じゃあ、その話はまたあらためて。行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。寒いから、気をつけてね。」
「はーい。」
「シンハもね。」
『うむ。行ってくる。』
前足をカウンターにかけてそう言うと、ユリアが頭を撫でてくれる。
今日もそうしてもらって、シンハの尻尾はうれし気に揺れていた。
ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていると
『うれしそうだな。美少年。』
「またそうやってからかう。オヤジくさいぞ。シンハ。」
『ふん。うれしいのはいいが、門を出たら気を引き締めろよ。いくらそこいらの草原だって、危険がないわけではない。』
「わかってるよ。注意する。」




