222 秋の一日 後半
今日は西よりの森に行くけれど、出るのは北門。
もちろん、街の西門から出ることもあるけれど、それはかなり西へ行く場合だけで、「西より」ならやはり北門からになる。
そこから斜め左に草原を突っ切っていく感じだ。
北門通りでは、ドライフルーツやサンドイッチ、串焼きなんかが売っている。
これから狩りに行こうという冒険者達は、匂いの強い串焼きは普通は買わない。
余計な魔獣が寄ってきたりするのを防ぐためだ。
買うのは僕と同じように、亜空間にものを収納できるバッグ、マジックバッグ持ちだけだ。
串焼きは、だいたい夕方、帰り道で買う冒険者が多い。
「シンハ。お昼に食べたいもの、なにかある?」
『ワイバ』
「ワイバーン以外ね。」
『むう。何故だ!』
「僕が飽きたの。あ、オークの串焼き、美味そう。フルーツソース掛けだって。珍しい。工夫してるんだな。」
オーク肉や野菜に甘じょっぱいタレを付けて焼いたもののようだ。
今日はコレにしよう。
お弁当を作って持ってくることもあるし、その場で手持ちの材料で作ることもあるが、今日はこのジャンボ串焼きをバゲット風なパンに葉物野菜と一緒に挟んで食べよう。
これならシンハも大丈夫だろう。
「ほら。これなら美味しそうだろ。」
『むう。確かに。いい匂いだ。』
「おじさん、これ、新作?」
「おう。サキか。そうだよ。ソースの隠し味に果物を使ってみたんだ。うめえぞ。」
と言って、試食用に肉を串から2個外してくれた。
1個はシンハ用。熱いので、僕が魔法で少し温度を下げてから食べさせる。
「(どう?)」
『うむ。…合格だ。多めに買っておけ。』
「(ふふ。了解。)じゃあ、今焼いてる8本、全部ください。」
「まいど!相変わらず買いっぷりがいいねえ。」
「あはは。相棒が大食漢なので。」
気に入ったものは多めに買う。小腹が空いた時でも食べられるように。食べるのは別に今日でなくていい。いつでもほかほかを食べられるからね。
「いつもごひいきに。ありがとな。シンハさま。…こいつはオマケだ。」
脇にあったホルストックのサイコロ焼きもオマケに付けてくれた。
「わあ。ありがとー。」
「ばう!」
シンハもうれしそうに尻尾をふりふり。
「行ってきまーす!」
「気ぃつけてなー。」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、北門へ。
多めに買ったから、帰ったらシルルにも食べさせてあげよう。
最近は、シルルも食への探究心が旺盛で、この隠し味はなにかを考えながら串焼きを食べていたりするんだ。
北門には大抵、テッドさんかケネス隊長がいる。
守備隊の本部が北門脇にあるからだ。
「よう、サキ。今日は割と早えじゃねえか。」
とテッドさん。
「おはようございまーす。」
「ダンジョンじゃねえのか。」
「今日は森。西のほう。ウィスプとコボルト退治ですね。」
「ああ、ウィスプか。確かに、最近、目撃情報が多いな。森の奥から風に乗って流れてきているらしい。」
「季節的なものなんですかね。」
「それもある。だが今年はなぜか異常に多い。奥の渓谷で、なにかあったのかもしれん。」
ぎく。
奥の渓谷って、例のやさぐれ古代魔法使いがいた所。
僕が浄化しまくったせいで、アンデッドが住みにくくなったのは事実だ。
だが秋になるまで特になんともなかったのに、季節風のせいで、生き残ったウィスプたちが、こちらまで流れてきたらしい。
そう考えると、少し責任を感じる…。
「聖魔法なら仕留めやすいわな。だが無理すんなよ。」
「はあい。」
今日一日でダメなら、また来ることにしよう。
「行ってきまーす。」
「おう。」
北門を出てから、西に向かってナナメに草原を進む。
道でないところは、ヘビやカミツキトカゲに注意だが、僕達には関係ない。
僕はバリアしているし、バリア無しでも大丈夫な装備だし。シンハは何かいれば察知できるし。ああ、僕もちゃんと索敵しているよ。
「ねえ、シンハ。ウィスプが出始めたのって、渓谷の瘴気を、僕が浄化したせいだよね。」
『まあ、無関係ではないだろうな。だがさっきテッドが言ったように、直接の原因は季節風だ。それで今頃、奥地から流されてきたのだろう。』
「うう。瘴気、祓わないほうが良かったのかなあ。」
『馬鹿を言うな。瘴気など、ためていたらマンティコアのような奴が発生しかねん。あれは祓って正解だったのだ。』
「そう?ならいいけど。」
『ふん。聖魔法の練習にちょうどいい。じゃんじゃん祓ってしまえ。』
「はーい。」
とシンハに正論で慰められつつ、僕は草原を歩きながら、時々薬草を採取。
秋の草原は、昼間でも虫の声でうるさいほどだが、僕たちが近づくと、虫たちもさすがに鳴きやむ。
『おい、そろそろ走りたいぞ。』
「うん。行くか!」
『おう!』
ということで、周囲に誰もいないのを確認した上で、あとはシンハと併走でハイスピードで草原を突っ切った。
『お前もなんとか俺の全速力についてこられるようになったな。」
「まあねー。秋の風が気持ちいいや。」
などと話しながら走ると、あっという間に森の手前まで来た。
「そう言えば、このあたりの森は初めてだな。国境の川はまだ遠いよね?」
水音も、水のにおいもしない。
『ああ。まだ結構先だな。このあたりはおそらく、ヴィルドの平民たちもあまり来ない。馬車も通らないから、冒険者しか来ないだろう。』
「それかアンデッド。」
『まあそうだな。盗賊も、おそらく東の街道沿いとかしか行かないからな。』
「昔は、帝国から密入国しようとか、無断出国しようとか、やりたい放題だったようだね。今は騎士団が巡回しているそうだけど。」
『そうらしいな。昔は人さらいが、時折こちらから帝国に、獣人や人間の子供を密輸出していたようだ。辺境伯がきっちり退治して、抜け道も岩壁で塞いだらしい。』
「それはいつ頃?」
『先代の辺境伯くらいの頃だ。だがきっと先代の辺境伯もコーネリアだろう。』
「そっか。為政者も大変だね。」
僕はエルガーさんの話を思い出していた。
ずっと16才くらいの姿で、年齢も、名前も偽って、この地を治め続けている…。
実の父親は存命らしいが、ほとんど留守らしいし。
きっと寂しくて、静かな日常で、でも陰謀満載の貴族社会で生きている…。
考えると少し胸が苦しくなった。
貴族でもない僕なんかが出来ることは、せいぜいネリ嬢の友人として、楽しい話題を提供したり、珍しいものを披露したりすることくらいか。
『森の右奥に、小型の魔獣が数匹いるようだ。コボルトかもしれん。』
「うん。僕も感知した。静かに行こう。」
『おう。』
今は、狩りに集中しよう。
その日、結局僕とシンハは、予定通りコボルトを10匹と、ウィスプは多めに30体ほど倒し、カノコ草50束、エンメイダケ20個もギルドに納めた。午後3時前だった。
そして、自分用に採っておいたカノコ草とエンメイダケで睡眠薬を作ってみた。
初めて作ったが、結構上手くできた。
夕食前にシンハと風呂に入り、食事はシルルと一緒にシチューを作る。今朝の串焼きも出してシルルにも食べさせたり、デザートには巨峰のような大きな実の葡萄を食べた。
そして寝る前までは防音をして、ヴィオールの練習。
ジェローム先生から送られてきた楽譜を一通り弾いてみて、気に入ったものは何曲か繰り返し練習した。
異世界でもらったこの体はかなり器用で優秀らしく、曲によっては数回の稽古で人様に聞かせられる程度まで弾けた。地球ではあり得ない上達速度だ。これもチートの一環だろう。それでも、ヴィオールは難しい。気を抜くと、すぐに音程が不安定になるから、今後も油断なく練習を続けよう。
それではそろそろおやすみなさい。
おっと。ちゃんと寝る前には瞑想をして、魔力回しもするよ。
ではまた明日。
シンハもおやすみー。




