218 辺境伯邸 騎士たちとのやりとり
辺境伯邸で特許や「エキス」の話をした翌週。
僕は再び伯爵邸へ向かっていた。コーネリア様から呼び出されたからだ。
今日は徒歩である。
僕の家「北麓の屋敷」からは、歩いて10分くらいで辺境伯邸の門に着く。だがそこからさらに玄関まで5分以上かかる。
今日の訪問の目的のひとつは、アラクネ糸や布を売買するにあたって、商人を紹介したいとのこと。
そしてもう一つは、特許の申請の件だ。
すべてを同時に申請しようとすると、すっごく目立つということだった。
それくらい、僕の料理やトイレ、スライムゴムなどなどは、どれも画期的なものらしい。
なので、最初はレシピを書けばよい、パスタ料理、アイスクリーム、プリン、マヨネーズの4つだけとし、次にトイレを申請予定。スライムゴムやスライムを使った接着剤は、さらにそのあと、様子を見てということになった。
申請そのものは、生産者ギルドで行なおうと思っていたが、領主である辺境伯のところでも申請可能とのこと。今回は辺境伯自身が、料理に大変ご興味がおありとのことで、この際コーネリア様のところで特許を申請し、神様に認証していただき次第、すぐに料理は料理長に伝授して欲しいとのご要望だった。
もちろん、最初に伝授するということで、それ相応の対価はお支払いいただけることになっている。
最初に登録する料理系については、もともと地球にあったものだから、僕としては高額な謝礼は望んではいない。むしろ普及してみんなが美味しいものが食べられればいいと思うので、格安にしたい。
けれどトイレについては、発想は地球の誰かの発明だけれど、この世界用に魔法を駆使してアレンジし工夫しているから、そこのオリジナル性は少しは認めて貰いたいところだ。
いずれにせよ僕は特許利用の対価について、この世界の相場も知らないので、まあ辺境伯の言い値で承諾することになるだろう。
なお、コーネリア様用のトイレ1基だけは、エルガー執事長が我が家を訪れた翌日、すぐに設置した。あの衝撃の「僕は聖者」&「コーネリア様が第一夫人候補」の話が出た翌日である。
われながら、羞恥心はないのか、と言いたくなるが、いや、素晴らしい特注トイレを早く納品したい感が先に立ち、急遽ではあるが堂々と(?)辺境伯邸に設置工事に行ったのだった。
もちろん、コーネリア様は僕と執事長の話は知らないからね。いつものように笑顔で迎えてくださったよ。
だから僕も、これまで通りを装って、あとは取り付け工事に専念しました。
リサーチということで、女性としての使い心地なども、不具合がないか、失礼ながらこっそり教えていただけるよう、ミネルヴァさん経由で相談済。
コーネリア様用は、前世の日本仕様に最も近い、完全品。そのため、近づくと蓋が自動で開き、音楽が流れる。もちろん温便座で、ボタンを押すと適温のお湯が出てお尻を清め、さらにクリーン魔法で完璧きれいになる。
そして、便座から離れると蓋が自動で閉まり、水も自動で流れる水洗方式である。さらに再びクリーン魔法を使って、便座や便器を綺麗にするのでお掃除いらずである。
もちろん、細かい操作はボタンで手動でもできる。
この世界は魔法があるから、地球とは構造も異なる。
さまざまな魔法を駆使しているので、それだけ魔力の消費は大きいし、魔石をいくつもしこんである。
魔塔あたりが本気をだせば、きっと製作は可能ではないかと思うが、複数の魔法が仕込んであるから、それを適度な強度で、かつ魔法陣を正確&コンパクトに詰め込むのは結構難しいとは思う。
僕的には、この世界にある基礎的な魔法で組み上げたところがポイントだ。センサーは探知魔法、動力も魔力。電気も使わずに同等のことができるように作ったつもりである。
ただし、今後販売するとしたら、そこまで完璧なものではなく、蓋は自力で開けるとか、音は出ないとか、いくらでも経費削減できるだろう。魔石も、クリーン魔法を少しだけ使うなら、スライム魔石で十分な仕様に変更したいと思っている。
日差しは暖かいが結構ひんやりしてきた風を感じつつ、丘をぽくぽくと無言でゆっくり登る。秋から冬へ向かう景色を堪能しつつ、頭の中ではトイレに関して思いを巡らせながら歩いていく…って、なんか変かな?
メーリアとは毎日念話で話し、風の王女フューリの様子を聞いてはいるが、まだ少しリハビリが必要らしい。
ちょっと魔法をつかっただけで、ものすごく眠くなるようだ。でも「風の原」にはぜひ行きたいらしく、日々のリハビリは真面目にやっているそうだから、様子を見ているところ。
でも本格的に冬になる前に、決着をつけたい。
そんなことを考えていると、僕とシンハは伯爵邸の門にたどり着いた。
今日は先日同様、いつもの冒険者の格好。つまり普段着だ。
商談をするのに?と思われるかもしれないが、商人の前であの最高級アラクネ製品を身につけていると、きっとこれも、あれも、となるからだ。
もちろん、コーネリア様には以前から、普段着で来てかまわぬ、と言われているから問題ない。
今日は暖かいので、茶革のジレに白のシャツブラウス、そしていつものローブを羽織った姿。
ジレは表が鹿革製。裏にはこっそり黒龍の鱗を薄くして貼ってある。白いシャツブラウスは、アラクネ製。それにグレー系グラデーションのアラクネ製ストールを首に巻けば、晩秋の出で立ちとしてはばっちり。
ズボンは黒龍の革ズボン。それにいつものグレーのマント風ローブを羽織る。
靴は冒険者風茶色のワイバーン革ブーツ。内側にはこれにもこっそり黒龍の鱗を伸ばして貼り、剣で切りつけられても大丈夫なように、強化してあるけどね。
森に行く時は、肌着代わりに目の細かいミスリル製鎖帷子をさらに着こむけれど、今日はさすがにそこまでの武装はいらないでしょう。ソフト結界も張るしね。
辺境伯邸の門番は、下っ端兵士ではない。近衛兵が行なっている。それだけ格式が高いお城なのだ。門前にいる二人の近衛兵さんたちとはすでに顔見知り。金髪茶目がアルベルト・ラ・ロッシさん、緑髪で青い目がキリアス・フォン・ノワイエさん。アルベルトさんは男爵家の次男坊、キリアスさんは子爵家の三男坊らしい。どちらも魔法も剣も使う。二人とも騎士学校を出たエリートで、キリアスさんは副隊長だが、辺境伯家の近衛兵は少ないので、門番は隊長以外は全員ローテーションで行なっているらしい。
辺境伯家の騎士の制服は、王国でもオシャレな出で立ちだと有名らしい。
夏はブルー系、冬は黒系である。
この衣服制度を決めたのは、コーネリアの父君の時代だというから、ほぼ建国当初からなのだろう。王家や他の貴族家も辺境伯家を真似て、夏服と冬服を作ったとか。
噂では、常に王国と張り合っている隣国のアルムンド帝国さえ、この夏服冬服制度を真似たと言われているそうだ。
かっこいい騎士の制服は、子供達の憧れだ。
特にこの辺境伯家では、優秀であればエルフだろうと獣人族であろうと、そして平民であろうと、その出自に関係なく、実力で騎士になれる。辺境伯は王族の侯爵に次ぐ高位貴族なので、辺境伯の騎士達は、騎士爵とよばれる本当の騎士の爵位が貰え、末端とはいえ貴族と認められる。王国全体としては、人種による差別より、貴族か平民か、の区別がまだ厳しいが、この辺境伯家では、その垣根もほぼない。無いように、厳しくコーネリアが目配り、気配りをしてきたということだろう。
辺境伯の騎士達は、どの方も礼儀正しい。平民で冒険者の僕にも、きちんと会釈してくれる。
「こんにちは。冒険者のサキ・ユグディオです。13時半に辺境伯様と面会のお約束があって参りました。」
「は!いらっしゃいませ。」
びしっと敬礼してくる。
でも二人とも犬好きらしく、シンハをちらちら見て、目が優しくなっている。
「お話は伺っております。どうぞ玄関までお進みください。」
と緑髪のキリアスさん。辺境伯家の近衛隊のみなさんは、誰もが凜々しいのだけれど、この方、特にカッコイイんだよねー。なんか優しげで。きっと王都ではモテるんだろうなあ。
そして門脇の詰所から、三人目が顔を出す。
あれ。隊長さんだ。お名前はたしか…レクシス・ド・ガイヤールさん。栗色髪に白髪がまじり、お髭を生やしている。近衛隊長だから背が高くて壮年でも格好いい。
「ようこそ。シンハ様もようこそ。」
「ばう。(『うむ。』)」
あれ。右手を胸に当ててお辞儀された。きっとシンハがフェンリルだと知っているんだろうな。「様」付きだもんなあ。
「ただの犬ですよ。隊長さん。」
とこそっと言ってみる。
すると、こほん、と咳払いして、
「そうでしたな。」
ととぼけた。
「どうぞお通りください。」
「ありがとうございます。」
隊長さんに会釈して別れた。