211 辺境伯と面談 特許のこと
翌日、昼すぎに辺境伯城へ。
「おう、よく来た!先日の新居の披露目は楽しかったぞい。またあのような集まりがあればぜひ呼んでほしいのじゃ。」
とコーネリア様は庶民のネリ嬢という役どころがいたく気に入ったらしい。
「それにしても、あれらの料理は圧巻だった。早くレシピを登録せよ。さすれば当方も堂々と料理長に作らせられる。」
「レシピを登録、ですか?」
特許の概念があるのは聞いていたが、レシピまで登録するの?と僕が首をかしげると、呆れながらもコーネリア様が教えてくれた。
生産者ギルドなどでレシピや発明品を登録すれば、3年間は保護され、誰かに商品化されても1割が登録した者に入るそうだ。魔法契約なので厳正なのだそうだ。
また、秘匿しておきたい部分は、3年後以降も秘匿でき、本人の許可により開示もできる、とのこと。
だが、レシピに関してはちょっと後ろめたい。先日作った料理はどれも地球ではよくある料理だし、僕以外の昔のひとが開発したもの。
僕はただ無性にかつての味が恋しくて、見様見真似とアカシックレコードを駆使して再現しただけなのだ。たしかに、素材や製法はこの世界に合わせて変化させてはいるが。
「僕の料理なんて大したものではないですよ。登録する価値なんかあるんですかねえ。」
というと、コーネリア様は真剣な目になって、
「なにを申しておる。どれもこれも、すごかったではないか。いろいろなぱすたもあいすくりーむもまよねーずも!どれもが商品価値が高い。今からでもすぐに登録すべきだ。」
とまじめに言われた。
エルガーさんにもうんうんと頷かれてしまった。
シンハにも
『お前は相変わらず自覚がないな。』
と呆れられた。
ちなみに「マヨネーズ」は、サラダに添えただけでなく、オードブルのディップや、タルタルソースに変形させて出したし、たこ焼きにも使ったので、コーネリア様には印象的だったのだろう。
「あと、あれもじゃ、トイレの装置もじゃぞ!」
ああ、あれですか。
「すぐにでも我が屋敷につけてもらいたい!最速でいつ設置できるかの!」
さっきよりもさらに前のめりだ。
これは他の招待客の女性達もそうだった。殺気さえ感じたくらいに。
「えーと…特許の登録って、時間が掛かるんじゃ…。」
と地球でのことを思い出して言ってみる。たしか類似品がないか調査してからでないと、認可されないはず。この世界では違うのだろうか。
「何を申しておる?契約の神が行なうのじゃから、その場で即登録できるぞ。」
あ、そうなんですか。
「普通、特許申請はどこぞのギルドで行なうのが一般的じゃが、領主邸でもできるのじゃ。なんなら早速今からでも…。」
「こほん。お嬢様。さすがにそれは。サキ様に図面やレシピを書くお時間も差し上げませんと。」
と執事長。
「おお、そうじゃったの。せっかちですまぬ。とにかく、いずれもとんでもないものであった。早う図面を書くなりして、登録せよ。」
「わ、解りました。トイレにつきましては、早速準備し登録してなるべく早く献上いたします。」
「いや、献上はしなくてよい。ちゃんと購入するぞえ。だが1基だけは登録より先に設置を頼む。あと、屋敷中に設置したいゆえ、数と場所はエルガーと詰めてくれ。」
「かしこまりました。」
それから登録すべき料理のレシピについて、コーネリア様だけでなく、エルガー執事長、ミネルヴァさん、ついでにシンハの意見も取り入れ、料理は、パスタ料理各種、アイスクリーム、プリン、マヨネーズの4つ。そして温水洗い装置付きトイレを登録することにした。
料理はレシピを書くこと。それから、トイレについては設計図ではなく概念図でよいらしい。厳密な設計図を書いてしまうと、逆に盗作されやすくなるそうで、今回は動力源を魔石とし、便座が暖かくお湯が出て洗うという発想が特許のポイントだという。そのため、図面は概念図だけでよいらしい。
地球であのトイレを発明した方、ごめんなさい。この世界仕様にアレンジした部分はオリジナルだけど。その分、この世界の衛生面に貢献しますので。
「料理のレシピやお手洗いの装置の概念図が書けましたら、ご連絡ください。」
と執事長。
「わかりました。」
「おうそうじゃ、せっかくだから、ライム商会長に会うとよい。登録する日に会わせよう。王都でも名の知れた商人じゃ。…まあ、ちょっと個性的だが…根は良い奴だし商人としての力量は確かじゃ。アラクネ布でも一役買ってもらう予定だからな。」
「ではそのように手配を。」
「うむ。」
と僕抜きでとんとん拍子に商談が進んでいる。
なんか、ちょっと個性的な商人さん、というところで悪寒がしたのはなぜだろう。まあ、今は気にしないでおこう。
「えーと。実は料理よりも、以前からぜひ特許登録したいと思っているものがありましてー。」
「む?まだ何か発明品があるのか!?」
「はい。たぶん。料理やトイレより、いろいろな面で応用できて、皆様の生活にお役に立つもの、なのです。…試作品を取りだしてよいですか?」
「もちろんじゃ!」
ご許可をもらって、僕は亜空間収納ウエストポーチから、スーパーボールとゴム長靴を取りだした。
「これです。」
僕はそう言って、スーパーボールをぽんっと弾ませてみせた。
「お!?なんじゃそれは。やけに弾む玉だのう。」
「はい。これが素材を固めて作ったボールでして。スライムから作れるので、スライムゴム、とよんでいます。」
そう言って、スーパーボールをまた数回弾ませてから、エルガー執事長経由でコーネリア様にお渡しした。
「きらきらして綺麗じゃな。」
と言って眺め、それから自分でもおそるおそる弾ませてみる。
「ほう!ほう!とんでもなく弾む!だが、何故にこんなに弾むのじゃ?魔法か?」
「いえ、それが『ゴム』の特徴です。スライム液をグツグツ煮て、ある草の汁を加えると、ドロドロになってやがて固まります。一度固まれば、伸び縮みする固形物となります。水もはじくんですよ。」
僕はさらにゴム長を見せ、それからゴム引きした農作業用レインコートを見せた。
それから、試作品の馬車用の車輪も。これはゴムタイヤではなく、木製の車輪に獣革で作ったフェルトを貼り付けた従来品だ。ゴム引きしたフェルトを三重から五重くらいに重ねることで、弾力と丈夫さを維持している。
ゴムタイヤでもいいが、弾力がありすぎるのと、段階を経ないとおそらく敬遠されて取り付けてもらえないだろうという配慮から、従前の獣革フェルト貼りを基準に、ゴム引きを提案してみた訳だ。
馬車はサスペンションの改良も特許案件ではあるが、貴族の馬車は魔道具や魔法陣で揺れ軽減をしているらしいので、僕としてはまだ勉強が必要だ。だから今回はスライムゴムの製法だけの特許申請である。
「こ、これは…凄い。画期的じゃ!」
「まことに。さまざまな分野で応用できそうですな!」
とエルガーさんも興奮気味。
「雨に濡れないのは、素晴らしいですわ!」
とミネルヴァ嬢も目を輝かせている。
黄色い、地球ならどこにでもありがちな、農作業用のレインコートなんだけど…。
「草の汁を使うというのは、僕の知り合いからのアドバイスなんです。ものを固めるのに使うことがあると教えてくれて。だから、僕だけの発想じゃないんですけどね。」
と一応言い訳してみる。
「じゃが、スライムの液と合わせてみたのはサキなのじゃろ?ならば堂々と発明者を名乗って良いと思うぞ。」
とコーネリア様がフォローしてくれた。
「私もそう思います。サキ様は謙虚すぎますねえ。」
「いや、そんなことは。」
「ところで、『草の汁』と言ったが、なんの草なのじゃ?それは秘密なのか?」
「いえ、全然。僕としてはこのスライムゴムを、多くの人や商会に使ってもらって、新しい製品を作って欲しいと思っているので、公開しますよ。その草は、ベラン草です。」
「え!?」
「なんと!?」
「まあ!?」
三人がそれぞれオドロキの声を上げた。
「あのどこにでも生えている雑草のベラン草かえ?」
「はい。どこにでも生えている、どちらかというと邪魔者のベラン草です。」
「これは…ますます応用範囲が広がりそうですな。」
「そうなんです。スライムも捕まえやすい魔獣ですし、増やすことも容易。体液さえ採れればよいので、殺す必要もありません。
そしてベラン草もそのへんにある雑草。だからスライムゴムは安価にできるかなと。あーそれから、今思い出したんですが、スライムつながりで、膠スライム糊と偽漆スライム糊も、登録しちゃおうかなと。どちらも結構使える接着剤なんですよねー。」
と、僕があの開発した日々のことを思い出しながらつぶやくと、なんだか周囲がしんとなっていた。
いつも評価やいいね!ありがとうございます。
誤字報告も助かっております。
読んでくださった方の気分転換になれば幸いです。
これからもぽちぽち書いて行きますので、のんびりお付き合いください。