210 エリクサーの件と、シンハのテレポート実践
今日はシンハのテレポート実践も兼ねて、アラクネの巣前にやってきた。
門番さんに侍女長さんを呼び出してもらい、エリクサーを5本、とりあえず預けた。
「こんなに!?よろしいのですか?」
「はい。検討した結果、僕の作ったエリクサーなどは、魔獣にも特に副作用なく使えることがわかりました。
瀕死の重症の方には1本使いますが、今回ご相談の件なら、半分で大丈夫のはずです。その…「事のあと」に、夫君に飲ませて差し上げてください。
残り半分をツェル様もお飲みになれば、さらに御安泰かと。」
「そこまでご配慮くださるとは…。本当にお心遣い、ありがとうございます。」
「「種の保存」に関する疲労以外であれば、ツェル様の場合は、こちらの「特製上級ポーション」が効果があるかと思います。一般的な怪我やごく軽い疲労であれば、「特製中級ポーション」もよろしいかと。」
と言って、中級と上級各5本ずつをバスケットごとお渡しする。
「もちろん、どなたかお怪我された時には、中級、上級、ともに使えますよ。足りなければ、これらはわりとすぐに作れますので、気がねなく言ってください。」
「あぁ、何から何まで、ありがとうございます。…あの、お代は何でお支払いしたらよろしいでしょうか。」
「今回はエリクサーも含めお代は不要です。まずは「お試し」ということで。いつも何かといただいてばかりですから。
それにこれは、侍女長さんのツェル様への忠誠心に対する、僕からの感謝の意味もあります。一応、僕はツェル様のアルジ、でもありますから。」
「まあ…ありがとうございます。本当に。ご相談申し上げてみて、よかったですわ。」
「これくらいの事であればいつでも協力いたしますよ。それより、たびたび女王様を連れ出して、心苦しく思っております。すみません。」
「いいえ。陛下もサキ様にお会いするのはとても楽しそうですわ。…本当は、サキ様が陛下のご伴侶になってくださるとよろしいのですが…。」
「へ!?」
驚いてつい変な声が出てしまった。
「いいえ。なんでもありませんわ。独り言です。お忘れください。」
「あ、はい…。」
僕は気まずい雰囲気になる前に、事務連絡を告げた。驚いて吹っ飛ばすところだった。偉いぞ僕。
「こほん。えと、アラクネ布の販売の件は、今のところ順調に辺境伯とお話できています。近々、書類にして持って来れるかと思います。では。」
さりげなく、けれどそそくさと、僕はシンハを連れてアラクネの巣を辞した。
『どうした。顔が赤いぞ、美少年。』
「う、うるさいよ。肉焼いてやんないぞ。」
『シルルに頼むからかまわん。』
「ちぇ。そ、それより、せっかく来たんだから、森でのテレポート実験、始めるぞ。」
『おう。』
無理矢理話題を変えて、僕はシンハと森でいくつかのテレポート実験をした。
せっかく森の奥まで来たので、まずは二人で行ったことのある地点に、テレポートしてみる。最初は近いところから。洞窟前とか、湧き水のところとか。
それぞれがそれぞれの魔力を消費して一緒にテレポートすることは、すべて成功した。
「おっけー。じゃあ次は、もう少し遠く…。赤い山、行ってみるか。」
『サキ、もう俺の魔力がない。移動魔法は結構こたえるぞ。』
「そっか…。まずはこれ、飲んで。」
シンハに特製上級ポーションを飲ませる。これで魔力はほぼ全回復した。
「よし。じゃあ次はシンハが、場所だけを念じる。で「僕が僕の魔力を使って」、二人分テレポートする実験ね。」
『わかった。』
僕はシンハの首に手を添える。
「どこか念じてみて。僕の知らないところ。」
『うむ。』
シンハが念じたのは、赤い山ではなく、昆虫エリアらしい。僕の思念に映像が流れてきた。
以前、美味しいマンティスを仕留めた場所に近いようだ。だが、僕は行ったことがない場所だ。
そして次の瞬間には、僕達はシンハが思い描いた昆虫エリアに移動していた。
「やったじゃん!大成功。」
『ああ。』
「魔力の減りはどう?」
『問題ない。今回はほとんど減らなかった。』
「よっしゃあ!大成功!僕と一緒なら、結構遠くまで移動できるね。」
『そうだな!』
「ねえシンハ、一応聞いておきたいんだけどさ。」
『なんだ?』
「もしかして、マンティス、食べたくなった、とか?」
『ほう。よくわかったな。狩ってから帰るぞ。』
「あーやっぱり。ワカッター。」
まったく。食いしん坊なんだから。
それから僕達は美味しいマンティスを数匹仕留めた。もちろん足は、塩ゆでにしてさっそく食べた。美味ー。
休憩後、さらにもうひとつ、実験をする。
「今度は、「シンハが」僕の魔力を使って、イメージしたところに、僕を連れてテレポートする実験だよ。」
『む?お前がテレポート魔法を使うのではなく、か?』
「そそ。僕だけでなく、シンハも、僕を連れてテレポートできたほうがいいだろ?
たとえばとんでもない敵に遭遇して、僕は魔力はまだ多少あるけど体力がない、怪我して意識が朦朧なんて時は、シンハに運んでもらわないと。だから、「シンハが」、僕から魔力を受け取りながら、二人分テレポートするんだよ。」
『なるほど…。とにかくやってみる。』
「がんばれー!」
応援したのが良かったのか、シンハは一発でそれもクリアした。
もちろん、たっぷり、モフモフして撫でてあげたよ。
シンハの実験も一段落すると、「風の原」に行くまでの時間を、僕は僕自身のために、有意義に使うことにした。
朝夕に、剣術や武術など、体を動かす訓練をし、昼間は薬草から飲み薬や軟膏を作ったり。森にテレポートして、グラントたちにほぼ丸投げになってしまっている、畑の様子を見に行ったり、ヴィオールの練習をしたり。
魔法の勉強に関しては、図書室にあった「魔法陣300選」が結構面白い内容だったので、今はこれを中心に勉強している。でもこれ、かなり呪文に間違いがある。だから、少しずつ訂正している。
勉強に夢中になりすぎると、シンハにちょっかいを出され、それがいい気分転換になっている。
そうやって、数日を過ごした。
明日は辺境伯城に行く予定。
商談の契約の吟味、図書室見学、それからいただいた『光の牢獄』のことも言わねばなるまい。
「あ、そうだ。せっかくだから、コーネリア様にもブレスレットを作ろう。防御魔法入りなら喜ばれるだろう。」
と思いつき、小粒のピンクダイヤを使った細いブレスレットを作る。石以外の素材は金とミスリル。
アカシックによれば、銀はこの世界のヴァンパイアには全く問題ないが、迷信として銀が苦手と信じられているという。ミスリルも全く問題ない。むしろ魔力と親和性があるので、体にいいみたい。
細いものだから、他の宝飾品をつけても邪魔にならないだろうし、カジュアルにもフォーマルにも使えるだろう。
僕は、シンハと森の中を駆け回るのも好きだが、なにかこうやって、ちまちま細工物をしたり、薬を作ったり、鍛冶仕事をしていたりするのも、楽しいなと思う。
そういうところは、冒険者というより、生産者、なんだろうなあ。
『おい、そろそろ寝ないと、明日も寝坊するぞ、ねぼすけ。』
うっく。
「明日のために、コーネリア様にお土産作っていたんだよ。…出来たけど。」
『そうか。寝る前に、アレを弾け。今日はまだ弾いていないぞ。』
「わかってる。シンハ、最近お舅さんくさくなってきたよ。あれはやったか、これがまだだぞ、とかって。」
『ふん。なんとでも言え。俺は単に、お前のアレが聴きたいだけだ。お前が日課をサボろうがどうしようが構わん。俺が聴きたいから言っているだけだ。』
「はいはい。」
ということで。最近は夜の日課になっている、ヴィオールのレッスンだ。
もちろん、マーサさんの宿屋でやっていたように、結界を二重にして、外への音漏れはないようにしている。夜だからね。
聴覚も人間よりずっといいシンハだ。弾くと煩がりそうなものなのに、なぜか僕の下手なヴィオールを黙って聴いてくれる。
何度も、弾けないところを繰り返すというのに。
苦痛じゃないのかなあ。
「どうしてこんなヘタクソなのを聴きたいのさ。」
『お前は気づいていないのか?ヴィオールを弾く時、お前は魔力を垂れ流している。俺にはその魔力が心地良いのだ。お前のヘタな音楽を聴きたいわけではない。』
えー、さっきは聴きたいって、はっきり言ったくせに。
「ふうん。だったら耳栓してあげようか?魔力欲しいだけなら。」
とシンハ用のヘッドホンタイプの耳栓を持って近づくと、
『馬鹿!やめろ。ヴィオールが聴けないだろうが。』
「えー、だって、ヘタなの、聴きたくないんでしょ?」
『いいから!お前はいつものように、俺の傍で弾いていればいいんだ!』
「変なの。」
『お前はちゃんと上手くなっている。俺は、お前の弾くヴィオールが結構気に入っているんだ。まだわからんのか。このトウヘンボクが。』
シンハが小声でぶつぶつ言っているのを、調弦している僕はよく聞き取れなかった。
シンハって、ツンデレ犬だよね。