204 シンハと考察
風の王女は、メーリアからアドバイスを貰って、『光の牢獄』から自分を救った僕の眷属になりたいと言ってくれた。
無理しなくていいと言ったのだが、また誰かにしばられる前に、自分の立場を強くしたいとも言った。僕の眷属となり、僕に名前をつけてもらいたいと言ってくれた。
そこで、僕は彼女を眷属とすることを承諾し、フューリと名付けた。風音からの発想だ。
彼女はその名をとても気に入ってくれた。
「フューリのこと、しばらく私があずかってもいいわ。」
とメーリアが言った。
「目覚めてからまだ時間が経っていないし、いろいろ今の状況を教えてあげたい。この森での妖精の暮らし方も、教えたいから。」
いろいろとフューリにはアドバイザーが必要と、メーリアは思ってくれたようだ。
「うん。そうだね。フューリ、それでいい?」
「はい。はやく「風の原」に戻ってみたいでしゅが、此処で100年の間に何が起こったのか、またサキ様や皆様のことも知りたいと思いましゅ。メーリア様、どうぞよろしくお願いしましゅ。」
フューリは綺麗にお辞儀した。
ほう。見た目より大人なのかな?
「うん。きまりだね。メーリア、よろしく。」
「承りました。」
とメーリアも優雅にお辞儀した。
「うむ。メーリア殿、しっかり教育してたもれ。」
とビーネ様。
「あの、さっきは…ごめんなしゃい。驚いたりして。」
「よいよい。目覚めたら急に目の前に魔蜂がいれば、しかたないことぞ。」
と寛大にもビーネ様が許してくださった。
「此処にいるのはみなさんサキ様の眷属。いわば仲間です。気楽にしていいのよ。」
とツェル様は身を硬くしているフューリに優しく言った。
「ありがとうございましゅ。」
フューリもほっとしたようだ。
「じゃあ、また僕たちに仲間ができたことを祝って。花火、あげよう!」
「まあ!またあの綺麗な火の花が見れるのね。」
「サキ様、はやく、はやく!」
「はなび?」
「ああ、シルルははじめてだよね。湖の上の空を見てて。まもなくわかるから。あと、大きな音がするけど、びっくりしないでね。」
そして、僕はまた、花火をどどーんと何発もあげた。
最初はその音に驚いたシルルとフューリだが、すぐに慣れて、綺麗、綺麗、と見入っていた。
大きさが違うけど、なんか、幼児二人って、癒やされるよね。
シルルとフューリの歓迎パーティーをお開きにしたのはそれでも夜の10時頃だった。
フューリは当分、メーリアの傍で暮らすことになった。
僕やシンハはいつもの洞窟の棲家に行き、お風呂に入り、大きな石のベッドの上にふわふわ布団を広げていつものように横になる。
今日はシルルも一緒だ。
なんだか僕やシンハと一緒で、緊張もしていたが、すごくうれしいようだった。
だが、ほどなくすーすーと寝息を立て始めた。さすが幼児。
僕はなんとなく眠れず、というか眠るのが勿体なくて、星が見たくなってそっと外に出た。
するとシンハも起きてきた。
「眠れないの?」
『いや。お前が起きたからな。来てみた。』
「そう。」
シンハは僕のすぐ脇に座り、僕が撫でやすいように伏せる。
僕もシンハのぬくもりを感じながら、その毛並みを堪能する。
見あげれば満天の星空。
「綺麗だね。」
『ああ。』
「静かだ。」
『うむ。』
さやさやとおだやかな風が過ぎていく。
森の真夜中だというのに、なんというか緊張感のない僕たちだ。
まあ、此処は広く結界を張っているし、毒虫も飛んでこないと判っているから、こんなにものんびりできるのだ。仮に飛んできたところで、結界石がなくとも僕ははじいちゃうけどさ。
『光の牢獄』からフューリが解放されて、まずは良かった。
彼女のことはしばらくメーリアに任せておけば、大丈夫だろう。
ただ、風の女王がどうなったかは、調べないとな。
あとは…突然変異体のこと。
皆の話では、突然変異体は森産の自然発生的な魔物ではないということ。
ではいったい誰がどこで作り、そしてどうして森や森近くで見かけられているのか。
「シンハ、僕みたいにテレポートを使える奴って結構いるのかな。」
『いや、そうそう居るとは思えない。何人も居たら、さまざまな弊害が起きているだろう。』
「だよねー。」
『だが、魔法陣があれば移動はできるのかもしれんぞ。』
「あ、そか。」
僕は森のダンジョンにある魔法陣を思い出した。
「僕はあれを解読することでテレポートできるようになった。もし僕と同じように、魔法陣の文字を解読できたら、テレポートはできるよね。」
『どうだろうか。かなりの魔力量がないとできない。それに、魔法陣の文字は失われた古代語だ。だからこそ人間たちも読めぬ。』
「じゃあ、読めるのは?魔法大学の先生とか?」
『それも考えられないことはないが、まずは…魔族と、エルフだな。』
「魔族とエルフ…。」
エルフの魔術師ならテレポートくらいできるかも。寿命長いし学ぶの好きそうだし。シンハと一緒に居たレスリーさんは賢者と呼ばれるほどの魔術師だったわけだし。
「エルフはなんとなくわかるけど、魔族もテレポート、できるの?」
『人間よりは可能だと思う。魔族の種類にもよるが、寿命はおおむね人間より長いし、言語も古代語に似ているからな。なにしろ魔力が人間よりはるかに多い。』
「なるほどね。…でも人間社会に来ていないようだから、ほぼ居ないのかな?テレポートできる魔族。」
『かもしれんな。居ても魔族であることは隠しているだろうから、わからんが。』
「あーそうだよねえ。」
『魔族と言えば…ひとつ思い出したことがある。
かなり前になるが、俺は魔族の男に会ったことがある。東のある人族の町の中で見かけた。ほとんど一瞬だったが、瘴気に染まり、ぞっとする目をしていた。アンデッドかと思ったほどだ。そしてそいつは俺に路地裏に追い詰められると、目の前で消えたのだ。何か呪文を唱えて。』
「!消えた!?」
『ああ。今思えば、お前が使ったテレポートというやつだとわかる。それから数日で、その町は隣国に責められ、陥落した。ああ、隣国とは普通に人族の国だぞ。魔族の国ではない。
領主が領民を捨てて逃げたという話だったが、本当のところはどうだったのかわからない。ただ、あの時見かけた魔族が、何か動いたのだろうと思ったのを覚えている。確証はない。だが、俺の野生の勘がそう判断している。』
「…」
『滅んだのはその町だけだったしそれ以降、その禍々しい魔族にも会うことはなかった。だから、俺も忘れていた。』
「そうか。なるほどね。」
『ちなみに、魔族がすべて悪ではないからな。それは間違えるなよ。むしろ虐げられた可哀相な人々であることのほうが多い。この国には奴隷制度はないが、隣の帝国や東方の国にはある。俺は頭の角を折られた魔族の奴隷を見たことがある。死んだ魚の目をしていた。おそらく精神もおかしくなっていたのだろうな。酷い格好だった。』
「…やっぱりあるんだ。奴隷制度。」
『ああ。あれは見るだけでも胸くそが悪くなるな。魔族だけでなく、人間やエルフ、獣人族の奴隷もいた。何故あんなことをするのかいまだにわからん。』
「そうだね。僕もよく理解できないけどね。」
『人間がそういうことをしているのだ。悪意ある人間は、かなりいる。この間のように、魂が穢れた奴は、人間のほうが多そうだからな。』
「そうだね…。じゃあ、テレポートできるのは、魔族かエルフ、あるいは人間…いずれにせよ魔力がそれなりに多い魔術師、ということかな…。」
『魔術師に限定するのは危険だが、魔法語も理解できないといけないから、「お前程度には」魔法語が理解できる魔術師、が有力ということだろう。』
「むむ。「僕程度」という言い方が引っかかるけど…まあいいや。魔術師がまず考えられるってことだね。それも、「僕程度」だというなら、独学でなんとかなる程度に魔法が使えるヤツならってことだね。」
『まあ、そうなるな。ふふ。そういじけるな。「お前程度」に独学で浄化の雨まで降らせるヤツはそうそういないと思うぞ。』
「はいはい。…じゃあ、真面目な話、妖精と戦えたり、妖精を閉じ込められるほどの魔術師、となるとどうだろう。」
『それはかなり希有だろう。あの話では、風の女王に退治されたようだが、その戦いの中で、女王にも呪いを掛けたという。おそらくヤーノシュとかいう奴は、当時は相当優秀な魔術師だったのだろうな。』
「そうなるね。悪い方向に優秀な奴ってことだね。風の女王がその後どうなったのかも、気になる。」
『そうだな。』
そんな話をしているうち、だいぶ眠くなってきた。
「ふあーあ。さすがに眠くなってきた。そろそろ寝よう。」
『ああ。そうするか。シルルが起きた時、俺たちが居なかったら戸惑うだろうしな。』
「そうだね。…ああ、そうだ、明日はまずアラクネさんの巣に寄って、みんなにお礼を言ってパイを出して。それからビーネ様のところにも寄って何を植えるか聞こう。そして例の…「分蜂予定の原っぱ」に寄ってから帰ろう。なるべく花の種を持って。たくさん植えておきたいからね。」
僕は場所を言う時、ゴブリンの、とはいわなかった。
『…わかった。』
シンハは短くそう答えただけで、その件については何も言わなかった。きっと察したのだろう。
「おやすみ、シンハ。」
『おやすみ。相棒。』