203 風の幼女
僕は『光の牢獄』を手に入れたいきさつを話した。
「そうだったのですか…。サキ様、その子を牢獄から解放してあげることはできませんでしょうか。かわいそうですわ。」
とツェル様。
「もちろんそうしたいけど…どうすればいいのかなあ。」
「まずは呪いを祓ってみたらどう?ずっと眠り続けているのも、閉じ込められているというのも、呪いのせいでしょうから。」
とメーリア。
『浄化魔法だな。サキ、それがいいと思うぞ。』
とシンハ。
「なるほど。ハカセは?どう思う?」
「うむ。浄化がいいと思うホー。」
「判った。じゃあ、まずは浄化魔法を使ってみる。でもまさか浄化したら中の妖精さんまで浄化されちゃうってことはないよね。」
「それは気にしなくていいホー。」
「ええ。サキは気にしなくていいわ。」
とメーリア。
大丈夫、じゃなくて気にしなくていい?なんか、含みを感じるなあ。
「どうしてそう思うんだい?」
と訊ねると、
「サキの魔力はなんといっても世界樹と同じ波動。妖精にとっては善なる波動よ。もしそれを受けてこの子が消えたとしたら、すっかり瘴気に染まってしまっていたか、寿命だったかであって、何が起きてもサキのせいではないわ。」
メーリアさん、そんな恐いこと、言わんといて。
『俺もそう思う。その妖精をまず解放することを考えろ。たとえ人のような形が保てなくなったとしても、妖精は不滅だ。他の形態になってまた復活するだけだからな。』
いや、それは妖精にとって「死」ではないの?
「でも、自我は残らないんでしょ?新しく生まれ変わるとしても。」
と訊ねると、
『まあな。だがそれは運命というものだ。』
「サキ。妖精にとって、このまま牢獄に閉じ込められて眠り続けるよりはずっとましなの。お願い。解放してあげて。」
とメーリア。
「…。判った。やってみるよ。」
という訳で、僕はまず、浄化魔法を使ってみることにした。
杖を取りだし、ゆっくりと深呼吸して…。
「イ・ハロヌ・セクエトー…呪いよ、消えよ。浄化せよ。静かに。穏やかに。」
体内の魔力を両手に移動させ、空中からも魔素を取り込んで、少しずつ水晶玉に送り込んでいく。なるべくソフトに。それでいて呪いはしっかり祓えるように願って。
浄化は光魔法。ほわほわのおだやかな光から少しきらきらの強い光へと高めていって、水晶玉の中へと送り込む。
同時に、少し元気になるよう、ヒールも混ぜ込む。
どうか、無事に滅びたりせずに、目覚めてほしい。妖精ちゃん。
そう願いながら…。
すると。
水晶玉はやがてさらさらと砂のようになって崩れて消え、中で眠っていた妖精だけが大きくなって、僕の掌の上に残った。
そう、水晶玉に居た時よりはずっと大きいけれど、掌に乗るくらいの小ささ。グリューネたちよりも小さい。見た目も幼女だ。
気配から、僕もこの幼女が風の妖精だと確信した。
そして。
ふわーわ。
と大あくびをしながら、妖精ちゃんは、のどかに目覚めたのだった。
「目覚めた!」
『おお!』
「大成功じゃな。」
「やったぞホー。」
「…ん?此処何処?っていうか、あたち…何?なんなの!?こんなにいっぱい人がいりゅ…ひと?妖精?キャー!おっきいハチ!こわいー。」
「あらまあ。失礼な妖精ね。しつけが必要のようね。」
「まあまあ。ビーネ様。どうか穏便に。」
「まったく。妖精のくせに失礼にもほどがあるわ。私たち魔蜂に驚くなんて。」
「ご、ごめんなしゃい。魔蜂さんだったのね。」
幼女ゆえか、シルルと同じように幼児語だ。
「とにかく、目覚めて良かった。僕はサキ。痛いところとか、ない?」
「ないでしゅ。…って、人間でしゅよね。どうちてあたちの妖精語がわかりゅの?」
「まあ、いろいろ勉強したから。」
いつまでも掌の上に乗せておくのもアレなので、パーティーをしていたテーブルに、適度な小ささの木の椅子を出してあげて、腰掛けさせた。ついでにお水も小さなコップに出してあげる。
よほど喉が渇いていたのだろう。ためらいもなくごくごく飲んだ。
「ぷはあ!おいひい!」
メーリアが妖精ちゃんに声をかける。
「ふふ。「サキ様」の魔力水は、妖精には一番のご馳走よ。
貴女はサキ様に見つけて貰って幸運だったわ。サキ様は高価な宝物も貰えたのに、それを蹴って貴女が眠っていた『光の牢獄』を選んだの。そしてご自身の魔力で貴女を現世に戻してくれたのよ。
普通の人間なら、妖精は見ることもできないし、浄化の魔法も使えない。まずはサキ様にたくさんお礼を言わないとね。」
妖精は両膝をついて、祈るようなポーズで、僕に最大のお礼をする。
「ありがとうございましゅ。サキしゃま。」
「あ、そ、そんな、立って立って。こういうの、僕は苦手だよ。お礼の気持ちはありがたく受け取ったから。さあ、立って。」
僕は彼女のちっちゃな手をとって立たせた。
それから、長らく眠っていた彼女には少しずつ果物などの食べ物を与える。
メーリアが優しく声をかける。
「私はメーリア。水の女王よ。貴女、もしかして風の女王の娘じゃない?」
「はい!おかあしゃまは風の女王れす!」
「女王に会ったことが何度もあるわ。髪色とか目の色とか、お母様にそっくりね。」
薄緑の髪に薄緑の目だ。
「母に会ったことがあるのでしゅすか!?」
「ええ。いつも来るのは突然で。ふらりとこのあたりに立ち寄るの。」
「そうなのでしゅか。」
目覚めたばかりで大量に食べるのも良くないだろう。
王女にはこれまでのいきさつを話してもらうことになった。
以下は彼女が語った話である。
あたちは風の王女。
「はじまりの森」の片隅にある「風の原」で、おかあしゃま、つまり風の女王と一緒に平和に暮らしていたの。
「風の原」はとても綺麗なところ。花もたくさん咲いている草原だったわ。
あたちの住んでいたところは、魔族たちが暮らすところに近かった。だから時々、あたちはおかあしゃまに連れられて、魔族の町・エンハンスまで遊びに行っていた。
そんな時は、魔族の子供に成りすまして行くの。
おかあしゃまが得意な幻影の魔法を使えば、誰もあたちたちが妖精だとは見破ることはできなかったから、いつも安心して魔族の町を歩いていた。
人間の町にも行ったわ。もちろんその時は人間に変装していくのよ。
でもある時、私は悪い魔族に捕まってしまったの。
名前はヤーノシュ・ベランジェ。
ヤーノシュは魔族の中でも高位の魔術師で、人間は魔族が支配するべきだと主張する強行派だった。
あたちに人間たちを殺せと命じた。
あたちはそんなこと嫌だった。
だから必死に抵抗したわ。
でも奴隷の首輪をされたから、命令には逆らえない。
それでもあたちは、町は破壊しても人間たちに被害が出ないように必死に抵抗してがんばった。
あたちをヤーノシュから救ってくれたのは、おかあしゃま。
あたちを束縛していたヤーノシュを見つけ出し、おかあしゃまはヤーノシュを殺すことに成功した。ヤーノシュが死んだから、奴隷の首輪も消えたわ。
でも、ヤーノシュはおかあしゃまと対決する前に、あたちを『光の牢獄』に閉じ込めたの。
ヤーノシュは死ぬ直前、おかあしゃまにも何か呪いをかけたんだと思う。
だって、普段はとても大きなおかあしゃまの力が、ヤーノシュと対決して以降、とても弱まったのを感じたから。でもおかあしゃまはその受けた呪いについては何も教えてくれなかったわ。
綺麗だった「風の原」も、対決で荒れ果ててしまった…。力を失ったおかあしゃまには、「風の原」を元通りにする力はなかったみたい。
おかあしゃまは、この牢獄から出られないあたちを哀れみ、深い眠りにつかせてくれた。
あたちがいつかこの牢獄から解放することができるまで手元で守ると、言ってくれたわ。
でも…どうして此処におかあしゃまはいないのかしら。
きっと、おかあしゃまの身にも何か異変があったのね。きっとあのヤーノシュの呪いのせいで。
え?あたちはダンジョンで見つかったの?
そう…。
おかあしゃまは…どうなったのかしら。
心配だわ。
本当に。心配だわ。
これが、彼女が語ってくれた話である。
王女を取り戻した風の女王は、『光の牢獄』に閉じ込められた娘を救い出すことは出来なかったが、手元に置いて守っていたという。
なのに、ダンジョンで見つかるなんて。
きっとさらに何か良くないことが起こったのだろう。
「メーリアが風の女王に会ったのは、いつ頃のこと?」
「きっと、この子がその魔族に捕らえられるより少し前ね。風の女王はいつも此処まで遠出して来るの。私は基本的にこの湖から動かないから。でもふっつりと来なくなった。それ以降、会えていないわ。」
ってことは…少なくとも100年よりも前ってことだ。ああ、女性の年齢は聞かないことにしよう。嫌な予感しかないから。まあ、妖精だからね。いくつかはわからないよ。うん。
「シンハは風の女王のこと、何か知らない?」
『見かけたことはある。俺の母がまだ存命中だから、やはりその忌まわしい事件の前だろう。「風の原」でではない。森の中でだ。「風の原」には荒野になってから傍を通りかかったことはあるが、そういう事件のせいで荒野になったとは知らなかった。』
とのこと。
「女王は「風の原」にはいないかもしれないホー。」
とハカセが言った。
「ん?どうして?」
「あそこは、今は「風の宰相」が仕切っているホー。女王がいたら、女王が管理しているはずホー。」
「「風の宰相」?」
僕が聞き返すと、風の王女が反応した。
「おかあしゃまの一番の部下でしゅ。厳しくてあたちはよく怒られたから、あまり好きじゃない。でも、真面目なひと。
良かった。生き残っていたのね。では他のものたちも、「風の原」にいるのね。」
「かつての姿かどうかはわからないホー。かつての記憶を持っているかもわからないホー。ただ、「風の宰相」が仕切ってると聞いただけだホー。」
「そうか。ハカセ、ありがとう。みんなも何か思い出したら、教えてほしい。いつでもいいから。」
それでひとまずこの話しは終わりにした。