202 言い伝えと光の牢獄
「突然変異体って、そんなにたびたび発生するものなの?」
「まさか。 100年に一体とかよね。」
「そうね。それに凶暴だとは限らないわ。温厚な場合だってあるのよ。…それに、なんだか、誰かに造られた感じがしたの。」
とメーリア。
「え、造られた感じ…?」
「ええ。意図的に掛け合わされたというか…。サキはマンティコアを知っているわよね。」
「うん。でもあれは、魔素と瘴気の濃いところで自然発生するんでしょ?」
「普通はね。でも、意図的に作る事ができると、聞いたことがあるわ。私は出会ったことはないけど。
毒針のある魔狼は、うまく言えないけど、自然に発生したとは思えない、違和感を感じたわ。
だって、これまで私も誰も、見たことがないのよ。
毒針を飛ばすスライムもそう。普通は「毒液」を飛ばすのよ。
なのに。どちらも聞いたこともなかったし、妖精達にも確認したけど、初めてなの。しかも複数出現するなんて。」
「なるほど…。」
長く生きているはずの水の妖精女王のメーリアが、「見たことがない、初めてだ」と言うものが、「複数」出現するのは、たしかに異常だ。
「じゃあ、メーリアが言ったように、誰かが魔法とかでそういう邪悪な存在を作っているとしたら、どうだろう。他に何か、聞いたこととか見たこととか、ない?」
「……ない。」
「特に…気づかなかったわね。」
「大きな魔法を私たちの近くで使ったら、絶対わかると思うの。だからもしそういうことがされたとしたら、此処からずっと遠くで行なわれたということね。」
「なるほど。少なくともこの領域に近い場所で何かが行なわれていたら、絶対にみんなにわかるってことだね。」
「そうね。」
「そうよ。」
メー。
コケ。
ホー。
「あの、これは関係していることかどうか、わからないんだけど。」
とトゥーリ。
「うん?なんだい?」
「アンデッドが、急に居場所を変えた、とか聞いたわ。」
「え、どういうこと?」
「東のほうに、アンデッドが結構いる場所があったのよ。それが、最近見かけないって。」
「あー、俺も知り合いから聞いた。急に居なくなったって。」
「…。それって、「ペルメア渓谷」のこと?」
「ううん。もっと北のほう。はじまりの森の、はじっこのほうの話よ。」
ほう。僕とシンハが無双して、アンデッドを倒しまくった「ペルメア渓谷」の話ではないらしい。
「サキ。あんまり危ないこと、しないでね。」
とツェル様。
「はーい。シンハが居るから、大抵は大丈夫だけどね。」
「それでもよ。」
とメーリア。
「いざとなれば私も手伝うから。ね。」
「うん。わかった。ありがとう。」
ちょっと手がかりはあったかな。さて、もう嫌な話はここまでにしよう。
「みんな、ありがとう。この話しはここまでにして…今日はこのまま食事会にしよう!ごちそうをいろいろ作ってきたんだ!」
「「わあ!」」
「うれしいわ!」
「アイス、ある!?」
「あるある。シルルが仲間になったお祝いってことで。皆で食べて飲んで楽しもう!」
「サキ大好き!」
「だからサキが好きなのよ!みんなを楽しませてくれるから!」
「おいしいものを、食べさせてくれるから!でしょ。」
「どっちも同じよ。」
それから森の仲間たちでパーティーをした。
パスタやピザ、シンハの大好きな森産のワイバーンステーキ、そして甘いお菓子!果物のシャーベットにアイスクリーム…。
ビーネ様も念話で呼びかけて来てもらった。
彼女にも松ぼっくりのペンダントと小さなブレスレットを渡すと、とても喜んでくれた。
ちなみに分蜂の話は、例のゴブリンたちがいた場所を僕が推薦したので調査したところ、なかなかよい場所だとなったらしい。娘さんも気に入って、あそこにしたいと言っているそうだ。
パーティーにもどうぞと招待したのだが、分蜂の準備で忙しいとのこと。とても残念がっていたそうなので、ごちそうをお土産にしてもらうことにした。
分蜂場所には必要な種を植えて、少し花が咲くようになったら、引っ越しするそうだ。
幻影結界の話もすると、確かに魔蜂たちも、冒険者が勝手に踏み荒らすのは困るということで、了承を得た。
先にシンハと僕とであの場所に行き、種をたくさん植えてこよう。
今はまだ悲しい場所だけれど、今後は優しいおだやかな場所になることを祈ろう。
それからツェル様たちとは商売の話もした。
領主のコーネリア様がノリノリで話を進めてくれることに承知してくれたので、一安心だ。まずはさまざまな色に染めた薄いストール(完成品)と、シャツ用の白生地を少しだけ出してみよう。伝説の生地なので、当面はそれだけでも十分商売になるだろう。
防御力の面から、冒険者向けに厚手の生地を本当は安く売りたいのだけど。それはヴィルド限定で売ってもいいかと思っている。
アラクネさんたちはそんなに大量には生地を作れないし、カッティングもソーイングも、それなりに魔力を必要とする。
ストールはちょっとの仕上げで製品として売れるけれど、白生地のほうは魔力がある仕立屋でないと、裁断もできないようだから、おそらく作れる人は限られるのではないかと考えている。
特注でアラクネさんたちに作って貰うということもできるが、魔術師や、魔力量の多いドワーフとかエルフ族の仕立屋さんなら可能だろうから、探さないといけないだろう。
僕がちらと聞いたところでは、ヴィルドなら魔獣の革なども扱うから、魔力を使う仕立屋さんたちも普通にいるけれど、王都だと普通の仕立屋では厳しいだろうとのこと。冒険者の衣服を作る店とか、魔術師を抱えているところでないと、仕立てられないらしい。それは今後協力してもらう商人さんとか生産者ギルドに、探して貰うことになるだろうけどね。
僕が作った商談用の例の服は、さらに難しい。それなりに魔力を使って裁断や仕立てができないと作れないものなのだ。
なので、厚い生地は、アラクネ布から服を仕立てることができる職人さんをきっちり確保してからにしましょう、とツェル様と合意。
でも少しならアラクネさんたちが仕立てても良いと張り切ってはいるようだ。特に貴族の着る豪華な衣服を作ってみたいようだ。
本音のところは、ツェル様が僕の服をいっぱい作りたがっているようだけど。お願いだからフリフリの豪華なのはやめてね僕は貴族じゃないんだから。冒険者だから!
その日はにぎやかにパーティーをして、夕方からはコウモリのハピも加わったところで、また味噌焼きで皆を味噌信奉者にしてしまった。
皆が揃ったところでもうひとつ、心にひっかかっていることをみんなに聞いてみることにした。
それは領主館の宝物室からもらってきた『光の牢獄』である。
「これ、なんだかわかる?」
「水晶玉ね…中に何か、いるみたいだけど…?」
「うん。妖精が閉じ込められているみたいなんだ。名前は『光の牢獄』というらしいんだけど。」
と言うと、メーリアがはっとしたように
「サキ、よく見せてくれる?」
というので、メーリアに手渡す。
「まあ!これは!可哀相に…。」
と言ったまま、絶句してはらはらと涙を流した。
「メーリア、何か知っているんだね?」
「知っているわ。ある噂話というか、言い伝えがあって…。おそらくこのことだと思うの。」
「言い伝え?」
「ええ。」
メーリアは『光の牢獄』を大切そうにそっと僕に手渡すと、涙を拭ってその話をしてくれた。
「100年ほど前、風の王女が魔族にとらわれたと。もちろん八方手を尽くして探したけれど見つからない。
でも、風の女王はついに王女を連れ去った魔族を見つけ、戦います。そして女王が勝ち、その魔族は風の女王と彼女が率いる風妖精たちに八つ裂きにされました。それでも結局、王女の行方は判らなかった。そんなお話なの。」
「なるほど…。じゃあ、この中にいるのは…風の王女、ということ?」
「まだわからない。でも風の魔素を感じるわ。というか、風の魔素しか感じない。弱々しいけれど。
今のお話はあくまで言い伝え。真実は少し違うのかもしれないけど、いずれこの子が目覚めたら、おいおい聞き出すのがよいと思うわ。」
「そうだね。」
「サキ様。これをいったいどこで?」
とツェル様。
「領主様からいただいたんだ。ゴブリンキング退治とかのご褒美に、宝物室にあるものなんでも好きなものを持っていっていいと言われて。僕はこれをもらった。中に妖精が閉じ込められているようだったからね。
記録では、100年ほど前の領主が、ダンジョンでこれを見つけた冒険者から買い取ったそうだ。『光の牢獄』という名前は判ったけれど、妖精を見ることができる人間はそうそういないから、中に誰かが閉じ込められているとは判らなかったみたいだよ。」
ちなみに「100年前の領主」というのは、アカシックで調べると、コーネリア様の2代前になる。コーネリア様本人ではなく成人男性になっていた。おそらくヴァンパイアの一族で、コーネリア様親子に忠実な重臣の一人だろう。これはあとでエルガー執事長に確認しようと思っているが。
いつもお読みいただきありがとうございます!
いつの間にか200話を突破しちゃいましたが、まだまだ書いて行きますので、評価(☆☆☆☆☆)や感想、気が向いたらよろしくお願いします。
この物語が、少しでも読者の皆様の癒しや気分転換になれば幸いです。暇つぶしでもおっけーですよー。