197 デザートはプリン・ア・ラ・モード
ひととおり料理を出したので、それぞれの料理の感想を聞いたり、あいた皿を回収したりしていたが、そろそろデザートに進まねば。
「さあ、次はおまちかね、デザートの時間ですよー。今日はプリン・ア・ラ・モードでーす!一人一皿。おかわりはありませんから、よおく味わって食べてね。どうぞー!!」
つぎつぎと一人ずつにデザートを渡す。
「きゃー!!なにこれなにこれ!?」
「もう!サキ君凄すぎ!」
「しかも何!?このうつわ!ガラスに金箔まで入ってる!?超高級品じゃない!」
「器も自作だからタダでーす。」
「おお!」
とどよめきまで起きた。
「サキ、やっぱり食器屋もやれ。」
「うんうん。」
「このわしゃわしゃしたものも食べられるのか?…お、甘い!美味いぜ!」
「あ、それ砂糖でつくった飴です。食べられますよー。」
「砂糖じゃと!?」
「そんな高級品を!」
「カラメルシロップ…プリンのトップの茶色いソースね。それも砂糖。」
「うわー。凄すぎ!」
「これプリンというの?ふるふる、ツヤツヤ…濃厚!最高!」
「大魔鶏の卵、使ってますんで。濃厚でーす。」
「大魔鶏!?」
「はっ!もしやこれは…魔蜂のハチミツではっ!」
と言ったのはカークさんの奥様、ハイネさん。
「よく判りましたね。そうです。フルーツに添えたのは魔蜂のハチミツです。」
「おお!」
「マボロシの!」
またしてもどよめきが。
「すごいわ!よく手に入ったわね。ヴィルドにいてもなかなか口には入らないのに。」
「たまたま手に入ったもんで。」
「サキ君は盗賊討伐の時も、冒険者たちに魔蜂の蜂蜜を掛けたデザートを振る舞ってくれてましたね。」
とカークさんがさりげなくばらす。
「お前、魔蜂とも知り合いか?」
うぐ。テッドさん、酔ってる割りに、カンがいい。
「えー、そ、そんなことあるわけないじゃないですかー。」
と軽く否定しておく。なはは。
「な、なんだこれはっ。冷たい!だが美味い!」
アイスクリームは婦女子だけでなく、酒飲みにまでうけた。
「酒にもあうぞ。この冷たいの。」
「ワインにも合うぜ。」
「あ、アイスはちょっとお酒をかけても美味しいよ。」
「おうこっちの地酒にも合うじゃねえか。つまみのナッツと一緒だと、格別だ。」
「とけかけるとまた美味いな。」
「んー。んんー。」
言葉を失っている人もいる。
「もうこうなるとデザートテロですな。」
「甘味サイコー。」
「たまらないわ!サキの料理もデザートも、美味しすぎ!」
「もうよそのもの、食べられないかも!」
皆が味も器も絶賛。やってよかった。いろいろシコミが大変だったけど。
やれやれ。一応料理とデザートは一通り出した。
あとはちょっとしたつまみや串焼き、ピクルス、冷たい果物の追加でいいだろう。
ああ、たこ焼きも作っておいたっけ。あれもあとで出そう。
まだまだ宴会はあちこちで盛り上がっている。
キッチン近くのテーブルでは、珍しい魔獣の話で盛り上がっていた。なんと話の中心はケリスさん。
「…で、西の大陸にはアナコンダの魔獣が居てね。これが飛ぶんだよ。空を。信じられる?」
なんと女性や子供たちにおお受けなのだ。というのも、ケリスさんが、空中にその魔獣の姿を映し出してみせているからだ。
ほう。こういう魔法もこの人は使えるんだな。
シルルやユリア、ミーシャ君、それにアマーリエさんとかも、感心して見ている。
「幻影魔法」の一種らしいが。
「へー。こんなのが飛ぶの?」
「なんか、可愛い。」
白い羽の生えた爬虫類が、ぱたぱたと飛んでいく映像は、確かになんとなくのどかだった。
「可愛いといえば、妖精も実在するんだよ。」
ぎく。
というか、妖精、まだ存在を疑われているのか?
シルルが僕をちらと見た。僕もにこっと笑って答えた。
シルルも一応妖精だもんね。
人間に見えない妖精が多いけれど、シルルは上位の妖精らしく、普通に人間の女の子に見える。
僕の眷属となってはっきりと見えるようになったが、それまでは半透明なので幽霊だと思われていたのだ。
僕は半透明だろうと透明だろうと、妖精たちが見えるので違和感はないのだが、普通の人間には妖精はまったく見えないのだから、その存在を疑われても仕方がない。
「おにいちゃんは見えるの?」
とシルルがすっとぼけてケリスに尋ねた。
「ん?僕かい?まあ、術を使えば、短時間だけは見えるよ。」
「ふうん。」
とさも人間の女の子的な反応。
「妖精はとってもちっちゃいからね。目をこらさないと見えないんだ。」
うん。まあ、普通はね。でもシルルは人間の子供の大きさだし、湖の精のメーリアは、普通の大人の女性の姿だ。グリューネたちはてのひらサイズ。ケリスさんが言っているのは、きっと妖精の子供たち、つぶつぶの精霊たちのことだろう。
ついでに言うと、火の精でもサラマンダは上位なので、小さくとも他の火の精たちを従えているし、形もヤモリのような形だ。おしゃべりはしないが、意思疎通はできている。
「余興やれ!テッド。」
「はい!一番!テッド・ランカスター。歌を歌いまっす!」
「いいぞー。」
ぴいぴい。
すっかりただの宴会だな。
「サキー。こっちきて座りなさいよう。」
む?ユリア、ちょっと目を離した隙に。お酒をのんだのか?
「これ、サキ殿、わらわの傍に来てシャクをせい。」
あらら。コーネリアまで酔っぱらってない?
「うわー。なんですか?この二人。酔っぱらいですか?」
「うるさい。酔ってなんかヒック。いないんだからー。ヒック。ふえーん。」
「え、ユリア、泣き上戸?」
「サキ、お前は悪い男じゃ。こんな可愛い女の子を、泣かせて。」
「いやいや、僕は何もしてませんから。ユリアが勝手に。」
「うえーん!サキがいじめたー。」
「なに。」
とギルド長が飛んできて、僕をにらむ。
「違う、違いますって。ユリアが酔っぱらって…。」
「誰だ。俺んちの娘に、酒飲ませたのは。」
「はーい!私れす!ヒック。」
と潔く罪を認めたのはコーネリア。
「ちっ、ネリ嬢。困りますなあ。うちの箱入り娘に、悪い遊びを教えては。」
「おお。すまぬ。ついな。」
などとコーネリアまでノリノリだ。
この世界では、成人は15才だが、飲酒は14才から「たしなむ程度」なら許されている。そのあたりは地球よりずっとゆるい。
「うわーん。サキのばかー。」
ユリアはまだ泣いている。
「はいはい。サキは馬鹿ですよ。泣かない泣かない。よしよし。(困ったな。)アマーリエさん、助けてー。」
「ふふ。色男は少し困ったくらいがいいのよ。」
「そんなこと言ってないで。だんだん絡み酒になってますよ。ユリア。」
「ほら。ユリア。しゃんとして。お水飲んで。サキ君、お部屋貸してくれる?」
「じゃあ、2階の客室で。あ、運びますよ。ユリア、2階で少し寝ようね。」
「ふにゃあ。」
僕はアマーリエさんに介抱されながら半分寝ているユリアを連れて、2階の客間にあがった。お姫様抱っこで。だってユリア、全然自分で立てないんだもの。
まあ魔法でなんとかユリアを浮かせつつなので、かっこ悪いことにならずに済んだ。
「よっ!色男!」
ぴいぴい!
「おうおう、うちの娘になにすんじゃワレ!」
「あなた。」
「はい!すみません。」
ユリアを客室のベッドに寝かせる。
アマーリエさんがユリアにフトンをかける。
それから近くのソファに座って少しお話をする。
「ごめんなさいね。この子、こんなに酒くせが悪いとは思わなかったわ。」
「もう、絶対飲ませちゃいけないタイプですよね。コレ。」
「そうね。ふふ。ああ、なんならこの子、置いていきましょうか?そうしたら、明日には婚約ね。」
「おっとー。母親にハメられるとは思わなかったなあ。」
「ふふ。冗談よ。でも…ユリアの気持ち、判ってあげてね。」
「え。」
「え、じゃない。気づいているでしょ。いくらなんでも。」
「!…」
目をぱちくりさせて固まっていると、
「あらら。じゃあ、この子、すっかり片思いなの?まー。可哀相に。」
えー、そなの?ユリア、僕のこと、好きなの?まじですか?
僕が目をぱちぱちさせて言葉を失っていると、
「はー。サキ君。貴方、あまりにも自分を知らなすぎるわ。貴方ね、すっごくモテてるのよ。判ってる?ダンナの話しだと、受付嬢がこぞって貴方を狙ってるって話よ。それでユリアもヤキモキしているのに。ちっとも気づかないなんて。鈍感すぎよ。」
「う。すみません。」
「ふふ。まあ、それくらいでないと、やってけないかな。ただ、ハニートラップには気をつけなさいよ。既成事実を作られて、ろくでもない女と結婚しないといけないハメになりそうだから。」
「はあ。気をつけます。」
「だから。さっさとユリアと婚約しちゃいなさいな。…あ、もしかして、コーネリア様のほうが好み?そうなの?」
「え?いや、僕は今日はじめてあの方にお会いしたばかりですよ。いいも悪いも、何もまだ判りませんから。」
「あらそうなの?でも…あの感じだと、コーネリア様も、貴方にほの字みたいだけど。」
「さすがにそれは。気のせいじゃないですか?」
「気のせい?くく、気づいていないのは貴方だけよ。エルガー執事長だって、貴方なら、なんて思っているかもしれなくてよ。」
まさかね。
「ふふ。まあ、あの方はちょっとその…特殊だから。いろいろ難しいかもしれないけど。とにかく、サキ君は、自分が誰を好きなのか、自分の気持ちをはっきりさせたほうがいいわね。」
「アドバイスありがとうございます。でも。」
「ん?」
「僕は、まだ、この街に来て日も浅いです。まだまだやりたいこと、やるべきことがいっぱいで。僕自身、まだ子供ですし。今は冒険者としても歩きはじめたばかりです。毎日を過ごしていくうちに、気持ちがいっぱいになってきたら、僕も自分の想いを外に出せるとは思いますが…。少し、時間がかかると思います。…僕も、ちょっと出自は特殊なので…。ごめんなさい。」
ユリアはぐっすり眠ってしまっている。
ベッドですやすやと眠る姿は、ゴブリン事件の時の寝顔と違い、本当にやわらかで幸福そうだった。
「君は本当に真面目なのね。」
「不器用なんです。」
「それも貴方の魅力よ。でも、忘れないで。ユリアは、貴方を見てる。傍で見ていたいのよ。それだけは、判ってあげてね。」
「…はい。」
僕は、アマーリエさんを残して先に部屋を出た。
軽く防犯結界を施しておく。
今夜の客に、妙な気を起こす人はいないだろうけれど、酔っ払いもいるし、いちおう念のためだ。
廊下を歩きながら、つらつらと思う。
前世の僕は、好意をいだいた女の子がいないわけではなかったが、気持ちを伝えることなど出来なかった。言えるわけがない。僕のほうが、絶対先に死ぬとわかっていたのだから。
もちろん、今はそういう状態ではないけれど、異世界から来た自分の存在が、この世界では異分子だという思いがある。前世で培われてしまった性格も、そう変えられるものではない。
だからだろうか。特に恋愛感情については、その想いが湧き上がる前に、ついフタをしてしまう…。
相手と、どこまで深く関わっていいのか、ためらいがある…。
「(はぁー、こういうのを、巷ではヘタレって言うんだろうなあ。)」
組み細工にした綺麗な天井を仰ぎながら、僕はひとつ小さくため息をついた。