193 伝説の?引っ越しパーティー 来客たち PART1
領主様との面会が終わって、僕は辺境伯家の馬車で新居に戻ってきた。
ギルド長もカークさんも、一旦家に戻って、家族同伴であらためて来てくれるそうだ。
ミーシャ君に会うのも楽しみだ。
「ただいまー。」
「おかえりなしゃいませ!」
また幼児語だ。可愛いし、もう慣れたけど。
「うん。留守番ご苦労さま。」
「パーティーの準備も、カンペキでしゅ!」
「ふふ。ありがとう。みんな楽しみにしてるって。あ、そうそう、君の部屋も覗かれるかもしれないから、片づけておいてね。」
「レディーの部屋はお見せできませんでしゅ。」
「それでもさ。女性たちは見たがるんじゃないかな。」
「うう。…ちょっと片づけてきましゅ。」
「うん。」
僕も着替えるために部屋にあがる。
やれやれ。やはり格式張った衣服は性に合わないなあ。
今日は料理人だけど、主賓だからな。こういう時のさりげないオサレが肝心なのだ。
といっても、白のシャツにダークグレーのズボン、黒いサロンエプロン姿なんだけどさ。長めになった髪は結んでっと。
おけ。
そろそろ麦ぞうすいを作るか。
ふんふん、と鼻唄まじりにキッチンに立つと、準備していた麦や雑穀を、先にふっくらと炊く。
「サラマンダ、いつも通り、強すぎず、弱すぎずでよろしくね。」
僕が魔力団子をあげると、ギャーと小さなサラマンダがうれしそうに啼いた。
何度か作っているので、サラマンダとの連携もばっちり。もちろん、魔法も使って時短。
それから別鍋で出汁の効いたスープもつくる。
麦や雑穀が炊けたら、スープにさらっといれればできあがり。
出来たてあつあつを鍋ごと亜空間収納に入れておく。
カナッペ用の平らなクラッカーとか、細いスティッククラッカーなどをテーブルに出し、それからトッピング材料をぱたぱたと亜空間収納から取り出して並べる。
それからフランスパンもどきも。
こちらの世界のパンは、黒っぽいライ麦パンが主流。白いフランスパン系はあるけれど、まだ庶民には珍しい。
今日のはバゲット。外側カリッと、中は白くてふわふわ。クリームチーズやガーリック風味のオリーブオイルなどをつけて、いろいろトッピングすれば、極上のおつまみだ。
シンハは僕がコマネズミのように働いている間、居間のソファでゆったり寝そべっている。まったく。まあ、今だけだぞ。お前はきっと犬好きのお客様たちに、撫でくり攻撃を受けるのだ。へっへっ。
「シンハー。今日は小さな子供も来るから。上手くあやしてあげてねー。」
『ふん。判ってる。だが俺は子供は基本的には苦手なのだ。すぐに泣くし、もろいし、急に俺の耳やら尻尾やらをひっぱるし。それでも攻撃できないのだからな。今日は地獄だぞ。』
「ふふ。適当に逃げたら。ああ、あの子も来るよ。グリフィンのミケーネちゃん。」
『ああ。そうだったな。』
「何日ぶりかな。ずっと会えなかったもんね。」
『そうだな。』
クールに言っているけど、尻尾が揺れているから、楽しみにしているのは確かだ。
一応ごきげんをとるために干し肉を与えておこう。
パーティー会場はホールではなく、奥の居間と食堂である。
もともと続き部屋で、間の大扉を開け放つと、アットホームな小ホールのようになる構造だった。食堂の方は大テーブルを中央に設置し、そこに沢山の料理を並べる予定。椅子はひとまず壁際に並べてある。
居間は低いテーブルの周囲にソファを適当に並べ、火は入れないが暖炉周りには毛足の長いカーペットを敷いて、床に座れるようにした。
もちろんテーブルには食堂と同じく沢山の料理が並ぶ予定。
さらにそれらの部屋から出たところの庭も会場なので、シンハとミケーネはたぶんバルコニーか庭の芝生が本拠地になりそうだ。
「そろそろ暗くなってきたから、ライトと、あとは虫よけバリアだな。」
僕はこもこもと呪文を唱えると、屋敷全体に虫よけの結界を施した。
まあ、庭にすでにいた虫はある程度仕方ないけど。それでいわゆる蚊とり線香的な虫よけ線香も庭に設置。
これでだいぶ虫ちゃんたちの活動は鈍るだろう。
やっと部屋を片づけてシルルが二階から降りてきた。
りんろーん、とのんびりしたドアベルが鳴った。
シルルがぱたぱたと走っていって、ドアをあける。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちはー。」
「おじゃましますー。」
「おう。さっきぶり。」
お客様第一号は、さっき別れたばかりのギルド長の一家だった。
アマーリエさんにミーシャ君、そしてユリアだ。
「ようこそ、我が家へ。ささ、入って。」
「わあ。広いのね。」
「こほん。はじめまして。シルルでございましゅ。」
可愛いチェックのエプロンでご挨拶する。
ちなみにシルルのいでたちは、メイド服にチェックのエプロン。ブローチ付きカチューシャ。ハイソックスが可愛い。ロリータがいたら、垂涎ものだろう。…ちょっとがんばって作りすぎたかな。
「はじめまして。私はユリア。よろしくね。シルルちゃん。」
「可愛いわあ。」
すっかりシルルはギルド長一家、特に女性陣のハートを鷲掴みにしたようだ。
「どうぞ。奥へ。シルル、ご案内を。」
「はーい!お客様、こちらでございましゅ。」
「ありがとう。働き者なのね。」
とアマーリエさん。
「!シンハー!」
すでにミーシャ君がシンハを見つけて突進していった。
シンハがぱっとソファから降りて逃げようとしたが、尻尾をつかまれた。
あ、噛むなよ。大丈夫みたいだ。
「キャン!」
とかわいらしい声をあげて尻尾はやめてと訴えている。くくく。
「こらこら、ミーシャ。シンハ君困ってるわ。尻尾を掴んじゃ駄目でしょ。」
「ごめんなしゃーい。」
「クウン。」
ぺろぺろ。
うん。仲直りしている。良かった。
「あ、これ。今日のお祝い。お花にしたの。」
ユリアが花束を僕に見せる。
「ありがとう!わあ。綺麗だ。さっそく飾ろう。」
「私、飾るわ。花瓶ある?」
「えーと。うん。ちょっと待ってて。今持ってくるね。」
僕はちょっと奥へ行き、亜空間からガラスの塊を2個取り出した。透明ガラスの塊と、青の色ガラスだ。
それを、空中に浮かせて、熱を加え融合させて…。
うん。不定形な花瓶ができあがった。
我ながら上出来。
これを本当はゆっくり冷やさないといけないのだが、時間がないのでわざと急激に冷やす。そしてわざとヒビをたくさん表面に入れた。
キッチンに持っていき、ザーザーと水をかける。
またヒビが入るが、それも構わない。最後に内側と外側だけをコーティングのように少し溶かしてヒビが表面に露出しないようにした。
ほい。できあがり。
いびつな形の前衛的花瓶ができあがった。
「お待たせ。これでいいかな。」
「ありがとう。ガラス!?すごいわ!それに見たことがない形の花瓶ね。でも素敵。これ、たくさんヒビがあるけど、水漏れしないの?」
「大丈夫だよ。ほら。水滴は落ちてこないだろ?」
「本当だ。ヒビがあるのもなかなか綺麗なものね。…これでいいかしら。」
「ありがとう。重いから、僕が持つよ。これはテーブルの上に飾って、みんなにみてもらおう。」
「そうね。」
ユリアがうれしそうに笑った。
うんうん。ユリアは笑った顔が一番だ。
「何か手伝うわ。」
「あ、じゃあこれ、向こうのテーブルに運んでくれる?」
「了解。…あとは?」
「大丈夫。それで最後。ありがとう。今日はユリアも楽しんで。」
「ふふ。わかったわ。ありがと。」
と、ユリアといい雰囲気でおしゃべりしていると。
りんろーん。
とまたチャイム。
「はーい。ただいま。」
シルルが張り切っている。
「おう。嬢ちゃん、またきたぜ。」
「いらっしゃいませ!」
熊の親方たちだ。
「「うっす!」」
弟子たちを4人ほど連れている。
「こんなに押しかけて、大丈夫かね。」
「あ、熊の親方。どうぞ。奥へ。」
「俺たちまで呼んでもらってわりいな。これでも人数絞ったんだが。」
「そんな絞らなくても大丈夫ですよ。そのつもりでたくさん料理を作ってますから。改造してもらった家ですからね。どうぞ追加でお弟子さんたちにも来てもらってください。」
「ほんとにいいのか?まじで呼ぶぞ?」
「ええ。もちろんどうぞ!」
「そうか?んじゃ、お前、ひとっぱしり店に行って、残ってる若い奴ら連れてこいや。…わりいな。酒の心配はいらねえぞ。樽で持ってきたからな。」
「すごい!樽酒!大歓迎しますよ!」
「足りなきゃ俺がまた追加してやらあ。」
「おお、大将、太っ腹!」
「てやんでえ。あたぼうよ。」
などと言いながら、勝手知ったる家の中。案内なしで入っていく。
またりんろん、とドアベル。
次々にお客様が来る。
今度はカークさん夫妻と、ケリスさん。
そう。いつも査定してくれるケリスさんも誘ったんだ。
きっと魔法とかのウンチクを教えてくれそうだったからね。
カークさんの奥様も、もと冒険者で魔術師だそうだ。
アマーリエさんとも仲良し。
優しそうな美人さんだった。
手土産にホルストックのサラミを持ってきてくれた。
おつまみはすごくうれしい。
さらにテオさんとミケーネ。
「ギャー」
と啼くと、すぐにシンハが奥から走ってきた。
そしていつものように鼻キッス。
ほんと、お前たち仲よすぎ。
お土産は二匹にも大好評のワイバーンの燻製肉。
「やあ。本当に来て良かったのかい?」
「もちろん。ミケーネを呼ばないと、シンハがすねます。」
「はは。なるほど。僕はミケーネの付き添い、だな。」
「ええ。今日はそう思って、あきらめておつきあいください。大丈夫。人間用の料理もちゃんと用意してますから。」
「はっはっ。楽しみにしているよ。」
「どうじょ、奥へ。」
「おや、これは可愛いお嬢さん。サキ君。こちらのレディは?」
「シルルと言います。僕の遠い親戚の子。この家のこと、いろいろ手伝ってもらっているんで。」
「なるほど。今日はよろしくね。」
「よろしくお願いしましゅ。」
りんろーん、とまた鳴った。
行ってみると、ゲンじいさんだ。一升瓶を2本も下げている。
「お、おう。俺っちもいいのか?」
「もちろんです。どうぞ。さっき熊親方たちも来ましたよ。」
「お、あいつも来てるか。じゃあさっそく飲まねえとな。」
「ふふ。ほどほどにお願いしますよ。今日は小さな子供もいるので。」
「あたぼうよ。節度は保つのが大人ってもんだい。えっと…シンハ…様に、これを。」
また『様』づけだ。何があったんだろうね。
ワイバーンの生肉だ。
「わあ、ありがとうございます!シンハー。ゲンさんがシンハにお土産くれたよー。ワイバーンだって!」
すぐにシンハがやってきて、尻尾を全開で振っている。
肉のにおいをかいで、
「ばう!」
とお座りしてお礼を言っていた。
「ありがとう、だって。」
というと、ゲンさんが
「う、うむ。喜んでいただいてなによりだ。」
とまた敬語。これはもう、絶対シンハが神獣だとわかっているよね。
そこへ生産者ギルドのエッレ・ガーティさんが来た。一緒にサリエル先生ご夫妻。奥様になったサーシャさんは、今も生産者ギルドの受付で働いている。
生産者ギルドには、先日家を買ったことを報告し、誘っておいたのだ。
「あたしまで呼ばれちゃって、いいのかい?」
「もちろん!ゲンさんも今来たところですよ。」
「げっ、なんでばあさんまでいるんだよっ!」
「ばばあで悪かったね。ふん。お前には美味い酒は飲ませてやらんからな。サキ、これはみやげだよ。」
「あ、ありがとうございます!わあ、お酒に、おいしそうな果物とピクルスもだ!差し入れは大歓迎ですよ!」
「ふふ。じゃあちょいと家も見せてもらおうかね。」
「ええ。あとでツアーしますからね。まずはどうぞ奥へ。サリエル先生「ご夫妻」も。」
「あら、面と向かっていわれると、なんだか照れちゃうわあ。」
とまたばしんと叩かれた。
「いたっ。」
「俺は毎日、やられてるんだ。それ。」
とサリエル先生がおみやげのお酒とおつまみの唐揚げを僕に手渡しながら、こそっと言った。
「せんせ?」
「な、なんでもない。今日もきれいだよ。サーシャ。」
「あらん。」
「はいはいらぶらぶですねー。どうぞ奥へ。」