192 ご褒美
『サキ、それはなんだ?』
シンハは、両方の前足を机に掛けて、机の隅にあった水晶玉のようなものをじっと見ている。
それまで、周囲の宝物に全く興味を示さなかったというのに。
「(なんだろうね。)エルガーさん、これ、触ってもいいですか?」
部屋の入り口で台帳に目を通しながら僕たちを見守り(見張って)いた執事長に訊ねる。
「どうぞどうぞ。」
僕はその透明な玉を手にとり、ハンカチでひと拭きしてからシンハに見せた。
ふんふん、とシンハが匂いをかいでいる。
『妖精の匂いがする。』
「(あ、やっぱり?何か…閉じ込められてるんじゃないかな。)」
僕は陽に透かしてみた。
無色透明な水晶のような玉だが、何故か中央部分はスノードームのように少し曇っている。
それをじーっと見ていると、小さな何かが、眠っているのが一瞬見えた。
女の子?のように見えた。
さらに魔力を使って目をこらす。
やっぱり何か、いる。丸くなって眠ってる。
属性は…風?
「エルガーさん、これはなんですか?」
「それは…さあ、なんでしょう。魔石だと思っていたのですが。まんまるですね。番号は…」
「えーと。50685番、だと思います。」
僕は台座の裏に貼られていたペン書きの数字を読み上げた。
「50685番…。」
そう言って、エルガーさんは部屋に備えつけの帳簿を探す。
「…50685番…水晶玉…ああ、ありました。名称は『光の牢獄』。用途は不明です。物騒な名前ですな。100年ほど前にヴィルドの冒険者がダンジョンで入手し、買い上げた記録があります。ただ、いったいそれが何なのかは、よく判らなかったようですよ。」
「用途は不明なのに、名前は判ったということですよね。」
「物体の名称は、ちょっとランクが高い鑑定持ちなら判りますからね。名前はわかるが用途がわからない宝物は、結構あるものです。」
「ああ、なるほど。」
自分が鑑定持ちなのに、そういうことを忘れていた。
そして、僕自身が鑑定しても、何か強力な魔法が掛かっているようで、
「名称:光の牢獄 詳細:○◇×#が&$を×□△…」
と僕も読み取れない。
アカシックさんに聞いたが、何故か何も言わない。というか、沈黙を守っている。
これを作った者が相当の魔術師か、あるいは禁忌の物なのか…。
でも中にはどうも精霊がいるような気がしてならない。
メーリアなら何か知っているだろうか。精霊の女王だからな。
とにかく此処ではこれ以上は探れないようだ。
ふむ。用途不明で『光の牢獄』か…。
よし、決めた。
「一つ目のご褒美は、これにしたいと思います。よろしいでしょうか。」
「判りました。…もうひとつ、お選びください。」
「えーとそれなんですが…。宝物室で選ぶものはこれひとつにしたいと思います。ですが、かわりにぜひお認めいただきたい権利がございまして。」
「権利…?なんでしょう。」
「あの、こちらにはきっと代々受け継がれてきた図書室があると思うのです。そこで自由に本を閲覧できる権利をお認めいただけないかと。」
「なるほど。」
「無理を承知で申し上げております。どうかそのように、ご領主様にお伝えいただけますでしょうか。」
「ふふ。判りました。なかなか興味深い結果でございますね。サキ様は、価値ある宝飾品や魔導具には目もくれず、価値の不明な水晶玉をたったひとつ選ばれた。そしてもうひとつはこの城の図書室…すなわち、叡智の宝庫に出入りできる権利をお望みになった…。判りました。ご主人様にはサキ様の願いが叶うよう、私から申してみましょう。」
「ありがとうございます!」
僕の選択が、どうやら気に入ったようで、エルガーさんは満足げに微笑んだ。
「それと…もし、よろしければ、その水晶玉が何なのか、わかったら教えていただけますか?」
「はい。今は僕にもまだよく判りませんので、判明したらお知らせいたします。」
「ではそれも主に伝えておきましょう。」
「図書室の件、ぜひよろしくお願いいたします。」
僕はエルガーさんに深くお辞儀をした。
「承知いたしました。謙虚なサキ様のお願いが叶うよう、私も努力いたしましょう。」
「僕は謙虚ではありませんが…。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。」
かくして、立体カタログショップ体験は終わった。
そうなんだよね。これって、まさに生前の日本にならよくあった、カタログで選んで商品を手に入れる感じ。
しかも超貴重品ばっかり載ったカタログで、さらに3Dタイプときた。
いやあ。実に面白い体験だった。
僕はいただいた水晶玉を亜空間収納に入れる(入ったんだよね。もし中で眠って居る妖精らしきものが生きていたら、入らないはずなんだけど。妖精は例外なのかなあ。それとも死んじゃってる?あるいは『牢獄』はトクベツ?わからない)と、エルガーさんに連れられて玄関まで戻った。
玄関にはミネルヴァさんが待っていた。そして手にしたお盆の上には何やら革袋が。
「御領主様から、これもお持ちください、とのことです。」
「え?」
もしかして、金品ですか?
「ふふ。あのような高価なプレゼントを、タダでいただく訳には参りません。それと魔兎の件もございます。どうぞお納めください。」
と執事長も笑顔で言った。
「いや、でもお礼はすでに宝物室でいただきましたし…。」
「サキ様。お嬢様は、一度準備したものを、引っ込めるほど狭量ではございませんよ。それに、こうしたものは、いくらあっても邪魔にはなりませんでしょうから。どうぞお心安くお納めください。」
「でも…。」
「受け取っていただけないと、私たちがお叱りを受けます。どうぞ。」
「…わかりました。ありがとうございます。どうぞ御領主様に、とても感謝していたと、お伝えください。」
「承りました。」
僕は一度合掌してから、ずっしり重たい革袋を押し頂き、ウエストポーチにさりげなく仕舞った。
「こほん。では、またあとで。おいでになるのを楽しみにお待ちしていますと、ご領主様にお伝えください。」
「はい。必ずお伝えいたします。またのちほど。ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
僕は笑顔で会釈して、ギルド長らが待つ馬車に乗り込んだ。
御者は行きと同じくカークさんだ。
馬車が動き出す。
僕とギルド長はずっと見送ってくれているエルガーさんとミネルヴァさんに、窓から会釈した。
馬車が門を出て、エルガーさんたちが見えなくなると、ギルド長がようやく口を開いた。
「さすがサキとシンハだな。コーネリア様がヴァンパイアの末裔だと、すぐに見破りやがって。」
「正確にはハーフ、ですよね。」
「そうだな。」
「いや、確かに驚きました。」
「その割には平然としていたな。」
「そう見えましたか?失礼にならなければ良かったです。内心ドキドキでしたけど。
それより…。辺境伯が女性だと、なぜ前もって教えてくれなかったんですか?手土産が、男性と女性では違うんですけど。」
と口を尖らせて苦情を言った。
「あはは。わりぃわりぃ。言ったとばかり思っていてな。…で、結局、お前さんは何を貰ったんだ?」
興味津々で声をかけてきた。
まったく。全然悪いと思っていないな。
見せるのやめようかな。
「結局金貨もいただきましたよ。でも宝物室で選んだのは…これ1つです。」
僕はため息をつきつつ、正直に言った。そしてもったいぶらずにあっさりいただいた水晶玉を見せた。
「んん?魔石か?」
「いえ、水晶ですね。」
「水晶?…ふむ。それにしてもまんまるだな。…で、これにどんな価値があるんだ?」
「さあ。」
「さあって。サキよお。」
「ちょっと調べたいことがあるので。もらいました。」
「おいおい。もっとさあ、こうでっかい宝石とか魔石とか、超レアな魔導具とか。水晶玉より価値あるものが、いろいろあっただろ?曰く付きの剣もあったはずだ。なのに何故ソレなんだ?」
「だって、剣は僕が作ったものがあるし。宝飾品は男だからあまりいらないし自分でも作れるでしょ。
魔導具だって、あの短時間じゃあ、ひとつひとつ用途を調べるのなんかやってられない。ああ、ちょっと面白そうな本はあったけど。」
「はー。サキは、やっぱりサキだった。なあ。シンハ。」
するとシンハが
「バウバウバウ。」
とまるで人間語をしゃべっているみたいに、答えた。
「まったく、こいつは、こういう奴なんだぜ、」みたいに聞こえる。
シンハまで呆れることないだろ。
「うー。シンハまで。いいもん。今日のパーティーは、シンハは欠席!ごちそう食べさせない。」
「ガウ!」
「あはは。判った判った。嘘だよ。じゃれるなってば。」