191 宝物室
「ところで…本当によろしいのですか?僕なんかが宝物をいただいても。」
「お嬢様がお決めになったのですから、もちろん構いませんとも。2度の大きな討伐戦もさることながら、魔兎の件では特に助かったのですから。
宝物室とは言っても、いうなれば骨董置き場。歴史的価値があったり、不思議な魔導具があったりはしますが、活用いただけるものがあれば主人も喜びます。」
「そうですか。ちょっと安心しました。とんでもない宝石とかあったら、困りますから。」
「ははは。面白いことをおっしゃる。当然ありますよ。伝説級の大きな宝石も。」
「え。」
「なにしろ古王国時代から何代にもわたってこの辺境伯領を治めてまいりましたからね。単なる宝石だけでなく、魔石だって相当な大きさ、量がございますよ。」
「はあ。そうですか…。そうですよね。はは。…あ、でも、そういったものはほら、普通は別の宝物室とかにあるとかでは?」
「何をおっしゃいます。我が辺境伯城に宝物室はひとつですよ。ふふ。面白い方だ。」
「うぐ。す、すみません!失礼なことばかり申しまして。田舎者なので。お許しください。」
「サキ様が何を選ばれるか、私はとても楽しみです。」
「あ、それ、かなりプレッシャーです。」
「ふふふ。」
此処が宝物室だろうか、というかなり古い扉の前まで来た。
その時、後ろからタタタと静かに走ってきたのはミネルヴァさん。
そして小声でエルガーさんに耳打ちしている。
「うん。判りました。」
ミネルヴァさんが一礼して去っていく。
なんだろうと思っていると、
「主人からの新しい指示がございました。サキ様には宝物を二つ、選んでほしい、とのことです。」
「え、二つもですか?」
「はい。実は御礼としていくばくかの金品をと思っていたのですが、魔兎の件もあり、またさらにアラクネ布のお話までお持ちくださった。我が主は、金品や宝物ひとつではとても間に合わないとお考えなのです。ですので、どうぞご遠慮なく、お好きなものを二つ、おとりください。」
「はあ。…ありがとうございます。」
驚きながらも感謝の言葉を述べるのがやっとだった。
僕が驚いていると、
「それでは此処が宝物室です。お呼びするまで、こちらで少しお待ちください。」
とエルガーさんが言った。
僕たちは言われた場所よりさらに下がって扉から離れたところで待機した。
二重扉のようで、最初の扉は普通に鍵で開いたようだが、その奥には黒いカーテンがかかっていて、かつ防御や結界の魔法が厳重にかかっているようだった。
エルガーさんの姿も、カーテンの陰にかくれて、見えなくなった。
ガチャ、ガチャっと金属の鍵を開けているような音がするだけ。
呪文も聞こえない。
かなり厳重なところだ。
「お待たせしました。」
エルガーさんが黒いカーテンの中から姿をあらわした。
「どうぞ。お入りください。」
「シンハも一緒でいいですか?」
「ええ。どうぞ。ただ、あまり広くはないので、足元お気をつけて。」
「ありがとうございます。」
僕はシンハを連れて、どきどきしながら宝物室へ入った。
ふっと、結界を通り抜けたことを感じた。
なるほど。案の定、防御結界と何かを防ぐ結界が張られている。外からの侵入を防ぐためのものだけでなく、中の『呪い』とか『怨念』とかを外に出さない魔法もかけられているのだと、瞬時に思った。
でもだからと言って、怨念が渦巻いている気配はなかった。
中はエルガーさんが言ったように、骨董品で溢れていた。
何かよく判らない魔導具や、大きな宝石がはまった杖とか、笛の形をしているのに、指穴にすべて魔石が嵌まっているものとか、古い大きな時計の形をした、怪しげな魔導具とか。金貨や宝石は、いわゆる宝石箱にざっくざくと入っている。
うひょー、と声をあげそうになった。
この中のどれでもいいから2個あげる、と彼女は言っているそうだ。
まったくもって、どれにしたらいいか、わからない。
大きな宝石だけでなく、大きな魔石もある。
これは龍クラスの魔獣からしかとれないものだぞ、というとんでもなく大きな魔石もあった。
それから、いろいろな護符とか、魔法が付与されたブローチとか指輪などの魔術系宝飾品類。
でも、がんばれば自分で作れるしなあ。
あとは、うん。
やっぱりあるよね。
魔剣か聖剣かわからないけど、立派な剣が。それも何本も。
甲冑もある。盾などの防具もある。
でも、僕には重すぎるし、剣は自分で打ったものがあるからいらないし。
ふと目に止まったのは大きな写本。
ああ、本ならいいかも。
エルガーさんの許可を得て、開いてみると、魔法がかかった絵本だった。
ページをめくると、リアルな風景や主人公たちの様子が、3Dで展開されていくのである。逆にこれ、恐いかも。
物事、なんでもリアルならいいというものではない。
確かに映画でも見ているようで楽しいが。
隣には普通の大きさの古ぼけた本。
開いてみると、それは古代の魔法書だった。
あ、これもいいかな、とは思う。
だが、確かこの本によく似たものが、我が新居の図書室にもあったな。
魔法陣がいろいろ書いてあって、見れば見るほど、我が家にあるものによく似ている。
すっかり同じではなさそうだが。
たくさん作られたシリーズ本なのだろうか。
奥書をみると、同じ人が書いたもののようだった。
うーん。心惹かれるが、同じようなものを持っていても仕方がない。これはあきらめよう。
あとは本のようなものはすぐには見当たらない。
ああ、本当にどうしよう。
迷ってしまう。
ふと、目に止まったのは、机の片隅に置いてあった水晶玉。
台座に置かれ、まさに占いで使うような水晶玉だ。
あまりに隅っこに置かれていて、ほこりをかぶっている。
本当に忘れ去られた骨董品だ。
ただ、なんだか…雰囲気が。
『サキ、それはなんだ?』
僕が覗き込んでいた水晶玉を、シンハが背伸びして机に手をかけ、じっと見ている。
この部屋に入って、彼はまったく興味なさそうに見回していたのに、これには急に興味を持った。
 




