19 シンハとおしゃべり 3 シンハの過去
一日の終わりに、僕は大量の石ころを『亜空間収納』から取り出した。
『結界石か。』
「うん。」
『そんなに作るのか。』
「うん。畑、守るためだよ。」
『なるほどな。』
シンハは眠そうに尻尾をぱったぱったしている。
囲炉裏では保存食のシチューを煮込んでいる。
『しかしよくお前は次々に思いつくもんだな。』
「んー?そうかな。普通だよ、たぶん。」
シンハがなぜか呆れたようにため息をついている。
ふつうだよね。だって、必死に考えないと、そして行動しないと、ここでは生きていけないもの。人間は弱いんだぞ。
材料の石はクリーンできれいにしたら、魔力を込める。結界になれーと念じながら。すると僕以外をはじく結界石になる。最近は魔力も上がったせいか、1個で直径50メートルがカバーできるようになった。方向性も出せるようになったので、同心円状に結界を作るだけでなく、四角い土地を守れるように、たとえば東・南・西の3方を控えめに、北の1方向だけ90度の角度で守れるようになった。北を中心に東から西までだけ180度守り南側180度は守らない、というやつも。それらを組み合わせて四角い土地を守れるのだ。畑の内側にも、結界石を複数個置けば、地中からのモグラやワームというミミズのお化けみたいな地中から攻撃してきそうな魔物にも対応できる。
で、僕だけではなく、シンハも中にはいってよい者として登録する。
畑や牧草地帯の結界石は、単純に僕とシンハを登録するだけではだめだ。受粉とか考えると、ミツバチや蝶、ミミズなどが出入りできないといけない。けれど作物を荒らす魔獣や普通の獣などにははいって欲しくない。
なので、僕が魔力10で結界石を作り、かつはじくのは魔獣と人間(厳密には人族全部)、大きめの獣と認識させる。これは持っている魔力の大きさで区別できる。多分。シンハには僕が許可した者として登録してもらう。すると大きめの魔力を持つ生き物は僕とシンハしか入れない結界石の出来上がり。
この結界は、ミツバチとか魔力の小さい無害の虫、体の小さな獣(ネズミより小さいもの)は入れるから、草花を育てたりするには問題ない。もちろん妖精も、僕たちに悪意がなければ入れる。妖精たちというのが不思議で、魔力の塊のはずなのに、「妖精」と認識されると、なぜか魔物とは区別され、侵入禁止生物から除外される。なので、「悪意、殺気のないもの」だけが入れるという区別も必要だろう。
「ほら、手を出して。登録手伝って。」
『ほう。意外と高度な結界石だな。』
「でしょー。今思いついて作ったんだ。褒めて褒めて。」
『はいはい。ふあーあー。』
「ちぇ。ほら次、さっさと登録!」
眠そうなシンハに登録を促す。
「明日はソーセージに挑戦するよ。あと、燻製用の鍋も作ろう。そうしたら、もっとおいしく肉が食べられるよ。」
『ソーセージ、だと!?それに燻製肉だと!?それらもサキは作れるのか!?』
いきなりシンハが目を輝かせて体を起こした。尻尾がわっさわっさしてるよ。
「え、まあ、たぶん。うまくいけばだよ。」
『絶対成功させろ!命令だ!』
「ああ、もう。そんなに興奮して。やっぱり知ってたんだね。ソーセージに燻製肉。」
『もちろんだ!あれらは美味い。酒にもよく合う。』
「ふふ。でも、いろいろ準備が必要だよ。燻製にしてもいぶすのに適した木材もないと。」
『チェルトレント。』
「え?」
『チェルトレントはチェルツリーが魔物化したものと言われているトレントの一種だ。その枝なら燻製も美味いぞ。香りもいいし魔力も多いからな。魔力の多い木はいい香りがするものだ。』
「へえ。さすが異世界。」
『この間チェルトレントの枝も回収していたぞ。』
「え、そうだっけ。」
僕は『亜空間収納』のストック表を心に念じて見直す。あった。「チェルトレントの枯れ枝」が。
「あ、これかあ。わかった。頑張るよ。」
『おう!』
「ふぁーあ。やっと結界石作りが終わった。さすがに眠いや。寝ようか。」
『うむ。明日も楽しみだ!』
「…。ソーセージも燻製肉も、すぐには出来ないからね。」
『う…。わ、わかっている。』
クリーンで身ぎれいにして、寝床にシンハと一緒に上がる。
いつも寝物語にシンハは森での暮らし方や、神話などを話してくれたり、僕が前世のことを話したりする。
「…ねえ、シンハ、シンハはどうやって人間の言葉、覚えたの?」
『…昔、吟遊詩人と数年間、旅をしていた。文字や数字はその時に覚えたな。』
「ふうん…。」
魔術師と旅してたことがある、とは言ってたけど。吟遊詩人さんともか。
「それは、魔術師さんよりも前?」
『ああそうだ。魔術師よりも長く一緒にいた。名をセシル・リーと言った。怪我したところを助けた。気のいい奴だった。俺には優しかった。ハンサムで、女にだらしなくてな。夜毎俺は遠慮して、外をぶらついて時間をつぶしたものさ。』
「それはなんとも。大変だったね。」
『まあ、それでも楽しかった。いろいろな町を巡った。王都にも行った。』
「へえ。」
『ある時、戦争が起きてな。セシルも戦場にいかなくてはならなくなった。だが、楽器しか使ったことのない奴が、人を殺せるはずもない。何度かは俺も守ってやれたが、結局は守りきれなかった。ちょっとの隙に、人間の乗った騎獣に踏みつぶされた。』
「!…」
『それからは、俺は森へ帰った。人間が恋しくなって、村に出たら、恐がられて。石を投げられた。人間にそれ以上嫌われたくなかったから、俺はなるべく森から出ないようにしていた。』
「…」
『ある時、突然、森に侵入者がやってきた。大勢で。そして魔獣狩りをはじめた。奴らの狙いは、肉や革より、魔獣の体内にある魔石が目当てだった。そして殺戮を繰り返した。俺も突然、矢をいかけられたが返り討ちにしてやった。俺の「ともだち」も殺された。小さな龍の子供だった。もちろん、仇はとった。あの時は龍たちが激怒して、結局、国を滅ぼした。国王を八つ裂きにして。もちろん、龍の子を殺した冒険者は俺が倒した。龍たちは怒りがおさまらず、死んだ冒険者を姿がなくなるまでつつきまわしていたほどだった。』
「…」
『魔術師と旅したのはそのあとだ。ちょっと変わった奴だったが基本的には優しい奴だったよ。セシルに比べれば短期間だったが。いろいろと博学でな。面白かった。その時、奴から魔法のことを学んだ。少しだがな。』
「ふうん。」
『奴はエルフだった。俺と会った頃は、見た目は若かったがすでにかなり高齢だった。不治の病にもかかっていてな。もう長くはなかった。旅をしたのは二年ほどだったかな。だから俺が最期を看取ってやった。セシルと違って、眠るように死んでいった。病に倒される前に寿命が来た感じだな。大往生というやつさ。』
「…」
『俺が人間の文字が少しは読めたり魔法のことが判ったりするのは、そういう訳だ。』
「…」
『人間と交わるのは好きじゃない。俺や妖精たちと違って、短命でしかももろい。ちょっとのことですぐに死ぬ。』
「…」
『人間にもいい奴もいれば悪い奴もいるのは判っている。それに、ある人にとっては悪い奴でも、ある人にとってはものすごく恩人だったりする。複雑な生き物だ。だから人間は苦手だし、嫌いだ。仲良くなった人間の死に立ち会うのももう嫌だ。』
「…」
『だから俺はまたこの森の奥へ戻った。もともと俺の母親が、このあたりを縄張りにしていたから、俺にとっては住みやすいのだ。それに人間はここまでは来ないからな。
来るのは、気まぐれな妖精と…あとは魔獣ばかりだ。魔獣は単純だから、喰らうためとか、縄張りがほしいからとか、そういう理由で俺に襲いかかる。だから何も考えずに倒せる。気が楽だ。』
「…なるほど。」
『サキ。』
「うん?」
『お前は人間だ。いずれは町へ行って暮らすべきだと、俺は思う。』
「…。確かに、そうかもね。でもその時は、シンハも一緒だからね。」
『俺は…』
「一緒だからね。ねっ!」
僕はぎゅうっとシンハにしがみつく。
『あ、ああ。』
「よっし!約束だよ。」
『…』
「僕さ、此処の生活、結構気に入ってるんだ。」
『…。』
「森は夜明けから昼間、そして真夜中まで、本当に景色は綺麗だし。この森ならではの美味しいものもたくさん見つけたし。
そりゃ怖いこともあるよ。結界魔法や結界石、治癒魔法とかなかったら、もういろいろ怖くて、のんびり暮らしてなんかいられないくらい、やっぱり大自然の中で暮らすのは厳しいってことも実感しているけどね。
でも、神様からたくさんのチート…いろいろな能力ももらったし、なにより君と一緒なら、どんな魔獣と出会っても、あまり怖くない。無理ならとっとと逃げりゃいいわけだし。シンハに鍛えられて、結構逃げ足だけは速くなったしね!」
『…』
「だから、本当は、時々町に行ったり、時々此処に戻ってきたり、気楽にできるといいのにって思ってる。」
『そう都合よくは行くまい。』
「いや、都合よく行く方法を考える。できそうな気がするんだ。魔術師なんだし。」
『…』
「だけど、そのためにはまず、もっと僕がいろいろな意味で強くならないといけないと思う。だから、明日からは鍛冶仕事に挑戦する!」
『ふふ。理屈がよくわからんが。とにかくお前を見ているとあきない。』
「まあ、ほめ言葉として聞いておこう。」
横になりながら、僕は思う。
シンハが一緒に旅した魔術師のこと、そして吟遊詩人のセシルさんのこと…。
シンハは優しい。そして、たぶん人間が好き。だからこそ彼らと旅をしたのだろう。そして、悲しい別れをしてきたのだろう。それも自分が強く、長命であるからこそ。大好きなひとたちとの死別は、とてもつらいことだったのだと、容易に想像がつく。
だから僕は、なるべく長生きをして、シンハの傍に居たいし、傍に居てあげたい。
寝たふりをしているシンハの横顔を見つめながら、僕はとりとめなく思考する。
もし、自分が空間魔法をもっと修得したら。
テレポートつまり空間移動もできるのではないかと。
そうすれば、此処と町とを自由に行き来できるようになるかもしれない。
それが無理でも、空を飛んで移動するとか。
妖精たちのように自在に風と重力魔法を駆使して飛行できればいいはずだ。
さらに欲をいえば、シンハも一緒に飛べればいい。
そうしたら、シンハも気楽に自分と旅をしてくれるのではないか。
なにより、もっと僕が強くなれば、シンハも安心して僕と旅してくれるのではないか。
「シンハ。僕、もう少し真面目に魔法の修行してみるよ。おやすみ。」
そんなことをつぶやいて、僕は寝たふりをしているシンハを撫でて自分も目を閉じた。