189 商談
今日の亜空間収納カモフラージュ用バッグは、さすがに冒険者風肩掛け鞄ではなく、こじゃれた小さなウエストポーチ。
亜空間収納魔法付きのバッグは、珍しいが熟練の魔術師が作れるし、性能のよいものはダンジョンでも手に入ることがあるので、超レアということではない。これらはマジックバッグと呼ばれていて、性能にはばらつきがある。保存があまりきかないとか、容量に大小あるとか。
僕の場合は、バッグがなくとも収納できちゃうし、容量は今のところよくわからないくらい大容量。そして時間経過ゼロというスグレモノだけれど。
とにかく、貴族の前で、何が飛び出すかわからないマジックバッグから物を取り出す時は、きちんと断るのが礼儀だとユリア先生から何度も言われた。
たしかに武器だって取り出せるんだから。
むしろ、このバッグを玄関で没収されないのは、冒険者への礼儀を重んじてくれている証拠である。ギルド長やカークさんも、小さなウエストポーチをつけたままであるのは、そういうことだろう。
「うむ。許す。」
と言われてから、僕はバッグから、赤い綺麗なリボンをかけた、淡い桜色のつやつやした布で作った袋入りのプレゼントをするりと取り出した。当然、ウエストポーチより大きい。亜空間から出したのは理解されているようだ。
そしてエルガーさんに手渡す。
えらい人に直接物を渡すのは失礼。必ず近くの取り次ぎの人に。
これもユリアに念押しされた。そういえば日本の戦国時代の手紙もそうだ。下の者からの手紙は近習などあてにし、主人に「ご披露」をお願いするのだったな。
エルガーさんは僕に
「中身はなんでしょうか。」
と小声で尋ねる。
「ストールです。」
と答えると、
「これ、なにをひそひそとしておる。開けずにそのままわらわに持って来やれ。開ける楽しみがなくなるではないか。」
と釘をさす。
エルガーさんとすれば、物騒なものが入っていたり、ふさわしくないものが入っていたりするとまずいからだろうに。
「はいはい。ただいま。」
とまたにこやかな笑顔で、領主に袋をそのままうやうやしく差し出した。
「うむ。開けてよいか?」
「はい。どうぞ。」
すると本当にうれしそうに、やっと子供らしい顔になって、わくわくしながらリボンを解き、中を見つつ取り出してみる。
僕がプレゼンのために用意したのは、当初は男性用のストール。色はシックなもので藍色を基調としたものだった。だって辺境伯は男性と思い込んでいたんだもの。独身ならそれでよし。既婚者なら奥様用の明るい色のものも付ける。そう思っていたのだが、こんなティーン女子が出てくると思わないじゃんか。慌てて亜空間収納の中で差し替えた。リボンの色も青から赤へ変えている。布の袋もだ。まあ、僕のリサーチ不足だな。でもギルド長のことはちょっと恨みたいけど。
「これは?…ストールか?」
「はい。」
「おお!綺麗じゃの!」
中から出てきたストールは、虹色に染めたもの。
「見事な虹色じゃ!こんなふわふわで綺麗な色合いのストールは、王都でもなかなか手に入らぬ!美しいのう。」
うれしそうに目を細める。あれは社交辞令ではないな。本当に気に入った顔だ。
「材質は何か、お判りでしょうか。」
「ん?絹…ではないのか?…!まさか…まさかまさかこれはっ!」
と言って立ち上がる。
「はい。きっとそのまさかです。」
「…アラクネのっ!?」
「はい。正解です。」
と言うと、
今度はカークさんが
「アラクネ!?」
と声をあげた。
いちおうギルド長は知っているからな。
「ちなみに、その袋もリボンもアラクネ製です。それから、本日私が着用しております服は、すべて、アラクネ糸で織ったものでございます。」
そう言って、わざと立ち上がり、身振りを大きくして右手を胸に添えてお辞儀した。
「な、んじゃとっ!」
「おお!」
今度はさすがにギルド長も驚いたようだ。
「なんと!なんとなんと!」
領主のコーネリアは、手元のストールを見て、左手に持った袋を見て、それからささっと僕に近寄った。
侍女さんが制する暇も与えない。
「なんとなんと!ふむふむ。両手をあげてみよ。上着を脱いで見せてみよ。おお、この刺繍はまた見事な…。金糸と…銀糸?」
「いえ、銀色はミスリル糸ですね。」
「!そのようなものがあるのか!はじめて見た。上着の裏地まで不思議な色じゃ…その黒い飾り帯もか?なんと!紋織りではないか!」
そう。この飾り帯は、アラクネ女王のツェル様から、お餞別にいただいたもの。使わせていただいておりますよ。
「そのジレもアラクネなのか?くるっとまわって。今度はジレを…。ブラウスもそうなのか!?」
「こほん。コーネリア様。」
なんかこのまま全部ひん剥かれそうな勢いだったので、エルガーさんの止めの言葉に僕はほっとした。
「はっ。つい夢中になってしまった。すまぬ。」
「はは。いいえ。構いませんよ。」
僕はコーネリア様にひん剥かれたジレやら上着やらを返してもらいながら笑った。
あまりに間近だったからか、急にコーネリア様は僕と目が合うなり、ぽっと顔を赤らめた。
「そ、そなた、なかなか男前じゃの。」
とうつむきながらつぶやいた。
「…ありがとうございます。」
としか言いようないでしょ。
ふと、コーネリアは足元にいるシンハに目をやった。
さすがにもうシンハはうなってもいないし、警戒もしていない。
じーっとコーネリアと目をあわせて、そのあと、ふあーあ、とたるんだあくびをして、僕の足元に伏せてしまった。
「…。撫でたら、怒るかの。」
「(シンハ?)」
『好きにしろ。』
「どうぞって。」
すると、コーネリアは最初はおそるおそる、そしてシンハが動かないとわかると、少し安心したように、頭を撫でた。
「もう唸らないでくりゃれ。シンハ殿。」
ふっさふっさと尻尾をゆっくりと動かしているシンハ。
ということは、一応彼女を味方だと認めたということだろう。
「もう、唸ったりしませんよ。ね、シンハ。」
シンハは何も言わず、またふっさふっさと尻尾を動かしただけだった。
「ふふ。よかった。良い毛並みじゃの。」
しゃがみこんでシンハの毛並みを堪能しているコーネリア様に、エルガーさんがひとつ咳払いをする。
「こほん。」
「はっ!失礼した。つい夢中になってしまった。」
コーネリア様が領主の顔になって立ち上がる。
「そ、それでアラクネ糸と布のことじゃ。」
そして自分の席には戻らず、そのままシンハの近くの椅子に腰掛けた。手にはしっかり僕がプレゼントした虹色のストールがある。
「はい。実はアラクネ女王たちと知己を得まして、話をしたところ、彼女たちが紡いだ糸や織った織物を、少しなら人間社会に流通させてもよいと申しております。」
「ほう!アラクネたちがみずから布を織ったと!」
「はい。その通りです。染めも自分たちでおこなっています。」
「それはまことか。初めて聞く話じゃ!」
「本当です。でも相手は気まぐれな魔獣ですから、あまり量は確保できませんが。いかがでしょう。領主様経由で、流通させることはできましょうか。」
「わらわ経由、じゃと?何故そなたがせぬ。」
「私は冒険者です。プロの商人となるのはいささか荷が重いかと。それに、なにかと世間知らずなので、今は魔法や剣や、薬草の知識などなど、たくさんのことを学びたいのです。」
「なるほど。」
「私はこの街がとても気に入っております。街が少しでも潤うなら、それでよいと思っております。なので、儲けのいくらかは必ず街の公共投資に使うということをお約束していただければ、アラクネ糸と生地の卸しの権利を、お譲りしたいと思っています。いかがでしょうか。」
「なるほど。公共投資か…。それならわらわが卸し元になっても、大義名分は立ちそうじゃな。」
「『辺境伯印』のお墨付きを付して売るのです。それなら信用もありますし、貴族の方も安心してご購入なさるでしょう。」
「ふむ。『辺境伯印』か。いいアイデアじゃな。だが、その前に、そなたの取り分はどうするのじゃ?アラクネとの交渉は今後もそなたにしてもらわねばならぬ。」
「ギルドからの依頼ということでは?僕は依頼達成時にいくらか料金をもらえばそれでいいです。」
「なるほど。それならギルドも潤うな。」
とギルド長。
「うちを噛ませてくれるのはありがたい。コーネリア様から指名でサキが依頼を受ける形がいいですね。」
とカーク参謀。
「それならお互い、丸くおさまる。いいだろう。『辺境伯印』のアラクネ糸と布地の販売。乗ろうではないか。」
「ありがとうございます!」
「ただし、そなたの権利は消滅させぬぞ。責任の一端も担ってもらう。」
「え。」
ビビる僕に対し、にやりと笑いながら領主が下から覗き込む。
「悪巧みをして、自分はさっさと知らぬ存ぜぬは、許さぬということじゃ。」
うー。駄目か。
「売値の1割はそなたの取り分。わらわが2割。ただしわらわの取り分の半分は公共投資にあてると約束しよう。どうじゃ?」
「でも、すでに僕はギルドで報酬を貰う訳ですし。」
「それはそれ。卸しの責任は担ってもらうのじゃ。報酬は当然であろ。」
「うう。ですからそれがめんど…いや、ややこしくて僕のような素人では難しいと。」
「サキよ。なにもひとりでなんでもやれと言っているのではない。領主様はきっと腕のよい商人を紹介してくださるだろう。その者にほとんど仕事を任せればよい。ただ、何かあったときには、お前にも活躍してもらうぞ、ということだ。」
とギルド長が僕をたしなめる。
「はあ。判りました。まあ、公共投資の件をのんでいただいているので、仕方ないですね。納得しましょう。」
「よし!商談成立じゃ!あとの契約の話は、エルガーと詰めてくれ。で、今宵の宴は何時からなのじゃ?ミネルヴァも、参るぞ。よいな!」
もう領主様の頭の中は、今夜のパーティーのことでいっぱいのようだ。
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