184 「シャイニングバード」 ジムの独り言
俺は冒険者。「シャイニングバード」というパーティーで、一応チーフをやっている。前衛職、剣士だ。最近、Cランクに上がった。
「シャイニングバード」のメンバーは男2名、女3名。
メンバーは、剣士の俺ジム・ラニアン、盾役のゴッツ・ヘルム、拳闘士のミュウル・ラ・サン、斥候のライラ・ベリー、魔術師のシリル・スロウの5人。ミュウルは虎獣人、シリルがハーフエルフ、あとは人族だ。俺とゴッツが男性、あとは女性だ。
以前、男は3名だったが、数年前、人族で魔術師のパル・エデルがゴブリンに殺された。
頭が良くて、いつも参謀役と回復をやってくれていたのに。
その依頼は、「森の調査」だった。領都ヴィルドは常に「はじまりの森」の魔獣たちの危険にさらされているので、ギルドでは定期的に森を調査している。
それはDランクの俺たちにとっては、普段は「おいしい仕事」だった。
森に入って、3キロメル以内の魔獣の状況を、報告する。3キロメルまでは比較的安全で、一般庶民も冒険者に守られながらも素材採取に入ることがあるほどだ。
3キロを過ぎるととたんに危険地帯になるので、調査はCランク以上の仕事だ。
しかしその日は、運悪く40匹ほどのゴブリンの群れに遭遇してしまった。
斥候のライラが索敵中にゴブリン・アーチャーに足を射られて負傷。なんとか我々のところまで逃げ帰ってきたが、群れにはやたらに強いゴブリン・メイジがいて、旗色は悪かった。必死に戦いながら後退したが、ゴブリン・メイジが魔術師のパルとシリルを集中砲火。皆で必死に抵抗したが、パルは負傷しているライラをかばって雷撃をもろに受けちまった。
なんとか町までパルを背負い逃げ帰ったが、パルは意識不明の重体。数日後、息を引き取った。
なけなしの上級ポーションを使ったが、呪いも二重三重に受けていたようで、完治できなかったのだ。これならギルドの「借金奴隷」になってでも、幻のエリクサーをお願いして使ってもらえば良かった。上級ポーションで意識が数分だけ戻ったパルが、エリクサーなんかいらない、じきに治る、と言った。それを真に受けて俺たちは…。その数時間後、パルを永遠に失ったんだ。
この国では奴隷はいないことになっているが、実際は、借金を払うまで奉公するという手段がある。これを巷では「借金奴隷」と言うのだ。
あいつは魔法使いだから、きっと呪いの酷さと解呪の困難さを悟っていたのだろう。優しすぎるパルは、これからも生きていく俺たちに、負担を残したくなかったに違いない。
この40匹のゴブリンの群れは、Cランク以上のパーティーが2つから3つでようやく掃討できる手強さだった。
ギルドはただちにレイドを組んで、速やかに全滅させた。
だが、パルはもう戻ってこない。
俺たち6人は孤児だった。
皆、ヴィルドの教会付属孤児院で育った。
孤児院の状況は、決して良い状態ではなかったが、それでも衣食住はなんとか確保できたし、学問や魔法も、マザーたちや冒険者になった先輩達のおかげで学ぶことができた。なので、魔法を使う素質があったパルとシリルは魔法を習い、俺は剣士に、力持ちのゴッツは盾使いになった。虎獣人のミュウルは拳闘士に。そして俊敏さと器用さでライラが斥候となった。
6人はうまくやっていた。あのゴブリン戦までは。
必死に努力して、Dに上がれて、ようやく1人前と認められて。そうなるまでに5年かかったが、比較的早いほうだと言われた。
孤児院で俺たちはヒーローだった。
努力すれば、俺たちのようになれる。
そう思うことで、親に捨てられたり、親に死に別れたりした孤児達の、希望の星だったのだ。
5人になって、パーティーの解散も危ぶまれたが、結局、残された俺たちは、パルの無念を忘れないと誓い、冒険者を続けた。
そして、俺たちが恨みを晴らす場がやってきた。
ある日、白い犬を連れた若いというか、まだ未成年のエルフっぽい男の子が、冒険者になった。俺も見かけたが、目立つ容姿の彼は、どこかおっとりしていて、貴族の御曹司みたいだった。全然冒険者っぽくなくて、一見隙だらけだ。こいつ大丈夫かな、と他人事ながら俺も心配になるほどだった。まあいつも一緒な狼っぽい犬が、用心棒という感じだし、よく見れば本人も、それなりに周囲の人の気配はちゃんとわかっているふうだったけれど。
で、彼らがヴィルドに現れてほどなく、魔狼の変異種に遭遇したという。さらにひと月と経たぬうちに、今度はゴブリン30匹をたった一人と一匹で仕留めたという。まじか。
群れには奇妙なイレズミをしたメイジもナイトもいたということで、ギルドは深刻な事態と認識。突然変異種のキングが率いる群れが潜んでいる可能性ありと判断し、急遽大型レイドを組んだ。
ライラは、パルを失ったのは自分の未熟のせいだと、心のどこかで己を責めていたのだろう。だから対ゴブリン戦と聞いて、迷わず斥候を買って出た。報酬が良かったせいもある。
俺たちは孤児院に下宿という形で居着いている。そうすることで大人の少ない孤児院の用心棒にもなるし、資金が厳しい孤児院にも現金を落とすことができる。なにより、狩った魔獣の肉を土産にすることで、チビたちに腹一杯食わせてやれるのだ。
さて、パルの敵であるゴブリンの討伐戦が始まった。
斥候がゴブリンに追いつかれたのが、笛の合図でわかった。斥候は複数いるが、ライラかもしれない!焦って救助に走る俺たちの脇を、いつもより大きくなった白い犬に乗って、あの少年が、駆け抜けていった。
その表情は、きりりと引き締まって、町中で見かけるいつもの彼では無かった。
ゴブリンに追われていた斥候は、やはりライラだった。
あとでライラに聞いたが、本当に危ないところを、彼に助けてもらったそうだ。
思い出すだけで真っ青になるほどやばかったらしい。その時に、颯爽と現れてライラを救い、そしてすぐにヒールまでして落ち着かせてくれたそうだ。かっこ良すぎだろ、がきんちょのくせに。
男としてこんちくしょうと思うところもあるが、とにかくライラが無事で良かった。
その後の彼の非常識な活躍ぶりを、俺たちはゴブリンのアジトで見ることになった。
広場で、竜巻を起こしてザコを切り刻み、8メルほどにまででかくなったゴブリンキングを、彼一人でまさに一刀両断したのだ。
今はギルド長の養女となったユリア嬢を救い、冒険者のアリーシャ先輩とマリン先輩の最期に立ち会ったのも彼だという。
とにかくとんでもない少年だった。
俺たち「シャイニングバード」も、ゴブリン掃討戦でそれなりに成果を出し、実力が認められてCに上がったが、かの新人君もすでにCだという。
まあ、もともとかなり実力があるようで、入ってくる噂はどれも凄い。
なんでも、町中のドブ浚いを魔法で一週間かからずにやってしまったとか、ダンジョンでも氷の靴なしで火山地帯を切り抜けたとか、珍しいボス魔獣をオークションにかけたとか…。
話題には事欠かない。
しかも、それを鼻にかけるでなく、いつもにこにこ楽しそうにしていて、あいかわらずゆるい感じだ。
「氷の教授」と呼ばれ冒険者から恐れられているカーク副長と会話しているのをよく見かけるが、それはそれで凄いなと思う。副長は相変わらずにこりともしないのだが、サキは笑顔で白い犬に、なにやら話しかけたりもふもふしたりしながら、教授と普通に会話しているんだから驚く。どういう心臓をしているのだろう。
それから、先日は盗賊団「龍のアギト」を殲滅するという大掃討があった。
そこでも彼はさらに人外の大活躍ぶりをみせた。
無尽蔵に入るマジックバックを駆使して温かい飯を提供しただけでなく、参加者全員に美味くて珍しい自作のデザートを振る舞ったり、何万匹ものコウモリまで味方にしてるってどうよ。
狂気に満ちたボスの悪魔侯爵を見た俺は、まじでちびりそうになった。
だが結局、その悪魔も、あいつと白い犬がサシで勝負して撃破した。
まあ、彼の指示というか、圧倒される魔力と殺気で、俺たちは皆現場から遠ざけられたので、はっきりとどうやって倒したのかわからないのだが。
すでに俺たちとは格が違うのだと、あの一戦で悟った冒険者も多かったのではないだろうか。
だがまさか、俺たちの孤児院が、あいつと関わることになるとは思わなかった。
隣町までの護衛依頼を終えて孤児院に帰ってきたら、精霊が見えるシリルが、旧修道院のある裏庭のほうから、やたら精霊が飛んでくるという。
そういえば、旧修道院は解体するとは聞いていた。
だが何故精霊が?
急いで裏庭に行ってみて唖然とした。
幽霊屋敷のようだった修道院は跡形も無く消え失せ、その代わりに4区画に整備された畑と水路、井戸、噴水がある、雅やかなる庭園に変貌していたのだ!
驚いていると、マザーが教えてくれた。
「これはサキ様が行なった奇跡です!」
と。
マザーたちの話によると、なんとわずか数時間であの幽霊修道院を解体撤去。そして畑と庭園を作って、子供達が危険な森まで薬草を採りにいかずに済むようにと、薬草まで植えてくれたのだそうだ。
青いメルティアの花がそよ風に揺れている…。メルティアだぞ!?
森で見つけるのもなかなか難しいというのに。
あ、これって俺たち…いや、孤児院の副収入になるな。
いや、シスターたちにこれで薬を作ってもらえば、もっと収入になる。
すげーな!サキ!いや、サキセンパイ!と呼ばせてくれ!
とにかく、すべてがとんでもないんだ。サキセンパイは!
「疲れたでしょう。あなたたちも召し上がれ。サキ様からの差し入れよ。」
とシスターから渡されたパウンドケーキ。
ナニコレ、めちゃ美味いんですが!
え?魔蜂のハチミツを使っているって!?
そういえば、「龍のアギト」戦で提供されたむちゃくちゃ美味いデザート…ゼリーとかいうものも、魔蜂のハチミツがけだったな。じゅる。
「今夜はごちそう。魔兎のシチューよ。」
「まさかそれも…。」
「ええ!もちろん、魔兎はサキ様の差し入れよ!もう、夢みたい!」
くー。奴は神様か?あるいは天使というやつだろうか。
とにかく、俺は脱帽だ!
この頃から、あいつを「陽だまりの天使」と呼ぶ奴と、いやいやあれは「血だまりの天使」だと言う者が増えていった。
本人は知ってか知らずか、相変わらず普段はほのぼの感を醸し出している。だが少しでもあいつらと上位種との戦いを目撃した連中は、あいつの二つ名は絶対後者だと皆がいう。いや、「血だまりの大天使」か、「血濡れの死神」だと。恐ろしや。
まあ、敵対しないよう、気をつけよう…。
「え!?僕、そんなふうに呼ばれてるの!?陽だまりはともかく、血だまりって、血濡れって…(唖然)。じゃあ、シンハはなんて呼ばれてるのさ。「白い殺戮者」とか?」
『オレか?たしか「白い王様」。』
「まんまじゃん。シンハだけマトモでずるい!」