181 解体魔法がとんでもねえ
話題に出た『シャイニングバード』は、男性2名に女性3名のパーティーだ。
そのうち女性3名が、例の『龍のアギト』討伐の時、職員のジルと一緒に野営地に残り、基地の保全をしていたのだ。
あとの2人の男性は、カークさんや僕のいた野営予定地だった「花咲き丘」の討伐隊に加わっていたのだった。
あのときはDランクだったはず。盗賊討伐は点数が高いので、Cに上がれたのだろう。
ゴブリン退治の時の女性の斥候も、そのうちの一人。ライラさんという。なるほど。なんとなくわかった気がする。なるべく割の良い仕事を見つけて、この孤児院を援助していたんだな。
「盗賊討伐のあと、うちに身を寄せていた人たちも、今は皆さん働き口が決まって出て行きました。でも時折顔を見せてくれます。」
「あ、そか。じゃあえーと、エッダさんとかアリスさん、ジェファさん、それから…ユニスちゃんとか?」
「はい。エッダさんたちは冒険者登録をして『シャイニングバード』と一緒にがんばっています。ユニスは、洗礼を受けて私たちの「家族」になりました。今、研修のためヴィルドの教会のほうに行っています。みなさんがんばっていますよ。」
そうか。ユニスちゃんは修道女になったのか。正確にはまだ見習いなんだろうけど。
「そう!そうか。良かった。」
「お会いになりますか?エッダさんたちなら連絡がつきますよ。ユニスは夕方帰ってきますし。」
「え、…いいえ。いいんです。」
「……。」
子供のユニス以外、盗賊の捕虜だった女性たちは、すでにあのとき純潔ではなかった訳で。そういう過去は忘れたいだろう。きっと特にあそこで出会った僕には会いたくないだろう。
「元気ならそれで。それに、冒険者ならそのうちギルドで見かけるでしょうし。」
と笑顔で言っておく。
実はエッダたちはもう見かけている。初心者研修会に参加しているのを見かけた。『シャイニングバード』と仲良くしていることとかは知らなかったけど。
その後も3人で楽しそうに冒険者姿で歩いているのを見かけた。だから、それで十分。むこうは僕に気づいていないようだったし。でもシンハが目立つから、街中では見られていたかもね。
ユニスには、1度だけ会いに来た。笑顔で「サキお兄ちゃん」と言ってくれた。エマさんは知らなかったのだろう。
「そうですか。じゃあ、エッダさんたちには、お仕事でいらしたことだけ、機会があれば伝えておきます。」
とエマさんはわかってくれた。
午前中で建具の取り外しが終わり、僕が扉や窓も収納した。
そして午後。
「じゃあ、ちゃっちゃとやりますか!」
と僕一人が気合いを入れる。
「マジでこれ全部一気にやるのか?」
と親方。
「うん!たぶんだいじょぶ。ただ、内部に人がいると危ないから。避難は終わってますよね。」
「ああ。院長に確認した。」
傍にはシンハ。ちゃっかり昼時からは僕の傍にいる。子供達が近くにいないのと、おやつという名の昼食を食べるために、顕現していた。
索敵で建物内部に人がいないのを確認。
「では。行きます。結界!」
建物の前にくると、僕はまず、結界を張った。
ホコリとかが飛ばないように、石が崩落しても、飛び散らないように。
それから、杖を取りだし、呪文を唱えた。
「イ・ハロヌ・セクエトー…解体!からの、建材収納!」
すると、端から次々に分解され、建材の石や屋根、材木などが次々と消えていく。
防音はしなかったので、バリバリ、ガラガラ、ミシミシ、バキバキ…といろいろな音がしている。
「うええ。すげえ!」
「うお!」
「まじかよ…」
「すごい…」
ちらりと見ると、職人さんたち、院長先生やシスターたちが唖然としている。みんな口をぽかんと開いて。
口からホコリが入るよ。いや、結界しているから、ホコリはたっていないけどさ。
結界の中はもうもうと砂埃。そのホコリも一緒に風魔法を使って収納。あとは亜空間内部でクリーン処理し、砂とか土は分別しストックして、本当にどうしようもないゴミは「ごみ箱」へ。
「ふう。と、こんなもんかな。」
僕は作業を終えた。ものの5分といったところか。それでも丁寧にやったつもり。
それから、削ったところまで歩いて行って
「壁、生成!」
と杖を振ると、今度はぱたぱたと石材が空中に飛び出しては一段一段、積み上がっていく。積み上がりながら、石と石の間にはパテを塗り、魔法で速攻で乾かし、また石が積み上がる…。
途中、1階と2階にひとつづつ窓も作る。窓には外した窓を再利用。これに3分。作った新壁の内側には古材を利用して補強を入れ、漆喰仕上げ。これに3分。
「ふむ。こんなところか。ついでに…屋根、修繕!」
と唱え、孤児院部分の屋根の穴も塞ぎ、雨漏り対策もばっちり。煙突の石のカケも直しておく。
「最後に…クリーン!!」
外壁がとてもきれいになった。内側の漆喰の亀裂も直ってきれいになっている、はず。
皆、唖然。
「まあ、こんなもんでしょ。」
と僕はぱんぱんと手を叩いて大満足。
さすがにちょっと魔力消費を感じたので、いつものように、さりげなくエリクサーという名の栄養ドリンクを1本飲んだ。
「ぷはあ。」
一仕事したあとの栄養ドリンク、美味しいよ。
『サキ。』
と足元からシンハの声。
「ん?」
『やりすぎだ。』
とシンハに白い目で見られた。
えー、そうかなあ。
「もうなんと言っていいか…。神の奇跡を見たようですわ!」
と院長先生が大興奮で言っていた。
「もしこれを魔術師にご依頼すると、普通は何千万ルビ…いいえ、億単位のお金を積まないとやってくれないでしょう!
『魔塔』でも、このような早さで出来る方がいるとは思えませんが!」
えーそうなんです?でも天下の『魔塔』でしょ。もったいぶっているとか?
「サキ、ほんっとうにこの金額でいいのか?」
熊親方からは規定額最高の500ルビに、手間が省けたお礼と言ってもう4,500も足してくれて、依頼達成証明書には代金5,000ルビと添え書きがある。
「もちろん。ていうか、いいんですか?依頼書より10倍も高いですよ。」
しかも、中級ポーションを2本も、親方から貰った。
「いいんだ。ほれ、「応相談」と書いてあるだろ。違反じゃねえ。」
「はあ。」
「つうか、こんなはした金ですむ話じゃねえわな。謝礼はまた別に考えとく。」
「え、いやいや、いらんです。家具とか木材とかガラスとか、たくさんもらいましたし。」
「何言ってる、そんなもんだけであの大魔法じゃ、まるで割りにあわんじゃないか。…わかった。金じゃねえものを考えとく…ふむ。採掘権なんてどうだ?」
「へ?採掘権?」
「ああ。とあるお貴族様のお客から謝金のかわりに譲られたもんだ。まあ、ハズレの可能性もあるが。お前さんならなんかうまいこと「やらかす」んじゃねえかと思ってな。あとで証書、やるわ。」
「はあ。」
なんでも、ヴィルディアス領内の「トカリ大渓谷」の採掘権らしい。「トカリ大渓谷」は隣のアルムンド帝国とこの国すなわちケルーディア王国の国境を成しており、お互い不可侵の土地だが、深い渓谷のそれぞれの崖側は、もちろんそれぞれの国の領土であり、採掘は認められている。だが、場所が場所だけに、大規模な開発は両国ともにできずにいた。
王国が先代の王の頃に、トカリ大渓谷を領地に持つヴィルディアス辺境伯に「採掘権」を無理矢理買わせて戦争のための軍資金を得たそうだ。辺境伯はそれをさらに分割して、安く払い下げたのがはじまり。だがいっこうに開発は進まず、また有益な鉱石が大量に採掘されることもなく、今では空手形なみの扱いだ。
でも、たしかに僕なら優秀な索敵くんもいるし、化けるかもしれない。
というか、「トカリ大渓谷」は「はじまりの森」まで伸びていて、その先は「ペルメア大渓谷」に続いている。昔の魔法使いのアンデッドがいて、瘴気の谷だったところだ。この領都に来るとき通ったが、ちらと山肌を鑑定したら、金やアダマンタイト、ミスリルの層があったわな。あのときはとにかく走り抜けることで精一杯で、試掘もしなかったけど。
地層が続いているなら、たしかに「化ける」かもしれない…。
ということで、孤児院の依頼はわずか半日ちょっとで終わってしまった。
そこで現地解散、お仕事終了となった。僕が収納した石材は、あとでギルドの指示する壁外の空き地に置く予定。