18 シンハとおしゃべり 2 魔法談義
畑づくりは今日はこれぐらいにして、次はシンハ先生に魔法を見てもらう。
「ウォーターボール!」
的にした立ち木に次々に初級魔法が着弾する。
『ふむ。お前は無詠唱が得意だな。』
「無詠唱?術名言っちゃってるけど。」
『それも無詠唱というんだ。呪文なしで発動しているだろう。』
「うん。まあ。」
『術名ありと無言とを区別するなら、術名ありを単に『無詠唱』、術名なしの無言を『真の無詠唱』という。ふつうは長々と詠唱するんだぞ。まさか「水だま」の詠唱は知らないとか?』
「えーと、たしか『水よ、集い飛び行き的を撃て』だっけ。」
ぼくはうろ覚えの中二病くさい詠唱を思い出した。詠唱は使える魔法のものなら何故か知っているのだ。でも詠唱したくない。
『そうだ。それが正しい。だが今の人間どもは少し違うことを唱える。発音も違う。お前の発音が正しいし綺麗な音だ。』
僕はウォーターボールを撃つ時、自分では「ウォーターボール!」と唱えたつもりになっていたが、実際には「アックアヴィー!」とか「アカヴィ!」みたいな感じだ。ほかもすべて、異世界の言語だ。しかし現代の大陸語ではない。不思議なことに、地球のラテン語系言語に似ていることもある。
『俺の知り合いの魔法使いが言っていたが、詠唱や術名はすべて古代から伝わる魔法語だそうだ。』
「そうなんだ。…でも地球語に似ているのはどうしてだろう。大昔、地球人がこっちにやってきて、魔法を使ったのかな」
『そこまでは知らん。だが、正しい発音や綴りは失われていて、劣化している。』
「劣化?じゃあ、今の人間たちはどんな発音を?」
『うまく言えないが、『アグラーべ』だったか。呪文も『水よ、我に従い敵を撃て』とか言っていたな。』
「え、結構違うじゃん。」
『そうだ。筆写されたり、口伝で伝えられたりするうちに、変化したようだ。「水だま」は初級だからその程度の短さだが、高度な術になるほど詠唱は長くなる。変化もかなりなもの。当然効果にも差がでているだろうな。』
「ふむ。ちなみにシンハのは『真の無詠唱』だよね。」
『そうだ。我は人族とは発声器官のつくりが違うからな。発音しろと言われてもできん。だが魔法は使えている。』
最近は僕も『真の無詠唱』で発動できるようになってきた。
でも心の中で「アカヴィ!(水だま!)」と言っている感じだが。
ちなみにウォーターバレットは「アカデュ!(水弾!)」だ。
まあ、今後も読者の皆様にはわかりやすいように「ウォーターバレット」と表記します。
『魔法の発動で最も大切なのは、イメージだ。イメージさえしっかりしていれば、発動する。逆にどんなに正しく詠唱しても、イメージ出来なければ発動はしない。』
「イメージ、か。奥が深いね。ねえ、夢の中で間違って魔法を発動させちゃうことってあるのかな。あるとしたら、結構危ないと思うんだけど。眠っているうちに火事になったりとか。」
『それは昔からの疑問だが、発動はしない。神のご加護のおかげと言われているな。』
「神のご加護??」
『ああ。太古の昔、世界樹がこの世界の生き物たちに魔法をお与えになった時、夢で発動出来ないようにしてくださったということだ。』
「ふうん。」
いきなり神話の話になっちゃったよ。神様イコール世界樹なんだね。
「あ、それから、魔法には魔法陣魔法もあるよね。」
僕はふと思い出して言った。僕が作っている結界石も、結界になーれと祈ると、魔法陣が現れ、石に張り付く。それから、複数のウォーターボールを作って空中に待機させてから発射なんて時は、魔法陣が見える。
『ああ。詠唱の時に見えたり、詠唱のかわりに書き出したりするものだな。』
僕は「なんとなく」頭の中にあるウォーターボールの魔法陣を、右人差し指の先に展開した。するとシンハがはあーっとため息をつく。
『魔法陣はな、今はほとんどの人間は作成することもできなくなっている。それをお前は中空にいとも簡単に…。』
とあきれている。
「え、そなの?だって、魔法を使うとき、必ず現れるじゃん。」
『普通、人間には空中に発動しているものは見えんのだ。床や石、紙に書き出せば見えるがな。』
「ふうん。でもシンハには見えてるよね。」
『ああ。俺は神獣だからな。』
と胸をはるシンハ。
「なるほどー。えーと、文字はこれ、ここと…こことか。「水」「集え」「飛べ」「的」って僕には読めるというかそんな感じがする。呪文と一致してるんだね。」
『そうだ。それより、それが読めることも異常なんだが。』
「えっ!そなの!?」
『ああ。人間は古代魔法語で呪文や術名を唱えているはずなのに、読めない者が多いのだ。正しい魔法語を忘れてしまったのだな。もちろん、魔法を研究している学者は読めるが。だがそれも間違って覚えていることが多い。』
「…。シンハは読めるんでしょ。」
『俺は神獣だからな。基準にはならん。』
「あっそう。…で、話は戻るけど、無詠唱のことなんだけど、敵と戦っている時、長々と詠唱できないよね。みんなどうしてるの?イメージで『真の無詠唱』?」
『もちろんそういう優秀な奴もいるが、ほとんどがすさまじい早口で唱えているな。』
「えー。ずいぶん原始的。」
『あとはよく使う魔法の、魔法陣を書いた紙を持ち歩いている。いざという時はそれに魔力を込めるんだ。すると発動する。』
「なるほど。その紙は使い捨て?」
『ああ。魔羊の皮を薄くはいでなめしたものだ。結構高価だ。使い勝手もいいとはいえない。使えば燃えてしまう。
魔法陣が書けるやつが少ないし、その魔法陣魔法もきちんと伝授されておらず、劣化している。だから詠唱より魔力が必要なのだ。結局素早く唱えることになる。』
「なるほどね。でも無詠唱…術名だけ叫ぶのでも、戦いの時には敵に手の内がわかってまずいよね。ふむ。」
だが僕の場合は、イメージを明確にするにはやはり心の中で念じるだけでなく術名だけは唱えたほうがいい。
まあ、イメージさえしっかりしていればいいから、今しばらくは術名をなるべく小声で唱えることにしよう。そのうち慣れてくれば『真の無詠唱』もできるだろう。
「あ、これ、地球語でも発動するかな。ウォーターボール!」
と「英語」で言ってみる。
「あれ、少し威力が。」
『ああ。やや劣ったな。』
「じゃあ、現代大陸語。ヲターベル!」
『さらに劣った。やはり最初の古代魔法語が一番威力があるようだ。』
「そのようだね。」
それから妖精語や日本語も試した。妖精語はなんとなく「これは妖精語だ」とわかった言語だ。これもチートか?理由が不明だし。で、妖精語での魔法発動は、妖精が手伝ってくれたからだろう。それなりに強かった。
『妖精語は妖精にイメージが伝われば助力してくれるからだろうな。』
「なるほど。」
『お前は妖精に好かれているようだ。自分の分野の魔法になら協力してくれるだろう。妖精たちは本能的に魔法のイメージをとらえることができる。『真の無詠唱』でも通じるだろうが、当面は発声したほうがイメージが伝わるだろう。』
「なるほど。くわしいねえ。」
『まあな。昔、魔法に詳しいやつと旅をしたからな。短い間だったが。』
「ふうん。」
とだけ言っておいた。
きっとその人ももう生きてはいないのだろう。シンハが森に籠っていたのは、シンハより短命な人族と仲良くなったら、死に別れて寂しい思いをしてしまうからなのかもしれない。
それから日本語でも試しに唱えてみた。これも珍しいほどよく発動していたが、やはり古代魔法語が一番強かった。
『ちなみに、今は魔法を良く使える者を皆「魔術師」と呼ぶようだが、少し前までは、魔法を使える者は「魔法使い」、魔法陣魔法も使える者を「魔術師」と呼んで区別した。まあ「魔法使い」の上位種みたいなものだな。普通はきっちり魔法の学校で学んだ者たちだ。学者系とも言える。お前はどうやら「魔術師」の入り口くらいには居るようだな。』
「へえ。そういう区別があるんだ。」
『「魔法使い」はそれなりに多いが、「魔術師」は滅多にいない。魔法陣を読めるなんて、絶対他人に言うんじゃないぞ。いろいろ狙われるからな。』
「はあーい。」
って、いつになったら他人というニンゲンに会えるんだろ。
「ん?シンハ、足怪我してるじゃん。」
さっきからしきりに右前足の平を舐めているなと思ったら。
『いや、舐めれば治る。この程度。』
「たしかに君の唾液には治癒効果はあるようだけど。言ってよ。僕も治癒の稽古になるからさ。」
と言って、僕は右前足をとるとまずよく見た。肉球の間に大きめのトゲがささったようだ。
「うわ、痛そう。トゲじゃなくて、ほぼ木クギじゃん。」
シンハの玉体に傷をつけるとは、相当な硬さのトゲだから、きっとトレントという樹木の魔物の破片なのだろう。
僕は魔法で出した水で洗い、刺さった大きなトゲをぐいと引っこ抜いた。
プツリと赤い血が出る。血と一緒にバイ菌も出して、もう一度水洗い。小さな木片が残っているようだが大丈夫。
手をかざし「ヒール」とつぶやく。ぼくのヒールにはクリーン効果も入っているようだから、クリーンは唱えなくていい。
「ヒール」の言葉でシンハの足はきらきら光り、ちょっとだけ残っていたトゲの残骸もきれいに消えた。そして傷はあっという間に治っていく。最後に念のため「鑑定」をして、「刺し傷完治、感染なし」との結果で問題ないことを確認する。
『手際がよくなったな。』
「まあねー。怪我したらすぐ教えてね。僕の鍛錬にもなるから。」
『わかった。』
しばし手作りしたブラシでシンハの毛並を整えてやりながらもふもふを堪能しつつ、ヒールについて考える。
どんな時、どんなヒールなのか、まだまだ調査や観察、実践が必要だ。
『急に無言になったな。何を考えている?』
ブラッシングしていると、シンハが声を掛けてきた。
「ん?ああ。ヒールにもいろいろあるなと。」
『ふむ。』
「たぶんこめる魔力の量とイメージで変わるだろうなとね。単純に傷を治すもの、体力を戻すもの、軽い病を治しちゃうとか、指とか腕とか欠損部分を補ってしまうものとか。
毒の場合は、「解毒」つまり「キュア」を使うだろうけど、たぶん僕のヒールは軽い毒ならヒールだけで大丈夫みたい。毒が強いときは「キュア」で解毒してから体力回復させるヒールがいいだろうけどね。ああ、あの「マダラ蛇」は別だよ。あれはなんだろう。「呪い」だったのかな?「キュア」では絶対無理だと思ったから「浄化」を使ったんだけどね。」
『ふむ。なぜそう思ったのだ?』
「んー、なんとなく?」
首をこてんと曲げてそう言うと、
『ちっ、いい加減なやつめ。』
とにらまれた。
「あはは。っていっても、まだいろいろ推測の域なんだけどさ。考え出すと難しいね。あ、ただし、どんな万能ヒールでも、流した血は戻らないから、大怪我を治した時は養生も大切だと思う。」
『お前はぼうっとしているようにして、意外に考えているんだな。』
「あ、ひっどーい!…まあ、前世の知識の受け売りだよ。本当にそうなのかはこれから検証していくさ。」
『まあ、その、なんだ。頑張れ。』
「はいはい。」
『…。サキ。アカシックレコードというのを聞いたことはあるか?』
「なんか、聞いたことがある。ゲームかなんかで。」
『アカシックレコードというのは世界の記憶ともいう。魔法使いやそれぞれの道の達人が奥義を極めると、その扉を開くことができるそうだ。知識の宝庫で、その領域に到達できるのは、ごく限られた者たちだけという話だ。』
「ああ、なんか似たようなことを、地球にいた時に聞いたな。おとぎ話だと思っていたけど…。此処ならありうるのか。」
『あると聞く。お前が町へ行き、魔法の学校にでも入ったら、誰かに聞いてみるがいい。』
「そうだね。覚えておくよ。」
 




