178 幸せの風景
僕はシンハの分も同じように作って少しタレを控えめにしたものを、シンハ専用の皿に乗せてお犬様に出した。
「シチューも、いただきますね。」
そういって、アマーリエさんのシチューもシンハ用ボウルに入れて添えてやる。
あとは水をボウルに入れて出し、軽くあぶったフォカッチャのようなパンも小皿に添えた。
ちなみにシンハのための食事は、いつもアラクネ糸で織ったランチョンマットを敷いて、それからトレイを置き、その上に肉の皿とか水のボウルとかを置くようにしている。
ステーキの時は、トレイに直に置くこともある。
とにかく、必ず地面で食べる時でも、布を敷いて、トレイか皿を置くことにしている。
シンハが、地べたで砂だらけの肉を噛むのは絶対嫌だったし、トレイや皿も土の上に置きたくないので、必ず布を敷くようになったのだ。
場合によっては、シンハごと布に座らせて、トレイを出すこともある。
周囲の人からしたら奇妙かもしれないが、僕は絶対そうしたかった。
シンハは何も言わないが、自分を大切にしている、ということは判ってくれているようで、黙って僕のやることを受けいれてくれている。
気分の問題なんだけどね。
「どう?シンハ。おいしい?」
『ああ。美味い。奥方の作ったシチューもなかなかだぞ。』
「良かった。じゃあ、僕もいただこう。」
そう言って、僕はようやく食卓についた。
「はっ。ご、ごめんなさい。お客様より先に食べてたわ。ついおいしすぎて夢中になっちゃって。」
「あ、いいえ。構いませんよ。良かった。お口に合って。シンハも、アマーリエさんのシチュー、おいしいって。」
「ばうばう。」
「あ、あら。そうお?良かったわ。こんなおいしい魔兎料理の前じゃ、かすんじゃうと思ったけど。こちらこそお口にあってよかった。」
「おかあさんの料理は、いつもおいしいわよ。安心して。」
「あら。ありがとう。」
ユリアに言ってもらって、アマーリエさんもほっとしたように笑った。
なるほど。血が繋がっていない親子が、どんなふうにして暮らしているのか、少し判った。
こうやってお互いを認め合い、褒めあって、少しずつお互い歩み寄りながら、絶妙なバランスの中で暮らしているんだな。
「すみません。ごちそういっぱいなのに、余計な料理なんかしちゃって。」
と言うと
「何いってるのよ。こんなおいしい魔兎、初めてよ!あとでレシピ、教えてね。」
「あ、はい!アマーリエさんなら簡単に作っちゃいますよ、きっと。」
「まあ、そんなこと…もぐ。ほんとおいしいわあ。」
「おかあさん、おとうさんの分、残しといてあげてね。」
「はっ、とそうだった。忘れるところだったわ。」
あわてて皿に取り分けはじめるアマーリエさん。
ユリアが僕に目配せしてクスクス笑ってる。
ミーシャ君が
「ごちそうあると、いつもおとうさん、忘れられちゃいそうになるんだよねー。」
とさらっとばらしてしまい、また食卓に笑い声が響いた。
アマーリエさんは赤ワインを飲んでいる。
僕も勧められたが、未成年なので断った。
なので、水と葡萄ジュースだ。
ユリアやミーシャ君も同じ。
この世界では15歳が成人で、14歳は少しなら飲酒も認められている。
ミーシャ君がすっかりお口のまわりにタレやらシチューやらをつけてるのが微笑ましい。
それをユリアが時々拭いてやったりして。
僕にもこんな時期があったなと、ふと思った。
一人っ子だったから、姉も弟もいなかったけど、元気だった時は、食卓は親と一緒だった。父親は仕事で遅い時があるから、たいてい母と二人だったけれど、なんだかふわふわと幸せな空間だったと、思い出した。
デザートは冷えた梨と葡萄。
シンハにもあげて、僕も葡萄を食べつつ、ついにこにこしながらミーシャ君たちを眺めていたら、アマーリエさんが
「で、どうなの?うちのユリア、いいコでしょ。」
「え?あ、はい。ですね。」
「おかあさん?」
「決めちゃえば?今なら予約、受け付けるわよ。」
「え」
「お、おかあさんったら!」
ユリアが真っ赤になっている。
え、えーと…僕は一応14才ということにしているけど、この世界に来て2年しか経っていない。元16才で亡くなったから今は18才のはず?ユリアは見た目10才くらい?だけど、14才だし…。あら、大人なら、年齢的にまじ射程圏内じゃん。確かにユリアは優良物件ではあるが…。などとぐるぐると考えてしまう僕。ついぱちぱちと瞬きをしてしまう。
「もう、サキが困ってるわ。」
「あらだって、こういうことは早めにはっきりさせておいたほうが…」
「ただいまー。」
とそこにギルド長がご帰還。助かった、かな。
「お。」
「お邪魔してまーす。」
と言うと、本当に驚いた顔をしていた。
「ん?なんでいるんだ?」
「あら。それはサキ君に失礼でしょ。」
「すみません。なんだかこういうことになっちゃって。」
「なかなかお前、ずうずうしいな。」
「てへ。すみませーん。」
「もう、貴方ったら。気にしないで。サキ君。若者をからかいたいお年頃なのよ。」
いや、アマーリエさんだってさっき僕をいじってたよね。
「そんなこというヤツには、サキ君が作ったごちそう、あげなーい。」
「んん?サキの料理?ああ、そういや、この間の討伐で、炊事係もやってたな。お前。」
「すっごく美味しかったんだから!残しておかないほうがよかったかしらね。」
「じゃあ、ボクもっと食べるー!」
「ああ、ミーシャはだめよ。おなか、ぱんぱんでしょ。自分のぽんぽん、さすってごらんなさい。ね?さ、そろそろお風呂の支度しなさい。」
「そんなに美味いのか?」
「食べてごらんなさい。世の中の常識がひっくり返るうまさだから。」
「アマーリエさん、それは大げさですよ。」
「あらほんとうよ。魔兎がさらに美味しくなって」
「魔兎だとっ!」
なぜそこでギルド長まで驚く?Sクラス冒険者だよね。
なんか、同じような会話、いつぞやの歓迎飲み会でもしてませんでした?
「まったくお前は。そうやって信者を増やしているのだな。」
「信者って。」
「俺の家族までお前の信者か。このヒトたらし教祖め。」
ええーなにそれ。
「まったく。いつまでサキに絡んでるのよ。そんなだから若者に嫌われるのよ。オヤジ。」
とユリア。
「辛辣だな。娘よ。」
「馬鹿言ってないで、先にシャワーでも浴びたら?汗臭いのは娘に嫌われるもとよ。」
「これがいいと言ってくれる女もいるんだぞ。」
「あらー。どこに?紹介してくれるかしら。」
とアマーリエさん。
「い、いや、それは言葉の綾だ。本気にとるな。」
「あはは。飽きないわよ。毎日こんなだから。」
ユリアが醒めた感想を言ってくれた。
僕は苦笑するしかない。
「ミーシャ、パパと風呂入るか。なっ。」
「うん!」
「よーし。男どうし、入ろうな。」
「あ、やっぱりやめた。僕、シンハと入る!」
「ええ!?」
「シンハと入るの!」
「ミーシャ、シンハちゃん、困ってるわよ。」
ふっさふっさと尻尾をふるが、確かにシンハは困っている。
「ごめんよ。シンハはお風呂は今日は入りたくないんだって。もう眠いみたいだよ。」
「えー。シンハとはいるー。」
「わがまま言わないの。シンハちゃん、困ってるわよ。そんなこと言うと、帰っちゃうわよ。」
「やだー。帰っちゃやだー。」
「だから。パパと入っておいで。」
「うう。帰らない?シンハ。」
「うん。まだ帰らないよ。ミーシャ君がお風呂から上がるまで、ちゃんと此処にいるから。安心して入っておいで。」
「判った!パパ、早くっ!」
「はいはい。」
すっかり、ギルド長は息子の言いなりだ。パパぶりが見えて微笑ましい。