177 犬好き母子
ギルド長の家は、ギルドから10分ほどのところにあった。
本当に近い。
何かあればすぐに駆けつけられる距離だ。
なのにああやって絡まれるんじゃあ、ギルド長も送り迎えしたくもなるだろうな。
にぎやかな商店街からちょっと路地に入ったところで、閑静な住宅街。
土地代が高いから、集合住宅で、鍵付きの大扉をあけると中庭が見えて、手前に階段があって、そこを上がっていった最上階の3階がギルド長たちの家だった。
リンローン
ドアベルを鳴らし、自分で鍵をあけて、ユリアが入っていく。
「ただいまー。」
「おかえりなさーい。」
女性の声。
「あ、これおみやげ。ご近所の商店からもらったの。」
「あらま、こんなに?いったいどうして?」
「んー、まあいろいろあって。…サキ君たちを連れてきたわ。」
「あら。」
「こんにちはー。はじめまして。」
声をかけると、奥からエプロン姿の素敵な女性が出てきた。
「まあまあ!いらっしゃい!入って入って。」
「急にすみません。ちょっとユリア…さんと相談があったので。」
「ごはん、まだでしょ?食べていって!きゃは!これがシンハ君ね。会いたかったのよー。はじめまして。撫でていい?」
「くうん。」
ふっさふっさと尻尾をフリフリ。
「どうぞ。喜んでますから。」
すると撫でるというよりシンハに抱きついた。
「きゃー。ありがとー。んー。いい毛並み。気持ちいいー。シンハ君、うちの子にならない?いつでも来ていいわよ。」
「わふ。」
「おかあさんったら。サキ君が困ってる。」
「あら、ごめんなさい。サキ君もいっそのこと、うちの子になればいいわ。うん。そうよ。そうしなさい。」
「もう。おかあさんったら。」
「とにかく、入って入って!」
「すみません。…えーと…じゃあ、お邪魔しまーす。」
なんか勢いに押されて、そのまま中へ。
西洋風に家の中は土足エリアだが、一応、シンハの足と僕のブーツにはクリーン魔法をかけておいた。
中は思ったより部屋数もあるし、広いようだ。
なるほど、高級マンションというところだろう。
家具もいろいろ高そうだ。
やはり二人で上級冒険者だったというだけのことはある。
奥様のアマーリエさんはA級だったと聞いた。
ギルド長は伝説のSだ。
「わんわん来たの!?」
部屋から飛び出してきたのは、5才になるミーシャ君。
「きゃー。わんわん!」
そういうと、母親と同じくまったく用心もせずにシンハをハグした。
まあ、強い母親の目の前ですから。安全ではある。
人見知りの強いシンハなのに、よく耐えているな。えらいぞ。
「ごめんなさいね。ミーシャも犬好きなの。」
とユリア。
「ふふ。いいですよ。犬好きに悪人はいないと思ってますから。」
と僕が言うと、シンハが
『ひとごとだと思って。』
とぶつぶつ念話で返してきた。
「(じゃあ、此処でうなる?お前、そうする?)」
『…できるはずがなかろう。目の前の女性は相当な強者だぞ。』
「(んーわかるー。僕もそう感じてるー。えらいぞ。シンハ。よしよし。)」
『あとでおぼえてろよ。』
「(おー。こわ。まあ、拗ねるなって。美味い肉、食わせてやるから。)」
そんな念話をしながら、リビングへ。(ちなみに今の会話はユリアには聞こえていない、ハズ。)
「おかあさん、今日はなに?」
「ホルストックのシチューよ。多めに作ったから丁度良かった。サラダも作るわ。ユリア、手伝ってくれる?」
「うん。」
ユリアが養母にすっかりなじんでいるようで、僕はほっとした。
「すみません。急に押しかけて。…あの、ご挨拶がわりに魔兎、お持ちしたんですが。」
「えっ魔兎!?」
アマーリエさんの目の色が変わった。
何処でも魔兎、ひっぱりだこだな。
「よかったら調理しますよ。ソテーなら得意なんで。」
「え、いいのかしら。やってもらっても。」
「お嫌でなければ。竈、お借りしてもいいですか?香草焼き。タレつけて。おいしいんですよ。」
「え、ええ。じゃあ、いいかしら。してもらっちゃっても。」
「はい!よろこんで!」
僕はさっそく手を洗い、さっさとフライパンを出してトングを出して料理をはじめた。
「え、なに?そのフライパン。見たことないわ。」
ないはずだ。アダマンタイト加工で油いらずの焦げ付きなし。ベースの素材は鉄のフライパンですよ。
「僕の特製フライパンなんです。ちょっと製法が特殊なんですよ。」
そういいながら、亜空間収納から作りおきのタレと魔兎肉を取り出し、金串で肉をぶつぶつ刺して、タレを揉み込み、中まで浸透させる。この時、ちょっと魔力で浸透を早める。それからフライパンにオリーブオイルをたらし、潰したニンニクを炒め、そこに肉を投入。トングで肉を回しつつさらにタレをからめながら火を通していく。
「何?その器具。便利ね。」
「トングっていうんです。はさむと簡単なんで。」
「いろいろと不思議な道具を持っているのね。」
「そうですか?…で、ここでちょっと火魔法と圧力魔法で中まで火を通してっと。」
「え。料理に魔法、使うの?」
「使いますよ。中まで火を通すのに、超便利。あとは圧力かけて短時間で煮込むとかもよくやってます。」
「すごいのね。」
アマーリエさんが半分冒険者の目で僕の動作を見ている。
肉の塊を大皿に置いて、その場でさくさく切り分けていく。
湯気が立って、肉汁が出て、いかにもおいしそう。
そこにさらに別の仕上げ用のタレをかけ、周囲をクセのないイタリアンパセリによく似たサラダ用野菜で飾る。
「わー。すごいー。あっという間。」
「どうぞ。熱いうちに。ボナペティート。」
と言って、皿を勧めた。
「え?なに?」
「あ、古い言語で、『召し上がれ』っていう意味です。僕はあとシンハの分の肉も焼くので。先にどうぞ。」
「あら、悪いわね。じゃあ、味見。…!おいしい!」
「はふはふ。…なにこれ!うっま!」
「おいちい。」
「口の中で、お肉がとろけたわ!なに!何が起きたの!?」
「あはは。さっき圧力かけたでしょ。だからです。とろふわになるように焼いたんです。気に入ってもらえて良かった。」