168 新しい家 結局自分で改造を始める
「で、何処をどうしたいって?」
熊親方とさっそく打ち合わせだ。
「はい。まず…2階の主寝室ですが、隣の部屋とつないで、そこを浴室兼お手洗いをつけたいのですよ。なので、水まわりの改造もありますね。」
そう言いながら、2階へ案内する。
僕とシンハが使っている部屋は角部屋で、主用の居間の奥が主寝室。廊下から見て向かって右隣は普通に客間になっていた。客間と主寝室はつながっていない。この客間を半分にして浴室とトイレにし、主寝室から行けるようにしたいのだ。ちなみに主用の居間の向かって左隣はシルルの部屋だ。
「ふむ。水は外側の壁の間を通すか。まあできなくはないが。」
熊の親方は窓から首を出して部屋の位置や柱の位置を確かめたり、部屋の寸法を計ったりした。そこが終わると、今度は鍛冶仕事をする作業小屋を作ってもらう話だ。
食堂から庭に出て少し行き、このあたりに鍛冶小屋を作ってほしいと提案。
広さも十分にとりたいので、結局、母屋にくっつけて作ることになった。
「外見はシンプルでも、様式は同じでお願いします。」
「判った。ラフでいいから構造がわかる図があるといいんだが。」
「わかりました。」
それから地下室。
此処はワインセラーはそのままで、それ以外に物置部屋の部分を新たに広げたいと思った。
「掘るのは僕が魔法でやりますから、部屋にしてほしいんです。」
「土台の支えがなくなると家が傾いたり崩れたりするから、結構掘るのは難しいぞ。」
「固めながらやるので、たぶん大丈夫。必要な柱は加えますので。」
「相当掘らないといけないが、魔法で本当にできるのかね。」
「ええ。たぶん。ちょっとやってみましょうか。」
「おお。慎重にな。」
「はい。」
僕は物置部屋の壁に向かって魔力を流し始めた。
イメージは壁がそのまま向こうへ動いていく感じ。
天井はそのままだが、崩れないようにしっかり固めながら進む。
ゆっくりと。
取り除いた土は壁の隙間から僕の亜空間収納くんに吸い込まれていく。
部屋が2倍になったくらいで、僕は壁を動かすのをやめた。
「…と、こんなもんでいかがでしょう。」
振り返ると、親方たちがあんぐりと口をあけていた。
「こいつあ…すげえな。」
「はい?なにか?」
なんだろう。そんなにたいしたことはしていないと思うが。
土魔法初級の応用だし。
「天井の硬さは…ふむ。支えはいらないくらいだな。」
「一応固めながら進みはしましたが、梁は通しましょうよ。柱は…此処に。此処から放射状に梁を渡せば万全かと。」
「まあ、そうだな。うん。そうするか。」
なんだか気が抜けたような返事だ。
「??」
「いや、あんまりすげえ魔法で、気が抜けた。参ったぜ。」
「はあ。」
どうやら、世間一般で言うところの非常識をまたやらかしてしまったようだ。
「まあ、魔法は得意なんで。ただ、建築は素人なんで、肝心なところは本職にお任せしたいのですよ。」
「そうか。」
と熊の親方は言葉少なに言った。
あとは壁の塗り替えなど軽微な内装替えだ。
「ふむ。ざっと計算して…100万ルビになるな。」
「あー。やっぱり。高いですね。」
「2階に水まわりを置くとな。あとは鍛冶小屋も高い原因だ。」
「じゃあ、構造的なところは僕が魔法でなんとかしておきますので、内装中心でお願いできますかね。」
自分でやれるところはやってしまおう。そうすればかなり安くなるだろう。
「そうきたか。まあ、お互いその方が気が楽だな。あんな魔法を見せられたんじゃ、かなわねえや。まあ、気が済むまでまずは先にやっててくんな。内装や壁塗りなんかの仕上げはうまくやってやるからよ。」
「よろしくお願いします。」
結局、僕がぐうたらしてはいけないということか。
じゃあ、構造的な部分はさっさとやってしまおう。
「そうですね。こちらの作業ができたら呼びに行きます。数日でできると思います。」
「そんな早くできるのか?まあ無理しない程度にがんばってくんな。」
「はい。」
ということで、結局僕が魔法を使わずに改造してもらうと、やけに高上りだと判ったので、自分でできるところはなんとかすることにした。
なんだか気の抜けたビールみたいになっている熊親方たちを見送ると、まず、広げたばかりの地下室に戻った。
硬さ的には絶対大丈夫なのだが、気持ち的に、梁と柱を完成させてしまいたかった。
そこで亜空間収納に仕事をしてもらい、エルダートレントと普通のトレント材(注:どちらも森産)を角材にして柱と梁のための材料を作った。それから、さっき壁を押して作った時に出た大量の土が亜空間収納にあるので、それを収納内でものすごく圧力をかけて固め、熱も加えて石柱を作り、大黒柱にした。硬さが大丈夫か、結界を張ってシンハにウインドカッターをやってもらったが、キンキンとすべてはねのけたので合格だ。
天井には大黒柱から放射状に綺麗に梁を這わせ、壁際に一定間隔で角材で柱を建て、その梁を受ける。
各所の柱と、構造上梁の要所にあたるところはエルダートレントを使い、補助となる梁は普通トレントを使う。梁も柱もわざと剥き出しに作るので、綺麗に仕上げた。
もちろん、重力魔法を駆使して作業をした。
基本的にクギを使わず、木組みで木材を接合。一部見えないところに鉄のかすがいを使用したが、以前森の奥で建物を作るときに作っておいた余りで間に合った。
柱と梁は、あとで防腐を兼ねて黒っぽいラッカーを一塗りしようかな。
床は、取り除いた土を圧力と熱で固めて硬質レンガを作り、敷きつめた。壁も同じようにレンガを積み上げる。レンガといっても、ここに使うのは石のように堅いものだから、強度的にも問題ない。
予定よりずっと広い地下室になったので、石の大黒柱を中心に、小部屋を二つと大部屋ひとつに仕切る。これは手をつけていないワインセラー以外に、という意味だ。
大部屋は光や熱に弱い薬草を扱う作業部屋にするつもりなので、明かり取りの窓や換気孔なども作り、小部屋は湿気が籠もらないように魔導具を置いて図書室や薬草保管庫にしよう。
ちなみに1階にも薬の調合室は作る。そちらがメインの調合室だ。日光や換気重視で、薬草を栽培する予定の奥庭に面した部屋をあてる予定だ。そこはほとんど大工仕事はいらない。庭にある外水道から水道管を引き込んで、手洗い場を作るくらいだ。それは僕が魔法で作ってしまう予定。
さて、地下室のことに戻ろう。
せっかくだから仕切り壁もトレント材で作ってしまおう。
まず、亜空間収納の中で綺麗に鉋かけをして仕上げた普通トレント材の板材をたくさん作っておく。
普通トレントの角材を補助柱として要所要所に立て、それから補強材として斜めにも角材を入れて頑丈に仕上げていく。それから壁となる板材を打ちつけていく。クギはエルダートレントの木クギだ。鉄より丈夫だからね。ここはあとで漆喰を塗ってもらうのでわざと鉋仕上げはしていない板材で作っておく。
床にもハカマになる板材を置いて、床と隙間ができないようにしつつ打ちつけていく。壁の下半分は板材を張って腰壁仕上げとする。
これを大部屋の壁と小部屋の壁で行なう。ただし扉部分はあけておく。扉用のフレームも作っておこう。
あとは壁に漆喰を塗ってもらい、扉をつけてもらえばいい。
次に2階をさわることにした。
新しい浴室の作業にはいる前に、2階の床下つまり1階と2階の間をチェック。
床の排水口の先は1階と2階の屋根裏になるが、この屋根裏、さすが男爵家。腰をかがめつつも、立って歩けるほど広い空間なのである。1階の天井裏はすべてレンガ敷きで、2階の床下もレンガ。ところどころに支柱が入り、トレント材らしき硬い木材で支えの梁が走っていた。
実に丁寧に作ってあるので、安心して歩き回れた。
1階にかかる負荷も考えて、柱と天井裏に補強を入れようと思ったが、天井裏をみてほとんど不要だと思った。鑑定さんに聞いても、耐荷重的にもこのままで大丈夫という鑑定結果だった。
水漏れ防止に、天井、壁面、床、それぞれに薄くセメントもどきを全面に塗り、魔法で速乾させる。ひび割れがないかチェック。また、念のため石の浴槽の真下のところにエルダートレント材の梁を数本渡し、梁と柱の接合部はナナメに角材を入れて補強完了。
あとで排水溝をあけることにする。
2階に戻り、浴室の床板は不要なので剥がす。レンガの床が見えたので、微妙なでこぼこは削ってから、ごく薄くセメントもどきを塗り、魔法で速乾。セメントはレンガの隙間埋めのためなので、重量はほとんどない。ここで小技が必要だ。床はごくなだらかに傾斜をつけ、排水溝に水が自然に流れるようにしなければいけない。
それから、洗面所となる場所にも下水管が必要だから、その排水も配慮しないといけない。
これも下水管が2階の床下を通って外壁と内壁に通す下水管に流れるように設計。
洗面台のほかに、トイレの排水管も設置。僕はクリーンで分解してしまうから、あまり大量に排水はしないはずだけど、お掃除の時はそれなりの量を排水するからね。他の人がトイレを使うかも知れないし。ということで、一応排水設備はきっちり作らねば。
2階浴室の床の基礎を終わらせたのち、寝室の壁には浴室に入るための扉用の穴をあける。
魔剣に魔力を通して、壁を四角に穴をあけた。
魔剣、便利だね。こういう使い方はあまりしないかもだけど。
扉は大工仕事だから親方に任せることにしよう。
隣の部屋は家具を取り除いたあと、仕切りの壁を建てることにした。
浴室側は大理石の板を壁にも貼りたくなったので、向こう側の狭くなった客間側だけいちおう完成させておく。
一階にかかる壁面の重量が心配だったが、真下の1階は小部屋が並んでいて柱も梁も頑丈だった。
壁作りは地下室と同じく普通トレント材を打ちつけて作った。
客間側はあとは親方に仕上げてもらおう。
「シンハ。浴室に白と黒の大理石や黒曜石を使いたいから、森に行くけど、一緒に行く?」
「ああ。行こう。だが、もう夕方だぞ?」
「え。」
しまった。夢中になりすぎた。