163 家を、買った!
朝になり、シンハにべろりと舐めて起こされた。
「う…ん…。」
『サキ。腹がすいたぞ。』
ステイタスボードの時計を見ると、確かにもう8時をまわっている。
「おはよ。」
『おはよう。ねぼすけ。』
「うー。眠かったんだよう。…シルルは?」
周囲を見たら、いなかった。
『なんだか張り切って、朝食を作るのだと言っていたが…。不安しかない。』
「確かに。厨房か。行ってみよう。」
と言っていた矢先。
ドンガラガッシャン!
『言わんこっちゃない!』
僕たちはあわてて階下に降り、厨房に走った。
「シルル?」
「うー。ゴシュジンサマア…。」
厨房はえらいことになっていた。
昨日おきっぱなしにしてしまったポトフは焦げ、卵が乗ったフライパンがひっくり返って、間からつぶれた卵が湯気を出している。
竈ではサラマンダが怒ったようにクェーっと啼いた。
「大丈夫?怪我ない?ヤケドとかしなかった?」
「してないでしゅ。妖精ですから。だいじょぶ。」
必死に朝食を作ろうとしてくれたようだ。
だがいかんせん、背が小さいシルルは、椅子に乗って竈で調理をしようとしていた。
体勢を見ただけであぶなっかしい。
それにしても、なんだか昨日よりからだが大きくなっている。
今は見た目5歳児くらいだ。
「せっかくのごちそうが…。ふえーん。」
「ああ。大丈夫だよ。また作ればいいだけだから。泣かないで。」
僕が抱っこしてあげると、シルルはひっくひっくとしゃくりあげた。
妖精は年齢がよく判らない。年齢が多くても、子供っぽいのが普通だし。
「料理は基本的に僕がするから。気にしないで。僕は料理が好きなんだ。だから。ね。」
「ふえーん。シルキーなのに、料理できないなんて。存在意義ないでしゅ。」
「シルキーって料理が得意なものなの?」
「家事全般をそつなくこなせるのが、デキるシルキーなのでしゅ。」
「そうなんだ。じゃあ、少しずつ覚えようね。僕も少しは教えられるから。」
「はいでしゅ。」
「朝食、作ってくれようとしたんだね。ありがとう。」
「ぐしゅ。」
「それにしても…大きくなったね。」
「本当は家事をするにはもっと大きくなりゃないと。でも今まで魔力をもらえる人がいなかったので、小さくなっていたでしゅ。」
「そうだったのか。」
昨夜あげた僕の魔力で、なんとか自己を大きくしたのだろう。でも5才くらいではやはり家事は難しい。
「じゃあ、これからいろいろ修行しないとね。まずは片付けを手伝ってくれるかな?」
「はいでしゅ。」
ようやく前向きになってくれたので、僕はシルルに手伝ってもらって、竈まわりを片づけ、朝食の準備をした。
まあ、普通にハムエッグにサラダ、パン、スープなんだが。
シンハのために魔兎のてりやきをつけたくらいか。
シルルもうまいうまいと言って、食べていた。
妖精も食べるんだよね。量は少ないけど。
「じゃあ、行ってくるね。」
「はい!いってらっしゃいませ!」
とりあえず留守中、火は絶対に使わないことをシルルに約束させたうえで、僕とシンハは屋敷を出た。
『やれやれ。これから前途多難のようだな。』
シンハがため息まじりにつぶやいた。
「ふふ。そんなことないよ。楽しいよ。可愛いじゃん。シルル。なんだか年の離れた妹ができたみたいでさ。」
『まあ、お前がいいなら俺は別に構わんが。』
「またまた。シンハだって、まんざらでもない顔をしてたよ。昨夜、シルルに抱きつかれてさ。」
『!あれはっ。振り払う訳にもいくまい。ああもひしとしがみつかれて寝こけられたら。』
「なんか、耳、いじくりまわされてたよね。」
『おかげで寝不足だ。ふあーあ。』
「ふふ。ご苦労さま。」
そんな会話をしながら、僕たちは冒険者ギルドに到着した。
入っていくと、ユリアが居た。
「あ、おはよう!サキ。」
「おはよう。ユリア。」
「で、どうだった?幽霊。」
わくわくしたようにひそひそ声で聞かないでよ。
「お父上から聞いたのかい?耳、早いね。」
「まあね。で?」
「うん。家は買うことにしたよ。」
「すごい!勇気あるわね。」
「ああ、別に勇気が必要な相手じゃなかった。」
「?」
「ふふ。可愛い妖精だったんだよ。今度紹介する。」
「妖精!?」
「うん。シルキーだよ。…えーと、お父上はおられますかね。」
「あ、はい。貴方が来たら、すぐに取り次げって言われてるから。一緒に上がって。」
そう言われて、ユリアと一緒に3階のギルド長室へ。
ユリアがノックをし、僕たちが来たことを告げると、
「入れ。」
と声がかかった。
中にはカークさんも何か報告があったのか、書類を持って立っていた。
「おはようございます。サキ君。」
「おはようございます。」
「おはよう。どうだった?」
とギルド長。
「ええ。大丈夫でしたよ。」
と僕。
「妖精だったそうよ。」
とお茶を入れながら、ユリア。
「うん?妖精?」
「はい。幽霊ではありませんでした。」
「どういうことだ?」
僕はうながされてソファに座り、事の顛末を話した。
幽霊の正体は、男爵の娘になついていたシルキーだったこと。
アルマ嬢が帰ってくるまで、家を守ろうとしていただけだったこと。
僕には懐いてくれて、これからもあの家を守ってくれることになったこと。
そして、僕はあの家が気に入ったので、買いたいこと。
「ふむ。では妖精付きであることを承知で、あの家を購入すると?」
「ええ。たぶんあの子も僕がオーナーなら満足してくれそうでしたので。それが一番平和かなと。」
「そうか妖精か…。それでいくら御祓いをしても、教会を呼んでも駄目だった訳か。」
ユリアが出してくれたお茶を飲みながら、僕たちは話した。
ユリアも話が聞きたかったらしく、さりげなくその場に留まっていた。
「家に付く妖精…シルキーだとしたら、普通は縁起がいいと喜ばれるものなのですがね。」
とカークさん。
「そうなんですか。でもどうもまだ半人前のシルキーみたいで。」
朝の騒動を思い出し、ちょっと笑いたくなった。
「なるほどな。俺が聞いた話では、住人によっては悪霊化することもあると聞いたぞ。」
とギルド長。
「へえ。そうなんですね。」
「まあ、聖属性の強い『お前さんたち』なら、悪霊化などはせんだろうがな。」
なるほど。シルキーはこの世界ではそういうものなのか。…ん?「たち?」シンハも聖属性が強いと知られている?ああ、そういえばイサクの魂が穢れていることは、シンハが見破ったと話したっけ。そのせいかな。…もしかして、神獣と見破っているとか?ぎく。…ま、いっか。
「でも幽霊の正体が妖精だったことは、ここだけの話にしたほうが、今後はいいですね。意思を持ったり話したりするほどの妖精は珍しいから、変な奴に狙われてもいけませんから。」
「そうだな。ユリアも、いいな。他言無用だぞ。」
「はい。」
「サキ君は聖属性が強い魔法使いだから、幽霊とは話し合って穏便に出て行ってもらったということにでもしましょうか。そうすれば教会の顔も立ちますし。」
「それがいいだろうな。」
大人二人は勝手に話を作って勝手に納得していた。
「わかりました。」
確かに僕が力業で強引に悪霊を祓ったとすると、そうできなかった教会の面目が立たないことになるからな。ここは同意しておこう。
さて、そのあとは契約の話になったので、さすがにユリアはそっと部屋を出ていった。
「じゃあ、昨日の提示額で、構わないのか?」
「ええ。構いませんよ。ずいぶんお安くしていただいてますから。これ以上値引きしろとはさすがに言えません。」
250万ルビは2500万円相当だ。
日本なら狭いマンションが買えるかどうかの価格。都市部の一戸建てなど、到底買える値段ではない。
ましてあの広さ、新築に近い状態。しかも家の守り神のようなシルキー付き!
2000万ルビつまり2億円と言われても納得できるような良質物件である。
これ以上の値引きなど考えられない。
「一応確認ですが、図書室の本も、あのまままるっと譲ってもらえるのでしたよね。」
「ああ。そうだな。家の引き渡しの中に、『屋敷に残存している家財道具および蔵書の一切』となっているから。大丈夫だ。」
ギルド長が、辺境伯から預かっている書類を確認しながら言った。
「よかった!本が読めるのが楽しみです!」
「そんなに本が読みたかったのか?」
「ええ。此処にくるまで、本らしいものを見てないので。」
本当のことだ。森で暮らしてたからな。
「ああ、出身は…そうか。うん。まあ、勉強にはなるだろう。活用してくれればなによりだ。」
「はい!」
騙すようで悪いけど、あの中に、僕にはとっても有益な古書があったんだよねー。
まだ本棚をちらっと見ただけだけど
『異世界からの召喚』!
それから『空間魔法の実際』!
『魔法陣300選』!
『世界樹の秘密』!
『古代魔法語入門』!
ホフマン男爵が興味を持っていたのだろうか。いや、ハクをつけるために実家の伯爵家から持ってきたのか。あるいは、あまり価値も判らずに遺産相続かなにかで譲られただけだったかもしれない。
たぶんいずれも空想小説扱いで、ろくに検討もされずに放置されてきたのだろう。世界樹さえ人間社会では伝説と思われているからな。
それらの本については、あとで何かシルルが知っているか、聞いてみよう。
とにかく、僕はさらさらと契約書にサインをし、即金で支払った。というか、ギルドに預けている預金から支払ったので、現金は見ていない。
「よし。これで契約は成立だ。あとで、やっぱりやめますーって言うなよ。」
この世界にクーリングオフはないようだ。
気をつけよう。
「はは。大丈夫ですよ。たぶん。」
と言っておいた。
ついに!家を手に入れました!
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