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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第二章 冒険者の街ヴィルド編
160/534

160 格安物件

正面扉を開けると、幅は広いが奥行き数メートル程度の狭い玄関ホールがあり、クローク機能まである。正面の両開きの大きな扉を開くと、その奥に広いホール。奥の中央には優雅にカーブした階段が二つ、シンメトリーに両サイドから上がるようになっている。

大きめの暖炉が部屋の両サイドにある。

うほ。

つい声が出そうになった。

まるで映画に出てくる貴族の館みたいじゃんかって、男爵邸だから貴族の館だけどさ。

おそらく貴族の館にしては小さめなのだろうが、すごく雰囲気はいい。

これで幽霊騒ぎがなければだが。


1階を見てまわる。

一番気になる厨房は広めで、お抱えのコックを雇っていたのは確定だなという感じ。

竈は4つも並んでいる。主人たちの料理を作りながら、別なコックが使用人のまかないを作ったり、明日の仕込み用に使ったりもしたのだろう。

4つの内訳は、3つは普通の煮炊きをする竈で、もうひとつはパンやピザも焼ける竈だ。オーブンにもなるし、燻製も作れるようだ。

冷蔵庫代わりにもなる貯蔵庫は大型のが3基もあって、それぞれ魔石を入れて温度を設定し稼働させるタイプ。今は魔石を抜かれて休止中だ。ただしこの世界では冷凍庫は床下に氷魔法で氷室を作って使うから、冷蔵や常温保管用の貯蔵庫だろう。もちろん床下には氷室もある。

厨房の隣は倉庫というか貯蔵室になっていて、二間続き。奥の部屋では肉を釣って保存できるエリアになっていた。

厨房脇の別の扉を開けると短い廊下があって、食器室と、地下のワイン室に行ける階段室に繋がっていた。地下探索はあとにしよう。

厨房の水回りは、外に井戸があって、そこからひかれた水道があり、魔石で蛇口から水が出るようになっている。これは王都なみの最新設備らしい。


廊下や部屋など、各所にある照明器具も屑魔石で起動するタイプだ。

ホールにはシャンデリアもあった。

豪奢とまでは言わないが、かなり住みやすく充実した設備を整えた、裕福な館だ。

食堂は10人くらいは余裕で座れる大テーブル。

居間とおぼしき部屋はがらんとしていたが、木の床でほどよい広さ。暖炉があって、綺麗なカーペットを敷いたりソファを入れたら、きっとほっとする空間になるだろう。


それから、貴族らしく大きめな浴室もあった。

「シンハ、お風呂があるよ。珍しいね。」

『おう。』

「確かに、内風呂はなかなかないからな。さすが貴族の家だな。」

とカークさんが言った。

「此処ならシンハも余裕で入れそうだ。」

とつぶやくと

「ほう。そのお犬様は風呂好きなのか。」

とギルド長。

「ええ。そうなんです。でもそういう機会はなかなかないので、川とかで水浴びで済ませてましたけどね。」

と言っておいた。

実は森では毎晩入ってました、とは言えないので。


他にもいくつか部屋があり、図書室もあった。

図書室には意外にも本がかなり残っていた。しかもこれらの蔵書も、家を買うならもれなくついてくるという。

魔法関係の本や、あとは伝説とか歴史系の古書が多いようだ。

「いいんですか?本って、お高いんでしょう?」

「大丈夫だ。辺境伯からは、今この屋敷内に残っているものは家具も蔵書もすべて、購入者に譲渡するということだ。もし蔵書が不要なら若干値引きもできる。ただしあとで法外な値段で本を余所にばら売りするのは辞めて欲しい、後日売るなら一括で、相手は辺境伯に限らせてもらいたいそうだ。」

「きっと、本家の伯爵家やホフマン男爵家のメンツを守ってあげたいのでしょうね。」

カークさんが口添えした。

なるほどね。

はやく魔法の本を見たかったが、まあ屋敷を手に入れたらゆっくり見させてもらおうか。

んー。なんかもう、この図書室と浴室、厨房を見ただけで、ほぼ買うつもりになっている僕。


2階もいちおう一通り見ていく。

大きめのスイートはきっと夫婦の部屋だったのだろう。

それから書斎らしき部屋とか、子供部屋かなと思う部屋とか、客間とか。

大きな机や作り付けのクローゼット、ベッドの土台くらいは残っているが、ソファなどはほとんどなかった。


男爵一家が死亡した時、この屋敷は商売のため抵当に入っていたのだが、その相手が領主すなわち辺境伯であった。そのため領主は王都にいる本家の伯爵と揉めることなくこの屋敷を手に入れたが、使用人を解雇するにあたり、家具の一部を処分して退職金にし、与えたそうだ。

本は領主が本好きなため、たまたま処分をあとまわしにしていただけらしい。


それにしても、退職金を与えてやるとは、なかなか人間のできた辺境伯だ。

ギルド長になにげに尋ねると、やはり退職金を持たせてやるなんて、なかなかできないことだと領主を褒めていた。

屋敷内は多少荒れてはいたが、雨漏りもなく、少し手を入れたり家具を買い足したりすれば、問題なく住めそうだ。

あとは先住者である幽霊さんに穏便にお立ち退きいただきたいが。


「次は地下ですね。」

さっきちらりと見た厨房脇の廊下に移動する。

「主にワイン貯蔵庫だな。」

地下には二部屋。物置と、酒樽とワイン瓶がかつて並んでいたであろう貯蔵庫。

残念ながらワインはまったくなかった。

真っ先に処分されたようだ。

物置もがらんとしていた。

新築だったというから、物置におくようなものもまだなかったのだろう。

屋根裏部屋まで見せてもらったが、前の持ち主の衣類などもすでにまったく処分されていた。

ほとんど前の持ち主の痕跡はない。

本当に幽霊がいるのだろうかと思うほど、静謐な空気だ。

僕は考え込んでしまった。

本当に幽霊なのか。


「どうした?やっぱりやめるか?まあ、なにも急いで買わなくとも、ゆっくり考えて」

「できれば買いたいですね。いくらですか?」

「え、いいのか?」

「難あり物件だから、お安くしていただけるんでしたよね。」

「あ、ああ。…これでどうだ?」

提示された額は、とんでもなく安かった。この広さで250万ルビ。

まじか!?

日本ならありえない。1億円って言われても安い!と思うくらいの土地の広さと屋敷のグレードだからね。

「ちなみにこの町の相場ってどんなもんなんですか?」

僕の予算は600万程度を上限で考えていた。ヴィルド初日の稼ぎ分だ。言わなくてヨカッタ。

内心どきどきしながらも、冷静を装って尋ねる。

「商業地なら小さめの店一件で400万ルビくらいですかね。」

とカークさん。それなりにするようだ。

「ここ、いくらなんでも安すぎませんか?」

「難ありだからな。それに、幽霊屋敷としてすでに有名だから、安くしても貴族や大商人はメンツを重んじて誰も買わん。かといって庶民が買える値段でもない。」

なるほどねえ。

「そんなに凶暴なんですか?その幽霊。」

「いや、しぶといだけで、実害はない…と思うが…。」

「どんなことをするんです?そいつは。」

「実は一度、話がまとまりかけたことがあって、試しに一晩泊まらせてくれって言われてな。ところが明け方、真っ青になってギルドに飛び込んできて、もう買わない、と言われて終わりだ。一晩中屋敷中でいろいろな音がしたそうだ。ベッドもゆすられたとか。」

「なるほど。よほど嫌われたんですね。そのひと。」

「まあ、そうだな。」

「じゃあ、とにかく一泊、僕も此処で過ごさせてください。それから決めますよ。」

「…大丈夫か?」

「シンハもいるから。」

とにこっと笑うと、毒気を抜かれたように、ギルド長もカークさんも顔を見合わせて苦笑した。

「判った。君も冒険者だしな。いいだろう。そのかわり、命の危険を感じたら、すぐにギルドに来いよ。俺は丁度仕事がたまっているから、今夜はギルドに寝泊まりするつもりだから。いいな。」

「わかりました。ありがとうございます。」



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