159 家を買おう!
さてさて、棚上げになっていた家を買う話。どうなるのかな?
盗賊事件も終わって数日後。
風が涼しいなと思ったら、世の中はいつの間にか秋になっていた。
町なかをトンボが飛んでいて、この世界にもいるんだなあと思う。羽根の数は6枚とか8枚だったりするが。
トンボはこの世界ではアキツというらしい。
なんか聞いたことがある呼び方だなと思ってアカシックさんで調べたら、アキツは日本ではトンボの古語だった。これも昔の日本人転生者の命名だと教えてくれた。
とにかくヴィルドは秋。町なかの公園では昼間でも虫の音が聞こえている。
森にいると毎日季節を肌で感じるけれど、町なかにいると、どうしても少し鈍くなりがちだ。
もっとも僕たちの場合は、森の奥のアジトに行こうと思えばいつでも飛び帰れるはずだが。
しかし実際はそうは出来なかった。というのも、ヴィルドの町には一応魔獣の物理攻撃や魔法攻撃から町を守る、魔法結界がある。一見、魔法使いでも気づかないか、気づいてもゆるゆるな結界に感じるものなのだが、第一波を防ぐためのものらしく、攻撃が強いほど、結界の効果が如実に表れるタイプらしい。
そしてこの結界は、町なかから出ようと遠距離テレポートのような強い魔法を使うと、どうやら辺境伯側に、誰かが転移魔法を使ったと解られてしまうらしい。
一度使おうとしたら、僕の優秀な索敵魔法くんが、そうなるけどいいの?と警告で知らせてくれたので、あわてて中止した。
テレポート魔法は、使える魔法使いは滅多にいないらしいので、使えることを僕はヴィルドでは誰にも言っていない。(気づかれちゃった場合もあるけどさ。)
そういう事情のため、まだ森のみんなと契約後、1度しか行けていないのだ。
その時はたまたま薬草を取りに町の外の草原に出たので、ちょっとテレポートして、土妖精たちと薬草畑のことを軽く打ち合わせしてきただけだ。
時々は顔を出さないと、湖の精のメーリアやアラクネ女王のツェル様が拗ねるからなあと思いつつも、まだ行けていない。
契約をしたから、遠くとも少しは念話でおしゃべりできるが、やはり遠いせいだろう。念話は途切れがち。できたりできなかったり。魔力の多いメーリアやツェル様とでさえこうなのだから、ほかのみんなとはこちらに「召喚」でもしないと、おしゃべりはできない。
とにかく、ヴィルドで家を買うことができたら、一度行かねば。
そんなことを考えつつ、今日もギルドにやってきた。
「で、どこかないですかね。」
僕たちは棚上げになっていた家を買いたいという相談を、ギルド長とカークさんにしているところだ。
庭は広め、鍛冶場を作りたい、お風呂もほしい。あとは普通の家でいい、と。
土地だけあれば、家は自力で作るからそれでもいいと。
「ないことはないが…。だが鍛冶ができるような物件はなかなか。」
「防音などはこちらでしますし、煙や火の粉も飛ばないようにできますから、町中でまったく大丈夫なんですよ。ただ、シンハが少しは運動できるように、庭が広めに欲しいなと。」
「広めの庭というのも、なかなかないな。元貴族の家か、大きな商家とかになるだろうな。」
「難しいですか?」
「いや、まったくない訳ではないが…。お前さんの条件にあいそうなのが1つある。だがちょっと訳アリな物件なんだ。」
「?」
「ギルド長。もしや『北麓の屋敷』ですか?」
とカークさん。
「ああ。」
「あー。なるほど。」
「???」
「つまり、その。出るんだよ。」
「まあ噂ですがね。」
「いや、あれは絶対、居るな。」
「…つまりその…。幽霊、ですか。」
「そういうことだ。だが格安だぞ。立地もいいし、日当たり良好。2階建て。庭も広い。風呂もあったな。あそこなら多少音が出ても近所は文句言うまい。屋敷も建ててまだ数年のはずだ。ほぼ新築と言っていい。ちなみに、屋敷内で殺人とかがあった訳じゃない。旅先で魔物にやられたんだ。一家で移動中にな。可哀相に。」
「(シンハ。どうしようか。)」
『とにかく見るだけ見たらどうだ?』
「(判った。)じゃあ、とにかく見るだけは見ましょう。」
「よし!」
なんだかハメられた気がしないでもない。
聖属性魔法が使える僕になら、幽霊も祓えるかもしれないからな。
僕たちはカークさんとギルド長と一緒に、その物件を見に行くことにした。
って、ギルド長も来るの?ギルドのトップ二人、留守にしていいの?まあいいか。
「その屋敷って誰のものだったんです?」
「ホフマン男爵。さる大家のご落胤というやつだが、男爵位をもらって羽振りのよいここの領主、つまり辺境伯を頼ってやってきた。商売も上手で、魔獣の毛皮を扱って儲けを出し、それで新築したんだ。ところが王都に商売に行く途中で魔獣に襲われてね。奥さんと子供も一緒に魔獣に殺されてしまったんだ。
…今思うと、もしかしたら魔獣をけしかけたのも『龍のアギト』だったかもしれん。奴らの手口だ。魔獣に襲われたと見せかけて殺し、金品を奪うのは。」
じゃあ、知らないうちに敵討ちはしたってことか。
「いずれにせよ一家は亡くなった。それからは、夜な夜な幽霊が屋敷に出るって噂でね。
結局、買い手もつかなくて、今は領主預かりになっている。いつでも売ってもらって構わないと、俺がご領主様から頼まれている物件だ。」
「魔術師に御祓いとかしてもらわないんですか?」
「やったよ。教会にも頼んだ。だがお手上げだった。しぶとくてね。」
「…。それを僕に押しつけるの?」
「いやいや、そうではないぞ。でも、この間の大活躍を聞くと、サキならなんとかできるかもと…いや、やはり押しつけてるようなもんだな。すまない。」
「…」
「そのかわり、買ってくれるなら格安にするぞ。領主からも値段交渉は許可をもらっている。」
「そうですか…。とにかく、見せてもらいますね。」
「ああ。」
その屋敷は丘の上の辺境伯のお屋敷に登る麓にあった。
このあたりはいわゆる貴族街と呼ばれる地区だ。
厳密には貴族だけが住んでいる訳ではなく、裕福な商人の邸宅もある。王都ではないので、辺境伯領に暮らす貴族は、ほとんどが商売人かその関係者だろう。
とにかく閑静な高級住宅街だ。周囲の家々も土地が広く庭があって立派な家ばかり。
一介のなりたて冒険者が住むには敷居が高い地区だが…。事故物件なら近隣も納得してくれるだろう。
肝心の元男爵邸は、本当にのどかで申し分ない立地にあり、日当たりは良好。幽霊が出ることをのぞけば、屋敷も瀟洒な洋館で、なかなかに美しい建物だった。
築数年、というのは間違いないようだ。
石と白壁でできており、小振りだがそれなりに裕福な居宅、という感じで、僕的には一発で気に入った。
庭も前庭だけでなく、奥庭もあって、芝生もあるから、シンハが駆け回ることもできそうだ。
周囲には木々も少し植えてあって林になっており、木の実が成る木や花の綺麗な木を選んである感じだ。
「(どう?シンハ。見た目はなかなかいいよね。)」
『ああ。そうだな。』
「中には入れますか?」
「もちろんだ。」
ギルド長が鍵を開けてくれた。
キィ、と軽い音がして、正面玄関の扉を開いた。
中は昼の日差しが少しは入っていたが、カーテンをしているのでほの暗くなっている。
「(何か感じる?)」
『サキはどうだ。』
「(ちょっと感じるよ。ただ…幽霊って闇系だと思うんだけど、違うんだよね。なんだか…妖精っぽい感じがするんだけど。)」
『お前もか。俺もだ。』
「(ってことは…なんだろ。)」
『さあな。入るぞ。』
「(うん。)」
ちょっとホラーになってきた?
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