158 怨霊の最期そして大団円
アジトの洞穴のほうはすっかり崩れ、中には入れないそうだ。
様子を索敵で行うと、侯爵に施した聖炎が大きくて、アジト全体を清めたようだ。放置してもアンデッドは出ないだろう。
遺跡が潰れたのは惜しいが(潰したとも言う。やったのは僕だ)。
盗賊団のお宝は、崩れが酷くなかった裏口から掘り出したそうだ。
さすがギルド。
救出した女性達は、ひとかたまりにしてテントで休ませている。
女性の冒険者たちが面倒をみてくれている。
僕はスープの大鍋を出して朝の炊き出しをジルたちに任せると、カークさんと盗賊たちの死体がある『花咲き丘』に向かった。カークさんは一睡もしていない。
「よろしければこれ、どうぞ。自家製ポーションですが。」
と上級ポーションをあげた。
エリクサーを出したいが、シンハに禁止されているので。すみません。
これでも疲れは100パーセント回復しますんで。
容器はわざと自家製の白瓶にしてある。中身が青くて上級(特上)とわかると受け取ってくれそうにないからだ。
「!美味いな。」
と驚いていた。
「もしかしてこれ…噂の上級の特上では!?」
「自分用ですので。あ、中身は太鼓判ですけど。」
「…こんなの、ぽんぽんだすんじゃない。市価いくらだかわかっているのか?」
「ええ、まあ。市価の…5倍でしたかね。」
「あとで払う。」
「いらないです。」
「大丈夫だ。ギルドの経費で落とす。」
「それならいただきます。」
「うん。」
そんな会話をしていると、『花咲き丘』に到着した。
男達が、大きな穴を掘って、そこに死体をいれている。きちんと並べているのは好感が持てた。
もしかしたら俺たちもこうなっていたかもと、思う者もいるようだ。無言で仕事をしている。
イサクらしき麻袋も穴にあった。ほかは遺体そのままだが、彼だけ麻袋だ。
「聖炎で焼きます。」
と言って、皆には下がってもらう。
こんどこそ気合いをいれよう。
僕はまた杖を取りだし、真横にして呪文を唱える。
「イ・ハロヌ・セクエトー…悪しきものに魅入られし、あわれなる御霊、犯した罪を悔い、今はやすらかに眠れ。地脈に帰り、裁きを受けよ。さすれば良き御霊はそのままに、無垢なるものとなりて輪廻に帰り、悪しき御霊は地脈にて、業火のもとで清めらる。世界樹の名の下に、引導を渡そう。聖炎!!」
ぼうっと光る炎が現れ、盗賊達の遺体を次々に焼いていく。
皆には聞こえないだろうが、
ぎゃあああああ!
と苦しむ声や
シクシクシク…
と泣く声
オオオオ!
と叫ぶ声、
イタイヨオ
と嘆く声が、僕には聞こえている。
イサクは?
何も。
ただただ黒い靄が、遺体を包むばかり。
聖炎でも救済できないのだろうか?
僕はイサクの遺体に向かって、再度別の魔法を唱えた。
「イ・ハロヌ・セクエトー!地獄の業火・インヘルノ!!」
すまじい熱量の火が、風に渦巻いて、イサクの黒い靄を焼く。すると
「GYAAAAA!!」
とようやく、悲鳴をあげた。さすがに一般人にも聞こえたようで、皆びくっと身構えた。
「オノレ、オノレ、オノレエエエエエエエ!!!コロスコロスコロスウウウウ!!!!サキ!コロスウウウ!!」
黒い靄は中空で怨霊となりかけていた。
とその時、
『ガオオオオオオオオオン!!!!!』
とシンハが風魔法を発し、吠えた。
すると、地獄の業火も聖炎も一層火力を上げた。
それだけではない。
天から朝日が僕の杖に降りてきて、強く光った。
それをもって
「悪霊!殲滅!!!」
と杖を振るうと、杖から出た強い光はそのまま剣となり、イサクの怨霊の胸を貫いた。
GYAAAAA!!
つんざくようなイサクの悲鳴。
その時だった。
中空に見知らぬ門が開き、
中から大きな死神のようなリッチのような骸骨が現れ、そのままイサクの怨霊をひっつかんで門の中に吸い込んだ。
「ヒ!」
それがイサクの最期の言葉となった。
天空の門はかき消すように消え、静かになった。
聖炎もすでに消え、きらきらと綺麗な光の粒が昇天するばかり。
「…今の、なんだったんだ?」
参列していた冒険者の誰かがつぶやいた。
だが誰も答えない。
「埋めてやれ。」
とカークさんが指示し、皆はのろのろと作業に戻る。
僕はカークさんに促され、シンハとともに歩き出した。
野営地に戻る道すがら。
カークさんは何も言わない。
10分くらいもして、ようやく
「あれはなんだ?」
とカークさんが僕に訊ねた。
「僕もはじめて見ました。」
「そうか。」
たぶん、世界樹のもう一つの顔だと思うけど。
「インヘルノで焼かれた時、イサクの怨霊の声が聞こえた。」
「ですね。」
「君はあんな声を、いつも聞いているのか?」
と訊ねられた。
「いえ、悪人を焼いたのは初めてですので。でも、今日ほかの盗賊達からも聞こえてましたよ。聖炎で。」
と言うと、
「…。なかなかに、しんどいな。」
と言う。
「誰かはやらないと。アンデッドになっちゃうし。」
「そう、か。そうだな。」
再び無言。
「聖炎、と言ったか?その聖魔法を使うとき、君のローブは白く光って。それから虹色にも輝いていたな。」
「え、そうですか?気づかなかった。」
そなの?とシンハに念話で聞くと、『うむ。』と肯定された。知らんかった。
「教会に所属するつもりはないのか?」
「教会?なぜ」
「聖者だろ?」
僕は違うと首を振る。
「ただの冒険者ですよ。僕。」
「ただの、か。」
「ええ。」
また無言。
カークさんに「聖者」と言われて、僕はふと、侯爵の悪霊を地脈に送るために必死で紡いだ聖炎魔法の言葉を思い出す。
あの時、僕は世界樹を父と呼び、僕自身を世界樹の子として魔法語に織り込んだ。
本当の魔術師による『真の魔法』とは、無意識に心からあふれ出てくる言葉が呪文になるという。
僕はあの時、まさにそうだった。
普段は、世界樹の子供だとか、あまり意識しないけれど、真剣に魔法を編むと、いつも世界樹の存在を意識する。特に聖魔法を編む時は。
少なくとも僕は、世界樹が愛情を持ってこの世界に送り出してくれた子供ではあるのだろうな…。
「…サキが使う魔法は、見たことがないものばかりだ。呪文は、古代魔法語だな。
少し皆と発音が違うようだが。」
だんだん尋問になってきた。
「ええ。どうも僕が知っている古代魔法語は、少し違うようですね。地域差ですかね。」
とごまかしておいた。本当は僕の発音が正しいのだと、アカシックさんで確認している。
「地域差、か。…とにかく、君には驚かされてばかりだ。魔法の威力も、種類の多さも。それに、コウモリも従魔だというし。昼間は鳥も、飛ばしていなかったか?」
「あは。ばれてました?ええ。まあ、眷属は複数います。みんな頼りになる仲間ですよ。」
「『眷属』ね。その筆頭が、シンハか。」
「まあそうです。というか、シンハの場合は、僕のほうがエサ係、みたいな?」
「ふふ。シンハも大変だな。とんでもない主人をもって。」
「ばう。くうん。」
とまた哀愁を帯びた愚痴る口調で吠える。
「うんうん。わかるぞ。同意する。」
「もお。カークさんまで。シンハも!酷いよお。」
「フッフ。」
ぐるぐるぐる。
「ふふ。あはは。」
ようやく少し笑うことができた。
かくして、盗賊団『龍のアギト』の討伐は終了した。
結局討伐した盗賊の人数は、102名にのぼった。
ちょっとぉ。50名じゃなかったの?
ああ、これもイサクにデマを流されていたのか。
盗賊はそれなり強かったようだが、ジョイナス隊長以下、冒険者のほうが優秀だったようで。
こちらには死者はでていない。負傷者は若干いたけれど、僕がギルドに供給していた5割増しポーション、それに僕や魔法使いたちのヒールなどで、ほぼ完治しているから全くの快勝と言って良い。
さすが冒険者の町ヴィルドの冒険者たちだ。
おそらく、最初から手加減無しで制圧しにかかったのも良かったのだろう。
普段からギルド長が退屈しのぎに冒険者たちに講習と称して、戦闘訓練させていたのも功を奏したに違いない。
後に明らかになったイサクの悪行だが、多くの行方不明者が首を絞められ、犯された状態で遺体で発見された。もっと余罪があったかもしれないが、もはや誰にもわからない。
人々はイサクを恐ろしい殺人鬼として記憶した。無論、ギルドは職員がそのようなことをしでかしていたことから、イサクの名前を職員名簿から除籍・抹殺。王領ギルド支部長は解任。
ギルド総長も責任をとって辞任を申し出た。
しかし国王の強い慰留により、1年間の給与半額カットと3ヶ月の謹慎処分で落ち着いた。今の総長ほどの人物がいないというのが大きな理由らしい。
総長の慰留の理由がまたむかつく。
イサクの不審な動きに違和感を覚えた総長が、ヴィルドのギルドに依頼し極秘裏に調査。イサクの悪行を突き止め、処断した、ということになっていた。
なんかおかしくない?全部総長の手柄にされてる!
結局イサクがおかしいと気づいたのはシンハだし。総長は関係ないじゃん。と思うが、僕を討伐隊に入れろといったから、という。
それだけのことで!?変なの。
まあ、そういうことになったのは、総長が画策したことではなく、総長を救いたい人たち(国王も含めて)が知恵を絞った結果らしい。
それがオトナの世界というやつなのだろう。やだやだ。
総長、人望はあるようだ。僕にはサドだけど。
ということで、僕は間接的に総長に大恩をふっかけることができる立場となった。なんでも欲しいものをいってくれ、とギルド長から言われた。
「じゃあ、僕が将来、王都で困ったとき、必ず総長が1回だけは助けてくれる権利、ということにしましょう。」
ということで落ち着いた。
それを聞いた総長が、
「新人のくせに、なかなかやるな。」
と言ったとか言わなかったとか。
あーもうやだやだ!
ちょっと良いこともあった。
まず、カークさんの冒険者ランクがAランクになったこと。
もともとAの実力ありと言われていたカークさんだ。ある意味当然ではある。
ギルド職員でも、今回のように冒険者を率いて討伐を行って活躍したり、冒険者として活動した時などは、ちゃんと功績が認められ、ランクアップも認められるのだそうだ。一般の冒険者と比べれば、なかなかあがるチャンスは少ないけれど。
日頃お世話になっている人に貢献できたと思えば、それはそれで気分がいい。
それから、救出された捕虜の女性達のこと。
皆、まずサリエル先生の診察を受け、堕胎薬ももちろん念のため飲んで。
精神的にはまだしんどいだろうけれども、ひとまず元気を取り戻し、それぞれ家に戻っていった。
身寄りの無い者や希望する者は、辺境伯の計らいで、辺境伯が経営する孤児院で暮らしはじめた。そこで子供達と一緒に暮らしながら、ある者は冒険者になり、ある者は特技を生かしてお針子や商家に勤めるなど、普通の暮らしを始めている。
子供達と暮らすことが、精神的なケアにもなるだろう。いろいろ忙しくて、考えている暇もないかもしれないし。
ちなみにリーダーだったエッダとサブをしてくれたアリスとジェファは、孤児院を手伝いながら、冒険者になってパーティーを組んだ。もちろん、まだまだ駆け出しだが。
エッダが剣士、アリスが魔術師見習い、ジェファは斥候と弓攻撃。バランスはいいな。ギルドの初心者研修会に熱心に参加している。
ユニスはまだ子供なので、孤児院で暮らしながら、お針子になる訓練をしている。ただ、僕の影響か、院長先生(マザーと呼ばれている修道尼)がいうには、お祈りにとても熱心だそうで、いずれは教会に入るかもしれない、とのこと。えー、僕は教会関係者じゃないよう。
とにかく、みんな前に向かって歩み始めた。
特にユニスに笑顔が戻ったのがうれしい。
孤児院にこっそり様子を見にいったら、僕のことを
「サキお兄ちゃん!」
って、目をきらきらさせて見あげてくるんだよう。うふ。なんか妹ができたみたいで、うれしいな。
今回はそれが一番の収穫と思って、溜飲を下げることとしよう。
「さあ!じゃあ今度こそ、拠点になる家を探そう!」
と僕は気分を切り替えることにした。
ようやく盗賊退治も一段落。
続きは明後日になります。
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