155 魔族の侯爵
洞窟の中央広間へと出てきた時、奥のほうで鳴っていた剣戟が急に止み、
GUGYAAAAA!!
という狂気の魔物の叫び声とともに、邪悪なるものが中央広間にすごい勢いで走ってくるのを感じた。
「!シンハ!走れ!」
僕は杖を真横に構え、結界を広間の脇道に設置して塞ぎ、敵の侵入を妨げることに全力を注ぐ。
『オレが戻るまで持ちこたえろ!』
「当然!」
シンハが洞窟入り口へと走り出した時、広間奥の脇道から、何かが結界に突進してきた!
それより数分前。
先行してアジトを奇襲していたジョイナスたちは、盗賊らと広間で大乱闘を繰り広げたのち、逃げた奴らを追って奥の脇道へと入った。
「殺せ殺せ!盗賊は皆殺しだ!」
「頭目がいねえ!探せ!」
「俺は此処だ!」
奥にはもうひとつ、小ぶりな広間があり、その奥の小部屋から、両手に剣を持って大男が現れた。
「!サモン・ドラーティ!」
「ふふ…ふははは!サモン、だと?そいつは、俺のエサになった。」
「なんだと!?」
そしてジョイナスたちの目の前で、サモンの姿はメキメキと音を立てて大きくなり始め…
「!?」
まるで繭から大きな蛾でも生まれるかのように、体の表面が割れ、さらに大きな男…いや、巨人が現れた!
「!」
「!?」
その巨人は、頭に角があり、全体に青黒い体躯をしており、禍々しい黒い靄を纏わり付かせながら、ワイバーンのような羽根を広げた!
まるで巨神…。
「ひ!」
誰かがその禍々しい殺気に、喉奥で悲鳴を上げた。
それほどまでに、その存在は圧倒的だっだ。
GUGYA!!!
一瞬、Sランクであるにも関わらず、ジョイナスは絶望感に見舞われた。
すでに冒険者となって20余年。『蒼天の宴』のリーダーとして、Sランクとして、どんなS級魔物が出ても、これまでなんとかして倒してきた。その自負があるのに、足がすくむ。
「ファイアランス!!」
普段無口なメルルが、突然魔法を奴に向けて発射した。
ズババババ!!キュン!バキュン!
鋼のような奴の皮膚はそれらをはじき返し、傷ひとつ負っていない。
だがメルルの咄嗟の攻撃で、ようやくジョイナスははっとした。
「怯むな!野郎ども!行くぞっ!!」
そう叫ぶと、大剣を構え、突っ込んでいた。
ガキンガキン!!2太刀、3太刀と殺気を乗せて浴びせかける。
魔物はそれを鋼鉄のような腕ではじき返す。
その間にも、我に帰った他の冒険者たちが、矢を射かけ、足を狙って斬り込み、と一斉攻撃を仕掛けていた。
けれど魔物は鬱陶しそうにしながらも、一番の難敵はジョイナスだとばかりに、他の攻撃には目もくれず、ジョイナスの必殺の剣技だけをいなしている。
やはりSランクの剣捌きは、殺気を放ち、魔物にとっても脅威なのだろう。
だが。
にたりと、魔物は笑った。
『面白い獲物が来た。貴様らの相手はあとでしてやる!』
そう言い捨てると、眼前のジョイナスたちを飛び越えて、さっきの大広間へと走り始めた。
「!追え!」
はっとしてジョイナスは皆を鼓舞し、魔物のあとを追って広間へととって返した。
何か『凄まじい存在』が奥から走ってくる。
そしてその走り来る『凄まじい存在』が放った衝撃波が、先に広間にいる僕めがけて飛んできた!
僕は条件反射で
「結界!」
と自分の前に10枚の強固な結界を張った。バリン!パリンパリンパリィィィン!!!
広間奥に張った結界だけでなく、自身の前に張った10枚の結界が割れる。おうふ。残り5枚か。すげえな。
黒龍の時より強化された結界が合計6枚割られた。広間奥に張った結界以外に5枚。これはかなりの難敵だと判断せざるをえない。
それより、冒険者たちは?
まさか全滅なんてことは…ああ、大丈夫みたいだ。後ろから走ってくる。テオさんも。メルルさんとトビーさん、隊長さんもいる。
僕は、広間奥に結界を張り直さず、魔物をわざと中央広場の広いところに引き入れた。
「!」
なんだこいつは!?
赤黒い、人型魔物。かなりの巨体だ。
「…悪魔?あ、いや、デビル族か。」
そう。まるで絵に描いたような悪魔なのだ。角があり、ワイバーンのような羽根があり、尻尾がある。
デビル族は魔族の1種族。この世界でも「悪魔」と我々人間は言うが、彼らはそれを嫌がる。「悪」とつくのは心外らしい。この知識は、アカシックさんからのものだ。
たしかにこの世界の人間も魔法を使えるから、魔族、といえなくもない。
だがこの世界で魔族というのは、人間族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族(これらを総称して「人族」という。)以外で、かつての大戦争で敵対した種族の総称だ。主な種族に吸血鬼族やデビル族、魅了で魔力を吸うサキュバスなどがいる。
大戦争で人族の連合軍に敗れ、今は温厚な魔王のもと、北の不毛な土地で、細々とだが穏やかに暮らしていると聞いていたのだが…。
わあ、ナマでデビル○ン見てるみたい!って感動しているばやいではない。
それに、あそこまでかっこよくはない。
なんか、あの往年のアニメにでてきた魔物の悪役みたいな?
それに、肩に醜い人面がくっついている。さっきの叫びはこいつか。
「くっそー。我らがヒーロー、デビル○ンをおとしめやがって!」
と僕はちょっとこの世界の人たちとは違う怒りを覚えた。
『貴様、人間か?』
ドスの効いた声が巨体の口から放たれた。
「!しゃべった。」
言語は古代語だ。驚いて釣られて古代語でつぶやくと、
『ほう。我の言葉がわかるか。人間。いや、お前…聖者か?』
また聖者認定。今日3回目だ。
『聖者ならばなおさら生かしてはおけぬな。いいだろう。お前の魔力はアイツに似て美味そうだ。食らって我が糧としてやろう。光栄に思え!愚かなる聖者よ!』
「僕は聖者なんかじゃない!それから、アイツって誰!?」
『ふ、はははは!そんなにもそっくりで否定か!そうか。まだ覚醒してもいないのか。いいだろう。覚醒前に食らってやる!オレの中で覚醒し、怨念にまみれ、オレの糧となれ!』
「サキ!気をつけろ!」
ばたばたと奥から冒険者たちが駆け込んできた。
先頭はジョイ隊長。
「隊長!こいつ、誰!?」
「賞金首のサモン・ドラーティが変化した!悪魔だ!」
「くそ!悪魔め!」
「悪魔だ!Dランクは下がれ!気をつけろ!」
いやだからみなさんその言い方は人種差別だってば!って言っても今は無駄か。
『人間ども、よく聞け。サモンはオレが食った。オレは魔族。デビル族侯爵、第3天魔王ゼベルウル。』
「こいつ、なんて言ってる?」
冒険者は普通、古代語がわからないか。
「デビル族の侯爵ゼベルなんとかだって。」
「なに!?侯爵、だと!?」
皆身構える。そうか。侯爵となると、手強いんだな。
『サモンが封印を解いてくれたのだ。その礼にあいつを食ってやったわ!相当の殺人鬼であったようだな。聖者とはまた違った意味で美味この上なかった。』
と舌なめずり。
古代語がわかる魔術師が、こしょこしょと隊長らに通訳している。
『今日は良き日だ。聖者まで食えるとは。』
「だから。聖者じゃないっつーの!」
『否定してかわいいのう。いいぞ。まずは全裸にして首に鎖をつけ、性奴隷とし犯してやる。それからじっくり食ってやろう!』
またしてもいやらしいやつがでてきた。
この討伐、そういうのばっかり。もう嫌。
古代語がわかる魔術師の皆さんは、特に女性は顔を赤らめている?
「今の、通訳しないで!」
思わず叫んだが、一部には伝わってしまったようだ。
ぶふっと笑いがもれた。
だれ、笑ったの。蹴るよ。
「はん。僕の美貌に迷った訳ね。じゃあ、しびれるような魔法を、差し上げましょう。轟雷スペシャル!!!!」
ドッカンバリバリバリ!!!とすさまじい音で落雷をくらわせる。怒りもあって、いつもよりかなり強め。冒険者たちにいかないよう、また耳を痛めないよう、結界してあげたし。
『くっ!貴様!』
「いかがです?侯爵様?しびれましたか?」
『お前は生かしては置かぬ。即刻食ってやる!』
「食いしん坊ですねえ。女性に嫌われますよ。みんな!『やっておしまい!』」
今度はヤツを取り囲んだコウモリ達の口から一斉に、再度バリバリバリバリ!!!と轟雷スペシャルを浴びせる。
最近こういう飛び道具技も覚えたんぜい!
「くー!一度言ってみたかったんだよ。ドロ○○ョ様のきめゼリフ!」
わかる人はだれも居ないが、おもわず興奮しその場駆け足みたいになって、日本語でつぶやいてしまう。
そう、僕は昭和なアニメはかなり知っている。なにしろ病室で、痛みを紛らすためにアニメの配信を見まくったからね。
シンハが此処にいれば、絶対『お前、大丈夫か?』と冷たい目で言ってくるに違いない。だが今は残念ながら居ないのだ。ほんと、残念。
と、突然
GGYAAAAAA!!
と人面疽が叫んだ。皆その音攻撃に耳を塞ぐ。
コウモリ達がばたばたと落下した。
くそう。
「ちっ!うるせー。戻れ!コウモリ達!!」
僕はハピの眷属たちを僕の魔力に強制的に引っ張り込み、避難させた。
彼らの「耳」が破壊されていた。かわいそうに。僕はすぐにヒールして眷属たちを治してあげた。コウモリたちは魔力内で治癒し、解放。洞窟から退避させた。
『サキ!』
ばたばたと音がして、コウモリ達と入れ替わりに、今度は表門の入り口からシンハと、カークさんたちがやってきた。




