152 月下の一刀
「!やばい!」
僕はハピの目でイサクとトビアスを見ていた。
「!まずい!あいつ、意外にランクが高い!」
「!?」
はじけるように立ち上がった僕に驚くテオを残して、僕は隣にいたシンハごと短距離テレポートをした。
テレポートした先は空中。奴から50センチ隣。
そしてトビアスを逆さづりにしている右手を魔剣で切り落とした。
「!ぎゃああ!!!」
トビアスは頭から地面に落ちたが、とっさに両手で地面をつき、バク転で体勢を整えた。その直後に、自分の足からぽろりとはがれたあいつの手首を見る。
切り口がきれいだった。
誰かがあいつの腕を一刀両断に切ってくれたのだと理解する。
はっとして身構えつつ顔をあげ、そいつの姿を捉える。
自分にとって、敵か味方か、まだわからないのだから。
大きな月二つを背景に、白い大きな獣にまたがった、薄金色の髪の少年が、中空で剣を手にしていた。剣からはまだ血が滴っていた。
トビアスは我が目を疑った。
「…サキ?」
彼の目はアメジストのように紫色に妖しくも美しく光っていた。
地面には、今し方まで自分を宙づりにしやがったあいつ…イサクが、ぎゃあぎゃあわめきながら腕を押さえている。
「俺の!俺の!腕!腕がああああ!!!」
「ヒール。」
ごく普通のことのように、サキはあいつにヒールをかけた。
血止めのつもりか。
「トビーさん、だいじょぶ?」
まるで普通のことのように聞きながら、シンハにまたがったまま自分の脇に降りてきた。シンハがでかい。
「お、おお。助かった。わりいな。」
ようやくそう言えた。
今はほとんど殺気を感じないが、空中に現れた時のサキの放つ殺気たるや、どこぞのダンジョンボスにでも会った時のような、凄いものがあった。
トビーは、こいつが敵でなくて良かったと、肝を冷やした。
「こいつは連行する。まだ情報が聞けそうだから。」
と言って、サキはどこからかロープを取りだし、猿ぐつわも取りだし、指一本あいつには触れずにがんじがらめに拘束した。
奴の目も目隠しし、喉を凍らせ、耳も凍らせ。それも全部、指一本ふれずに。
「なにも見せず、聞こえず、話させず、がいいね。こいつ、結構レベル高いから。」
「…しっかし、すげえな。お前。」
「え、そう?」
とこてっと首をかしげる。いつもなら可愛いが、今は月明かりで逆光で不気味なくらい美しくて。
「指一本触れずに拘束かよ。」
「なんか、こいつ、昼間も気持ち悪かったんだよね。視線がさ。ぬめっとしていて。余罪がかなりありそうだ。」
「たとえば?」
「言うとさっき食べた美味しいゼリーを戻しそうだから言わない。」
「ははあ。お前、鑑定持ちだな。こいつを鑑定したんだろ。」
「…。」
サキは苦いものでも食べたように口をヘの字に曲げただけで、あとは無言。そして別のことを言った。
「僕はこいつをつれて戻るよ。トビーさんと、それから…メルルさん!二人は隊長に合流してアジトに向かってくださいねー。じゃあ!」
サキはそういうと、なんと軽々とシンハにまたがったまま空を駆け上った!呪文もなしで!
シンハが空をかけているのだ。
それまで様子をうかがっていたメルルがすくと立ち上がった。
「感づかれてたみたいだぜ。坊やに。」
「サキ、ただ者ではない。シンハも。」
「だあな。てか、アイツが来る前に助けろよ。」
「呪文唱え終わらないうちに、サキが現れてやつの腕、ぶった切った。」
「そうかいそうかい。…しっかし、マジすげえな。サキは。」
「シンハも。それに…二人ともカワイイ。モフモフしたい。」
「…言ってろ。」
僕が捕虜を連れて飛び戻る。空から結界を透視能力で見ると、もう野営地には人がおらず、作戦は開始されていた。
ジルと後方部隊となったDランクの女性3名だけがぽつんと、頑丈な結界の中で留守を守っているのが見えた。
まさか彼女たちにこいつをあずける訳にもいかないので、僕はそのままカークさんのところへ飛ぶ。
「こいつ、どうしよう。邪魔だなあ。亜空間に入ればいいのに。」
『死体じゃないから無理だろう。』
「そうなんだよねえ。よし、高い木のてっぺんに繋いでいこう。」
僕は途中の高い樹木を選んで、即席の檻に入れた奴をてっぺんにぶらさげることにした。
まず、HPとMPをぎりぎりまで魔石に吸わせ、かつ薬を嗅がせて眠らせた。魔法封じの呪具をつけさせ、それからアラクネさんから譲ってもらった特製の繭におしこめる。この繭は体力を奪い、かつ魔法封じにもなる敵を拘束する特製繭だ。その上で、結界を張った檻に入れている。そして、見張りにコウモリを二羽呼んでおいた。
これで異常があれば僕に連絡がくる。
「これなら万全でしょ。」
『…。やり過ぎな感じもするが。』
「いやいや。こいつ、意外にレベル高いから。やばいから。」
というと
『こういうところはやたらとお前は几帳面だな。サキを敵にまわすと恐ろしいな。』
とシンハにぶつぶつ言われた。
「だって…こいつ…さっきは言わなかったけどさあ、異常者だよ。相手を殺しながらでないと『勃たない』性癖なんだ。わかる?言っている意味。それに、こいつ、僕をそんな餌食にしようとしてたみたいだしさ。」
というと、さすがにシンハは
『なに!?そんなにやばい奴だったのかっ!今すぐ殺せ!殺してしまえっ!ガルル!!』
と慌てた。
「どうどう。おちついて。こいつの余罪はたぶん凄い。魂が汚れるくらいだからね。だから、すべて聞き出さないと。そして聞き出し終えたあとは…最後は僕が責任持って地脈に送るよ。」
と言った。
『…なにもお前が担うことは。』
「ううん。僕は世界樹の申し子だからね。そういうことはきちんとしないと。魂が地脈に戻れない。」
と言うと、シンハはため息をつき、
『…。かならず俺の目の前でやれよ。』
とだけ言った。
「うん。ありがとう。かならずそうするよ。」
となるべく笑顔で言った。
「さてと。まだ汚れたる魂はたくさんありそうだ。僕たちもカークさんに合流しよう。」
『わかった。』