15 夢での対話
塩を手に入れ、ワイバーンも狩り、しかも畑まで作った日の夜のこと。
その晩。
夢でシンハが話した。
『ついにワイバーンも狩れるようになったな。おめでとう。』
「え、シンハがしゃべった!」
夢の中で僕が驚く。
『何度も念話で呼びかけたのだが、ちっとも反応しなかったのだ。』
「へえ。そうなの?あ、もしかして僕のレベルが低かったからかなあ。」
『そうかもしれん。あるいは俺が念話できるとは思わなかったからかもしれん。』
「ああ、常識が足かせになってたってこと?」
『そうだ。』
「なるほどね。っと、あらためてよろしくね。シンハ。」
『こちらこそ。人間。』
「シンハっていう名前、嫌じゃなかった?」
『気に入った。』
「良かった。森の王様。」
『…森の王だと何故わかった?』
「ああ。僕、鑑定できるから。スキル?魔法?よくわかんないけど。」
『なるほど。ああ、そういえば。』
「うん?」
『お前の魔力を食べさせてもらったことがあるな。美味かった。』
「そう?なんか食あたりしたんじゃないかと心配したよ。だっておにぎり一個分なのに、おなかいっぱいみたいになっちゃったようだし。」
『おにぎり…はなにかわからんが…、お前の魔力は美味い。だから誰にも、渡してはいけない。食わせるなら、俺だけにしろ。そうしてほしい。』
そう言って、頭を下げた。
「う、うん。判った。(あーでも、サラマンダにはもう食わせちゃったけどさ。)なるべくそうする。おいしくなかった訳じゃないんだね。」
『ああ。とてもうまかった。お前の魔力は極上だ。美味いだけじゃなく、魔獣が食べると、強くなれる。だからとても危険だ。お前の魔力が美味いとわかると、狙われるからな。』
「へえ、そうなの?判った。…魔獣にとって、僕の魔力って、おいしくて、栄養がありすぎるってことだね。以後気をつけるよ。」
『ああ。そうしろ。俺も守ってやるがな。』
「うん。ありがとう。ねえ、シンハ。もしかして、最初に僕にすぐに馴染んだのって、この魔力のせい?」
『…』
「かな?」
『俺にも判らない。ただ、お前が空から降ってきた時、俺はお前の傍にいたいと思った。』
「!ちょっと待って。僕は空から降ってきたの!?」
『ああそうだ。ゆっくりと。花びらのようにな。』
「ふうん。」
『…さっきの質問だが、俺はお前を食おうとは思わなかった。むしろ、食わずに、俺の傍において、守るべきだと思った。お前は世界樹の匂いがした。』
「世界樹?」
『この世界の根源とも言われる大樹だ。』
「ふうん。くんくん。僕、におうの?」
『誰にでも特有の匂いはある。お前の場合、いつもクリーンをかけているから、普段は敵に知られるほどではない。気にするな。むしろメルティアのいい香りのほうがする。だが用心はしろ。世界樹の匂いというのは魔獣も嫌いではないからな。』
「うう。そうなんだ。…僕を喰らいたいと思ったことって、ある?」
『…。』
「正直に言っていいよ。君は魔獣…いや、神獣だけど…人間も餌のひとつかもしれないし…。」
『人間はかみ殺したことはあるが、食ったことはない。不味いと聞いているしな。』
「そうか…。かみ殺したって…」
『ふいに襲われたのだ。冒険者という奴らに。まだ俺がガキの頃だった。』
「そう。ごめんね。人間代表で、謝る。」
『お前が謝ることではない。』
「…人は、不味いか。そうだね。シンハはグルメだしな。」
『…。お前を食いたいと思ったことは、今のところないから安心しろ。食うより、なぜか傍にいて、守りたいと強く思った。』
「…」
世界樹の呪いみたいなものか?
『それに、生きて動いているお前を見ているほうが面白い。美味い飯も作ってくれるしな。』
「ふふ。そう。まあ、なんでもいいや。…ところで、シンハ。君はとっても寿命が長い生き物なんでしょう?僕が死んだら、僕を食べてくれるかな。」
『…』
「ああ、だめだね。僕が死ぬ時はきっと老衰とか病気とかでぼろぼろで、枯れ木みたいになっていて、あるいはドジやって他の魔獣にはらわた食われてぐちゃぐちゃかもしれないもんね。不味くて食べても食あたりしそうだものね。」
『…俺はお前を食べない。食べないが、お前が死んだら、誰の手も触れない場所に、運んでいくだろう。安らかに眠り、ゆっくりと地脈に還れるように、大樹の根元に、埋めてやろう。』
「…」
『大丈夫だ。他の魔獣になどお前はやらん。たとえむくろになっても食わせたりしない。俺が生きている限り。お前を守る。』
「ありがとう。でもどうしてそこまでしてくれるの?友達だから?」
『ともだち…。なつかしい響きだ。俺は、お前にとってともだちなのかどうか判らないが、お前のことが気に入っている。他のやつに食われたり、傷つけられたりするのは絶対に許せないのだ。お前は、俺のテリトリーの中のものだからだ。』
「なるほど。でも、僕の全部が君に属しているわけではないよ。君も僕に属している訳ではない。それでも、守ってくれるのかな?」
『そうだな。ああ、それをともだち、と人間はいうのだったな。』
「そうだね。一緒にいたり一緒に何かするのが楽しい。それが友達かな。さらに言うと、お互いのことをリスペクト…尊敬できるっていうのも、友達だな。相手のことが大切に思えるから、いろいろと心配したり、一緒に泣いたり笑ったりする。」
『なるほど。一緒にいて楽しいのがともだち、なのか。ならばお前は確かに俺のともだちだ。お前といると、楽しいし、あきない。お前が悲しそうだと、俺もつらい。』
「そっか。僕もおんなじだ。シンハが目を痛めた時には、僕は本当につらかった…。これからもよろしくね。相棒!」
『相棒…昔、俺をよくそう呼んだ人間がいたな。』
「…」
『これからもよろしくな。…ところで、お前、名前は?』
「ん?」
『聞いていないぞ。お前の名前。』
「あれ、そか。ごめんよ。気づかなくて。…この世界に来て、僕は昔のことをずいぶんと忘れてしまって、自分の昔の名前も、なかなか思い出せなかったんだ。でも今はもう、思い出せるよ。…昔は、立花昌樹という名前だった。立花がファミリーネームで昌樹が名前ね。…16才で、病気で死んだ。…でも、今はもう、見目形も違うから違う名前がいい。シンハ、君につけてほしい。」
『いいのか?』
「うん。相棒だし。長生きしそうな、強い名前がいいかな。」
と言って笑う。
若くして病気で死んだ過去の僕。タチバナ・マサキ…。
『…サキ。』
「サキ?」
『いやか?』
「ううん。いいね。サキ…サキ…。いい響きだ。強そうだし。綺麗な音だし。長生きしそう。それに…昔のことも忘れずにいられそうだ…。ありがとう。僕はサキ。よろしくね。シンハ。」
シンハは思っていた、昔の名前をすっかり忘れるのも苦しかろう。だがすっかり思い出すのも悲しいだろうと。それでマサキのサキをとった。それだけではない。シンハはもっと長い名前を念じていた。「ユグディアルのサキ。サキ・ユグディリア」と。
ユグディアルとは伝説の世界樹で、シンハは見たことはないがどんなものかは知っている。どこにあるかも母から聞いて知っていた。もしサキが死んだら連れていくと約束した大樹とは、ユグディアルのことだ。
そして、空から降りてきたサキは、確かに世界樹に愛され、選ばれた者だとシンハは本能で知っている。サキ本人は知らないだろうが。サキは地球というところから、ユグディアルの大樹の中を通って、この世界に産み落とされたのだ。ユグディアルによって。
だから、ユグディアルのサキ、つまりサキ・ユグディリア。
それが、サキの本名と決まった。
(のちにサキは、人前ではサキ・ユグディオと名乗ることになる。)
翌朝。
異世界13日目。
「ふあーあ。おはよう。シンハ。」
僕はいつも通り目を覚ますと、もう起きているけれど僕を気遣ってか寝床にまだ居てくれるシンハに声を掛けた。
昨晩はなんだか長い夢をみたような…。
『おはよう。サキ。』
「…ん?」
今、声がしたような。
「え?」
周囲を見渡して、それからシンハを見る。
『おはよう。サキ。』
「!おはよう。って…シンハがしゃべった!?」
『念話というのだ。夢の中でも言ったではないか。声に出さずに話しかける。まあ、言ってみれば魔法の一種だな。』
「わ!すごい!シンハ、魔法でしゃべれるんだ!」
『お前もできる…はずだ。』
「え?僕も?んー…」
試しに
「(シンハ、聞こえる?)」
と念じてみると
『ああ。聞こえるぞ。』
と言われた。尻尾がゆるく振られている。
「わはっ!できた!シンハとお話できる!ははっ!異世界まじサイコー!」
僕はシンハにぎゅむっと抱きつく。
『こらこら、落ち着け。サキは急に子供になるからな。』
「だってまだ子供だもん。あはっ!シンハ結構いい声。大人っぽいイケメンボイスだあ。」
僕は興奮してシンハにすりすりして、ぎゅむぎゅむと抱きつく。
『イケ…?』
「かっこいい声ってことだよ。ふふっうれしい。シンハと会話できるなんて。最高だよ!神様、世界樹さま、ありがとー!」
『まったく。落ち着けというのに。』
異世界に来てから約二週間。
僕はついにシンハとおしゃべりが可能になった。
うれしくて仕方が無い!
ひとりごとばかりの日々は終わったのだ!
まるで世界の色が変わった感じ。
空気はきらきらしていて、薄暗い森さえ、きらめいて見えた。
「あ、そうそう。畑に水やりしないと。」
あまりにうれしくて、昨日作った畑のことをすっかり忘れていた。
あわてて行くと…なんと!すべてから芽が出ていた!それだけではない。すでに30センチ以上育っているものさえある。
「なにこれ。どーゆーこと?」
このあと、僕は毎日驚くことになる。
メルティア草の草刈りで感じたことが現実となる。
すくすくと成長するのだ。本当にすくすくと。
水やりも適当でいいみたいだ。
逆に多すぎるとよくないと鑑定さんが教えてくれる。
『魔素の濃いところでは成長も早いのだ。』
と当然というようにシンハが教えてくれた。
「にしてもめちゃくちゃ早くない?すごいな。」
『10日くらいで収穫できるだろう。魔素の多い食べ物は、植物でも美味いからな。俺は肉のほうがいいが。』
とさりげなく肉大好きアピール。
さらに10日後。すべての野菜が収穫時期を迎えていた。
いくらなんでも早すぎる!
収穫したものをさっそく煮たり炒めたりして食べてみる。
美味い!
魔力がそれぞれの持ち味をひき出してくれている感じだ。
「まあ、これで食料には困らない、かな。」
野菜たちの異常な成長については、前向きに考えることにした。
試しに採取したそれぞれの場所に行ってみると、もう次の収穫ができる状況になっていた。しかもとれすぎて腐ったりということはない。どうやらこの森の植物は、あまりに増えすぎて、とか、あまりに少なすぎて、ということがないように自分たちで成長をコントロールしているように思える。まあ、もう少しその生態については見守らないと判らないが。
ようやくシンハとおしゃべりできるようになりました!