148 出発準備とサリエル先生への相談
後半は異世界における性教育的なことなので、お嫌な方、およびお子様は飛ばしていただいて結構です。
出陣は明日早朝。予定では1泊2日の行程だ。
今日は参加者はだれもが市場で買い物だ。
水や食糧、寝袋の配給はある。この輸送についても、僕が半分担うこととなった。
半分というのは、僕も戦力なので、もし仮にやられたら全食糧消失するからだ。
半分はカークさんともう一人のギルド職員ジル・エスティオさんのマジッグバッグに入っている。
彼は元は斥候だという。鑑定ができるので、今はケリスさんのところで採取物の仕分けなどを行っている。鉱物と薬草に詳しい若者だ。
ギルドと交渉して、夜は肉入りシチュー、朝はあたたかい野菜スープを僕が炊き出しすることにした。なのでギルドの裏庭で大鍋で2つ煮込んでいる。
「良い匂いだ。」
「あったかい食事付きなんて、こんな討伐ってはじめてじゃない?」
「なんか、楽しみー。」
と言っているのはだれかと思ったら、『蒼天の宴』の方々でした。
今回隊長を務める、リーダーのジョイナスさん通称ジョイ。Sランクの大剣使い。
ジョイさんだけこの場にいない。きっとカークさんたちと打ち合わせなのだろう。
魔術師のメルル・ド・バークレイさん、Aランク。彼女は元は貴族らしい。
斥候のお兄さんトビアス・バンロイドさん、Aランク。弓使いエルフだ。
それにタンク役のデモン・グレイさん、Bランク。デモンさんは熊獣人。
そして片手剣使いのマリエル・アルガイルさん、Bランク。彼女はジョイさんの妹。魔法も使うという噂。
「まったくよお、美味いの食えるのはいいけど、人殺しの前だの後だので、お前ら、食えんのか?」
とトビアスさん。
「あらトビー、だったらあんたは食べなくていいのよ。」
とマリエルさん。
「同意。わたしがトビーの分ももらう。」
口調が機械みたいなのがメルルさん。
「ばかやろ。斥候は緊張するし腹減るの!ぜってー食うに決まってるだろ。」
と反論している。
「いっぱい食べて、大活躍してくださいね。」
と言うと、
「とか言って後方支援の振りしちゃってー。ゴブリンキングの件は聞いたぜ。またぞろ大活躍で手柄持ってくんじゃねえの?サキは。」
「えー、そんなことないですよう。あ、だれか味見します?」
「するする!」
「トビーはダメ。サキをいじめた。」
「してねえだろ。なあサキ。」
「どうかなー。」
「おいてめえ。」
「こらこら。未成年に突っかからない。」
僕はにこにこして人数分の小皿にシチューを出す。
結局『蒼天』さんみんなで味見してくれた。スープもシチューも美味いと。塩加減もいいと。
みなさんもっと欲しそうだったけど、火を止め蓋をしてさっさと亜空間収納に仕舞う。
「じゃああとは、本番をお楽しみに。」
と煽っておく。
今回の作戦は、夜襲だ。
早朝から移動を開始。予定の宿営地に到着したら、拠点を作り、一部斥候は行動開始。ほかは早めに夕食をとり、ゲリラ戦に備える。
相手陣地は判明しているので、そこに夜中に夜襲をかける。森の浅いところにある、出入り口が二箇所ある大きな洞窟だ。中が古代遺跡になっているらしい。
情報漏洩を防ぐため、今回の参加者は特に信用のおける冒険者を選んだらしい。
さらに伝書鳥を飛ばしたり、魔法で外と連絡を取らないよう、今日一日は伝書鳥は禁止、町の魔法結界まで強くするという戒厳令並みの手配をギルドはしている。しかも一般市民には知らせず、さりげなく、密かに、である。
それでも、今日はやけに冒険者が装備を調えたり買い物をしたりするなあと、目端の利く商人達は、近々何か大捕物があるなと察しているらしい。
僕はたまたま荷物運びの関係で、職員たちの話を小耳に挟んだり、耳のいいシンハが教えてくれたりしてわかった情報だ。さすがヴィルドは冒険者の町なのだなと妙なところで感心した。
夕方、僕はギルド提携の医師サリエル先生のところに立ち寄った。
「先生、少しご相談が。いいですか?」
「おう、サキ君か。いいよ。丁度患者さんも引けたところだ。」
と言ってくるりと「診察終了」の札を出した。
シンハは今、僕の魔力に溶けてもらっている。治癒院に行くと言ったら、魔力内にいると言った。外で待つのは飽きたらしい。
「つかぬ事をお伺いしますが、盗賊の討伐に関することです。」
「ほう?」
「盗賊の討伐の場合、女性が捉えられていることがありますよね。そして女性の意に反して妊娠している場合も。」
「そうだね。」
「その場合、此処につれてくれば、先生は…その…『処置』を、していただけますか?」
「それは胎児の、ということだね。…場合によるね。胎児が大きすぎると、母体に危険がおよぶ。その場合は、残念だが望まぬ子を産むことになる。そのほうが母体が安全だからね。」
「なるほど。盗賊団のアジトで、そういう女性がいたら、治癒術師としては何かしておいたほうがいいことはありますか?」
「君がなにかやれるか、ということかね?」
「はい。」
「そうだねえ。クリーンとヒールをかけるくらいかな。あとは、そういう女性が勝手に自殺しないように励ますくらいだな。」
「たとえば、その…犯されて直後だったら、クリーンで妊娠を妨ぐことは可能でしょうか。」
「うーん。事例がないからなあ。理論的には妊娠の可能性が減るとはいえるだろうが。ほぼ焼け石に水だろうな。男性の放つ体液が女性の中に放出された瞬間に妊娠することもあると考えられているからね。」
「…」
「ただ、堕胎薬を早めに飲むことができれば、妊娠はしない。」
「早めとは?」
「まる二日以内なら完全に堕胎できると言われている。その時にもクリーンの呪文と一緒に飲ませることになっている。その処置で妊娠したことは、僕は経験がないね。」
「やはりクリーンの魔法が効くんですね。」
「おそらくは。」
「ありがとうございます。じゃあ僕は、クリーンとヒールをかけることにします。」
「うん。…サキ君。今度の討伐のことは僕も聞いている。君が何をしようと考えているかは知らないけど、一人でなんでもやろうとするんじゃない。いいね。」
「はい。ありがとうございます。」
この世界、魔力があるために地球とは違うことがある。
たとえば魔力の多い人は妊娠しにくい。エルフの子供が少ないのはそういうことだ。
それから、クリーンはその強さによっては塩素漂白のようなことまで起きる。
では子宮内をクリーンで洗浄すると堕胎するのか、という話だ。
これははっきりしていない。そもそもこの世界の医学がまだ中世ヨーロッパなみなので、検証もなにもできてはいない。だが長年の知恵で、堕胎薬と一緒にクリーン魔法を使うという。
母体が受精卵を異物と考えるとは思えない。もとは自分の細胞なわけだし。
闇魔法ならなにかあるかもしれないが、さすがにそこまでやるつもりはない。せいぜい早くサリエル先生のところに運んで、処置をしてもらうしかないだろう。
ユリアも、ゴブリンに犯されてはいないと自己申告したが、念のためにとサリエル先生に、堕胎薬は飲まされていたようだった。
今回、もしそういった女性とアジト内で遭遇したら、すぐにクリーンとヒールは掛けておこう。なにもしないよりはマシだ。
先生が言ったように、僕はそういうことには無力だ。
いつかちゃんと治癒術師になるとしても、今はできることはない。
それを自覚するためにも、先生に質問に行ってよかったと思った。
『サキ。お前突然何を言い出すのかと思ったぞ。』
治癒院から出て顕現したシンハに、開口一番そう言われた。
「え、そう?」
『まあ、お前の思考、わからんでもないがな。ユリアのことを考えたのだろう?』
僕の横をいつものように歩きながら、シンハが言った。
「というか、アリーシャさんとマリンさんのこと、だね。」
『うむ。お前はぼおっとしているかと思えば、驚くようなことを考えているのだな。』
「え、そうかなあ。」
『とにかく。あの医者がいったように、お前にできることなどたかが知れている。無理無茶はするなよ。いいな。』
「はーい。」